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 先沢梓(さきざわあずさ)は俺にとって大いなる謎だった。


 すべての始まりは、一瞬だった。一台の車が突如進路を変え、自分がいる方に突っ込んできた。


 一瞬すぎて、あまりにも急すぎて、自分はそれを避けることもできなかった。ただ呆然と固まってつっ立ってるだけ。そうして迫ってくる車の方を呆然と眺めているだけ。


 けれども次の瞬間体に衝撃が襲いかかり、思い切り横にふっ飛ばされた。それは車とはまったく関係のないあらぬ方向から飛んできたものだった。その時俺が見たのは、彼女の顔だった。


 あの顔、あの目。その後一生忘れられなくなる、自分の人生を一生決定づけたあの目。


 その一瞬で、確かに自分は彼女と目が合った。その顔、その目に表された、あの感情。俺の旅を決定づけることになる、その謎の感情。俺はそれまでそのような顔を見たことがなかった。あんな顔を、あんな表情をする人間を、見たことがない。だからそこにある感情がなんだったのかもわからない。慈愛か、安堵か。何にしてもそれはその後より強まる。


 気づいたときには自分は道路の上に倒れていた。暴走した車は自分の僅かに横を通り、木に激突して停止していた。


 そしてそのそばに、赤い血溜まりが広がっていた。


 俺はその時のことをあまりよく覚えていない。夢の中の景色のように、視界がいやに白かった気がする。あたりであらゆる音が鳴っていたが、それは言葉として自分の耳にまでは届いていなかった。


 俺はただよろよろと彼女の――そう、「彼女」の元に近づいた。血溜まりの中心に横たわる彼女。自分を押し飛ばした、それはすなわちこの事故から自分を守った、そして代わりに轢かれた彼女のもとに、呆然と歩み寄っていた。周囲に人が集まる中、俺は彼女と「再会」した。


 彼女は見たこともないような量の血の中に倒れていた。周囲の人が必死に声をかけていた。俺はどうすればいいかなどわからなかったが、とにかく彼女の顔を見ずにはいられなかった。


 彼女と目が合った。かろうじて意識はまだった。そして次の瞬間――彼女はふっと笑いかけた。俺の目を見て。俺の顔を見て。俺を俺と、認識して。


「よかった……」


 と彼女はつぶやいた。それは音にならぬほどのか細い声だった。俺は思わず膝をつき、


「なんて……」


 と呟いてよく聞き取ろうと顔を近づけていた。そうすると彼女は、やはり微笑んだ。最後の気力を振り絞るように。その笑みにはどこか安堵と、それに俺を心配させまいとするような気丈さがあった。そうして彼女は死の直前にいながらも、なお微笑みを浮かべたまま、死力を振り絞るように声を紡いだ。


「――カノウくんが、無事で、よかった……」


 彼女はそういって最後にふっと微笑み――そして目を閉じた。


 その笑み。その声。その言葉。そして「カノウ」という俺の名前。


 それは永遠に、俺の脳裏に刻まれることとなった。



     *



 俺を助けて死んだ女の子は「先沢梓」という名前だった。俺は彼女の死後それを知った。


 知らない女子だった。名前に見覚えも聞き覚えもない。顔にも見覚えはない。それは生前の写真――あの血溜まりの中の死にゆく顔ではなく、生きていた頃の元気な頃の写真でも同じであった。覚えている限りでは過去に彼女に会ったこともない。同じ都内在住で同じく高校二年生だったとはいえ、住んでる場所も離れていて生活圏も被っていない。


 俺は彼女を知らないはずだった。けれども彼女の方は、俺のことを知っていた。


 彼女の最後の言葉。それははっきりこの耳に残っていた。「カノウくんが無事で良かった」。彼女は、先沢梓は確かにそう言った。カノウ。それは俺の名前、俺の名字。彼右馨(かのうかおる)という名前の、その名字。それは幻聴でもなんでもないはずだ。俺はたしかに、この耳でその言葉を聞いたんだ。


 そして何より、あの表情。網膜に焼きついて離れない、はっきりと思い出せるあの顔。血溜まりの中、おそらく激痛の中、薄れゆく意識の中……これから死にゆくという人間がするものではない、あの顔。あの微笑み。その顔が強烈に残っていて頭から離れなかった。


