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俺にとって先沢梓は大いなる謎だった。俺を助けて死んだ女子。会ったこともないのに身を挺して俺を事故から守ってくれた女子。何故か俺のことを知っていて、死の間際に俺を見て笑いかけてきた女子。「無事でよかった」と、微笑みとともに逝ってしまった彼女。ただ知りたかった。彼女が何者なのか。知りたかった。会いたかった。話がしたかった。毎日、それを強く願った。
ある日起きると彼女の死の以前に戻っていた。タイムリープ。時間が戻った。俺はやり直すことができた。彼女に会うことができた。会って話すことが。でも彼女は俺のことなど何も知らなかった。謎は何一つ解けなかった。でも代わりに俺は彼女をあの事故から守ることができた。そのはずだった。だから行動した。でもあの事故で彼女は死ななかった。かわりに別の事件で死んだ。だからまた戻り今度こそ彼女を助けようと思った。それに成功した。でもまた次の日に別の事故で死んだ。
また戻った。またやり直した。それでもまた別の何かで死んだ。だからまた戻った。やり直した。それを何度も何度も繰り返した。けれども何度死を回避してもまた別の死がやってきた。それでも何度も繰り返した。何度も、何度も。
その果てで、俺は彼女を突き飛ばし、代わりに轢かれた。彼女は無事だった。ただ安堵だけがあった。俺は代わりに死ぬ。けれども彼女は生きている。本当によかった。もらったものを返せたのだ。
本当によかった。本当に、本当に……
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彼右馨は私にとって大いなる謎であった。私をかばってかわりに車に轢かれて亡くなった男の子。一度も会ったことがないのに、何故か私のことを知っていた彼。死の間際だというのに、「先沢さんが無事でよかった」と笑いかけ、死んでいった彼。
すべては謎だった。私は知りたかった。彼が何者なのか。何故私を助けたのか。何故私を知っていたのか。何故死の間際に、あんな顔をしたのか。あんな顔で「無事でよかった」などと言ったのか。それを知りたかった。教えてほしかった。彼に会いたかった。彼と話がしたかった。それを強く願い続けた。
ある日、起きたら彼の死の以前に戻っていた。私は彼に会いに行った。彼は生きていた。けれども彼は私のことなど何一つ知らなかった。謎は何も解けなかった。それでも私は彼をあの事故から守ることができるはずだった。だから行動した。彼は死ななかった。けれども別の事故で死んだ。意味が分からなかった。また願った。また戻れた。またやり直すことができた。だからやり直した、今度こそ彼を助けるため。
彼を守った。けれどもまた別の死に方をした。また戻った。また助けた。けれどもまた死んだ。また戻った。また死んだ。また戻った。また死んだ……
何度も何度も繰り返した。けれどもそのたび彼は死んだ。何度やり直しても彼を死の運命から守ることはできなかった。けれども諦めることなどできなかった。何度でも、何度でも。
その先でミスをした。結果的に、私は彼を助けられた。代わりに私は車に轢かれた。自分が死ぬのがわかった。でも彼は無事だった。彼が無事であれば、それでよかった。もらったものを返しただけだ。彼を守れてよかった。彼が、死なずによかった。ほんとに、ほんとに。
気づいたら笑みがこぼれていた。「彼右くんが無事でよかった」。それが私の最期の言葉だった。薄れゆく意識の中でも、ただ安堵だけがあった。
よかった。本当に、よかった。本当に、本当に……
*
彼女が死んだ。戻った。助けた。けれどもまた死んだ。また戻った。また助けた。また死んだ。
戻った。助けた。死んだ。戻った。助けた。死んだ。何度も何度も。
最後に俺は彼女を助けてかわりに死んだ。けれどもそれでよかった。彼女が無事でありさえすればそれでいい。ほんとに、ほんとによかった……
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彼が死んだ。戻った。助けた。でもまた死んだ。また戻った。また助けた。また死んだ。
戻った。助けた。死んだ。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……
その先で、私は彼を守り代わりに死んだ。でもそれでよかった。もらったものをちゃんと返せた。彼が無事でありさえすればそれでよかった。本当によかった。ほんとに、ほんとに……
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彼女が死んだ。戻った。助けた。死んだ。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……
最後に俺は死に彼女は生き残った。それでよかった。ほんとに、よかった……
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彼が死んだ。戻った。助けた。死んだ。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……
最後に私は死に彼は生き残った。それでよかった。ほんとに、よかった……
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戻った。死んだ。助けた。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……そして俺は死に、彼女は助かった。
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戻った。死んだ。助けた。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……そして俺は死に、彼女は助かった。
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戻った。死んだ。助けた。戻った。助けた。死んだ。戻った、助けた、死んだ……そして私は死に、彼は助かった。
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