 なんなんだあの顔は。なんなんだあの言葉は。


 なんで君は、そんなことを……



 一度も会ったことがないはずだ。まったくの見知らぬ他人のはずだ。それでも彼女は身を挺して俺を助け、代わりに轢かれ、だというのに俺を見てほほ笑み、俺を気遣った。心からの安堵と、そして俺を安心させるような慈愛をまとった微笑みとともに、知らないはずの俺の名を呼んだ。「カノウくんが無事で良かった」と。


 それは大いなる謎であった。どうしても頭から離れない、俺という存在のすべてを縛る謎。どうしても答えを知りたい謎。


 そして絶対に答えを知ることの出来ない謎。


 何故なら、唯一答えを知る人物が死んでしまったから。世界で唯一人その答えを知っているであろう彼女は、死んでしまった。先沢梓。だから絶対に答えを聞くことはできない。それを知ることはできない。


 それでも俺は、その謎の答えを知らずにはいられなかった。



     *



 事故の後、彼女は救急車で運ばれていった。俺もまた事故の被害者ということでかすり傷程度の軽症だったが病院に行くことになった。


 そしてその後、俺を助けた彼女が亡くなったことを知った。


 その時は悲しみも湧いてこなかった。彼女のことを何も知らないのだ。何故彼女が自分を助けたのかも、彼女が自分の名を呼んだのかも、何もわからなかった。悲しみより疑問の方が強かった。悲しめるほど、状況を理解できていなかった。あの子が死んだ。死んだと言われても、よくわからない。そりゃ死ぬだろう、あんな血だらけで。


 死んだ、死んでしまった……何故? どうしてだ? 俺を助けたから。俺は助けられた。そのせいでかわりに彼女は死んだ。俺を助けて、俺のかわりに……


 何故だ? 何故なんだ? 疑問ばかり湧いてくる。それは理不尽に対する怒りのようなものとはまったく違かった。理不尽以上の謎が俺の前には横たわっていた。理由がわからない。まったくわからない。何故自分が助けられたのか。かわりに彼女が死んだのか。


 何故、どうして。ただひたすらにそれしかなかった。



 彼女の「先沢梓」という名前を知ったのもその後だった。その名前を聞いても、やはりピンとこなかった。漢字を見ても見覚えなどない。ニュースで出てきた顔写真にも、やはり見覚えはない。疑問は強まるばかりだった。けれどもその答えを知ることなどできず、日々を悶々としたまま過ごすしかなかった。


 そして数日後、彼女の葬儀が行われた。俺はそれに出た。行かないわけにはいかなかった。どういう顔でいけばいいのかわからない。俺のせいで彼女は死んだのだ、俺が殺したも同然だった。そんな人間がどのつら下げて。そうも思うが、行かないほうが問題だ。命をかけて助けられておいて、その冥福を祈りにも来ないなんて。


 恐怖はあった。けれども恐怖以上に未だに疑問の方が強かった。事故から数日経っても、未だに現実をうまく理解できずにいた。そしてその最大の理由は、やはり先沢梓という巨大な謎があったせいであった。


 あまりにも、理由がわからない。だから現実もうまく飲み込めない。現実にうまく戻れていない以上、恐怖もあまり感じない。何より頭も感情も、大いなる謎に、先沢梓という女の子の存在に支配されていた。


 俺は知りたかった。彼女が何者なのか。どうして自分を助けたのか。どうして自分を知っていたのか。俺が忘れているだけで、過去にどこかで会ったことがあるのか。そういうことを、知りたかった。そして知るためにも、彼女の葬儀へと向かった。



 彼女の葬儀では、皆が泣いていた。違う学校の制服を着た同年代の姿も多く、皆一様に泣いており、その死の悲劇性と彼女がいかに愛されていたかがわかるものであった。


 式場の外にはマスメディアの姿もあった。高齢ドライバーによる死亡事故ということに加え、亡くなった先沢梓が「轢かれそうになっていた別の誰かを守るため突き飛ばし、代わりに自分が轢かれた」という目撃証言もあって英雄的な死と祭り上げられていた。


 もちろん、その相手が俺であることまではメディアでは明かされていなかった。その事実を知る者も、彼女の家族以外には多くはないだろう。実際式に来ることでその事実を身をもって知った。人の視線でわかる。視線が集中しない。多くの者にとっては自分も数多の彼女の同級生と同じ有象無象の一人でしかないのだろう。



 式のあと、俺は親に連れられ彼女の両親のもとに挨拶に行った。彼女の両親に会ったのは、それが二度目であった。一度だけその前に、病院で一瞬だけ挨拶をした。それを挨拶と言っていいのかは俺にはわからない。謝罪とも少し違う。感謝も、正しくない。けれどもとにかく、俺はその時謝った。謝ることしかできなかった。返ってきた言葉は少なかった。


「謝らないで。謝られたら、まるであの子が間違ったことをして死んだみたいだから」


 事故から日も経っておらず、まだそっとしておいてほしいということでその際はそれだけの会話になった。けれどもそれですましていいはずもなかった。


「このたびは、本当にご愁傷様でした」


 などと決められた言葉を口にして頭を下げる以外に自分にはできることはなかった。ご愁傷様の意味も知らなかったが、そういう時に何を言えばいいのかなどまだ一七歳の自分にはわからなかった。そして自分の境遇、立場を考えれば、謝罪も感謝も、何を言っても間違いでしかないとしか思えなかった。


「すみません、こんなことしか言えず」


 そう謝罪すると、彼女の母親は言った。


「いえ、いいんですよ。しかたないですから。それにこんなところじゃ、人も多いですし」


 それはつまり俺の身をかばってのことであった。ここで目立ったり会話を聞かれてしまっては、俺があの「助けられた人間」だとバレてしまうかもしれない。そうなれば俺の身にも何か起きてしまうかもしれない、と。


「すみません、ありがとうございます」


 としかその時の俺には言えなかった。


「あの、後日、きちんと挨拶、というのも間違っているかもしれませんけど、きちんとその、話をさせて頂きに、伺わせていただくことなどはできますでしょうか……? もちろんそちらが落ち着いてから、といっても落ち着けることなんてないのかもしれませんけど……すみませんほんと、こういうの全然わからなくて……」


「いいのよ。あなただってあの子と同い年ですもの。まだ子供なんだから当然よ。私達も話したいこと、というより聞きたいことがあるから、そちらさえよければ来てもらってもいいですか?」

「はい、それはもちろん。いつでも伺いますし、いくらでも待ちます。ただその、実を言いますと、私の方でも聞きたいことがありまして……」


「そうですか……とにかく、こちらも用意ができたらお母様の方に連絡させていただきます。その時にまたお話しましょう」


「はい……では、失礼します」


 その時は、それだけで別れた。



     *



 先沢梓の母親から連絡があったのはそれから約一ヶ月後のことだった。


 俺は一人で彼女の家に訪れた。ごく普通のマンションで、そこで彼女は両親と三人暮らしであった。とはいえ今はもう彼女はおらず、両親が二人で暮らしているのであったが。


 俺は彼女の両親に迎えられ家に入った。何はともあれといった具合に、まずは別室に通された。そこは先沢梓の部屋で、そこに簡易的な仏壇と骨壷、そして彼女の写真が置かれていた。写真の中で微笑む彼女は、やはりどれだけ見ても事故以前から知っている顔ではなかった。目が大きく、整った顔をしており、とてもかわいらしい。同じ学校で交流でもあれば、当然のように好きになっていたかもしれない。けれども自分たちにはそんな過去はなく、そして未来もなかった。俺はとりあえず礼儀として線香をあげ、両手を合わせた。心の中で話しかけた言葉は、やはり「君は一体誰なんだ?」という疑問であった。もちろん、それに答えなどなかったのだが。


 居間に通され、お茶とケーキを振る舞われた。ケーキなど食べる気にはなれなかったが、手をつけないのも礼儀に反する。つくづく自分はまだ子供で経験が浅く、こういう時にどうすればいいのかわからないことが情けなかった。


 一人娘を失った家の中は、どこか静まり返っているような気がした。活気を、太陽を失ったかのようにどこか冷たい。いたたまれなかったが、ここに来て、ここにいて話すのは自分の役目でもあった。


「ごめんね、お呼びするのがこんなに遅れちゃって」


 と彼女の母親は言った。


「いえ、当然だと思います。その、私には想像もできないことですけど、多分時間が必要なことかもしれないから」


 と俺は返した。


「それと、ほんとにこれは自分でも未だにどう言えばいいのかわからないのですけど、お嬢様、梓さんへの感謝と、謝罪と、本当に自分でも何を言えばいいのか、どうすればいいのかはわからないのですけれども……けれども彼女にもらったこの命を、大事にしようと思います。自分にできることはそれしか思いつかないので」


「そうね……そうしてくれると私たちも嬉しいかな。感謝も謝罪も、確かに言われる方は辛いものがあるし。でもそんな気負わないでね。たとえどういう結果だろうとあなたの命もあなたの人生もあなたのものなんだから」


「……はい」


 そこにあるのは、おそらく「人の親」であるがゆえの子供に向ける優しさであった。


「それでその、今日来てもらったのはあれなんだけど、式の時にも聞きたいことがあるって話したじゃない? あなたも話すのも思い出すのもきついかもしれないけれど、色々と聞いてしまってもよろしいかしら?」


「はい。それはもう、もちろんです。それは俺の役目ですし、どんなことでも答えられる限りは答えますから」


「ありがとう。でも無理だけはしないでね。本当に話したくなかったら話さなくてもいいから」


 彼女の母はそう言い、一口お茶をすすった。


「まず確認なんだけど、あの子は、梓はあなたを助けようとした、というのは間違いなかったかしら」


「それは――正直言うと、自分でも『多分』としか言いようがありません。一瞬の出来事だったんで。ただ覚えている限り、自分の記憶が正しければ、私は確かに梓さんに、突き飛ばされたはずです。車がせまってて、そのままだと轢かれるっていうところで……」


 話しながら、その時の記憶が蘇る。それは夢の中の出来事のようですらあった。記憶はあるが、今ひとつ現実感がない。本当にそんなことがあったのだろうか、という感覚だ。


「そう……目撃証言とか、カメラとか見てもそうだったみたいだからね……私は直接映像確認してないんだけれど」


 彼女の母親はそう言い、一度目元を拭った。


「それでその、これもあとから聞いた話で、事故直後にあの子の応急処置とかに関わっていた人の証言らしいんだけど、あの子は最後にあなたを見て何か話しかけたんだって?」


「……はい」


「……その言葉を、あの子の最後の言葉を聞かせてもらってもいいかしら」


「……彼女は、梓さんはまず『よかった』と言いました。多分そのはずです。でも小さくて、それにいきなりでよく聞こえなくて、自分は顔を近づけたんです。そうしたら、最後に、『カノウくんが無事で良かった』って……聞き間違えでなければ、幻聴とかでなければ……自分の記憶が正しければ、彼女はそう、言ってました」


「そう……本当だったのね……近くにいた人が、そう証言していたから……あの子は、最後に笑ってたんだって?」


「……俺には、そう見えました。笑うというかこう、優しく微笑んでいて……何かこう、安心するような、俺のことを安心させようとしてるような、そういう慈愛っていうんでしょうか……そんな笑みだと、自分は感じました」


「そうだったの……あなたの名前は彼右馨くんよね?」


「そうです」


「改めて確認したいんだけど、あなたはあの子と知り合いだったの?」


「……知り合いじゃない、はずです。少なくとも俺の方は彼女のことは知りませんでした。以前どこかで会った記憶もありません」


「そう……」


「はい……でも、彼女の方は、俺のことを知っていたような気がするんです。もちろん名前を呼ばれたのもそうなんですけど、あの顔というか、俺のことを見る目とか、最後の言葉とか……本当に全然、なんの確証もないし自分の印象でしかないんですけど」


 俺はそう言って顔を上げた。


「それでその、俺の方からもお聞きしたいといいますか、知りたいことがあるんですけど――彼女のことを教えていただくことは可能でしょうか? これまでの人生といいますか、生まれたところとか、育った場所、学校とか、習い事とか、昔行った場所とか……もしかしてその、俺の方が忘れてるだけで、実は昔どこかで会っていたとか、そういう可能性もゼロではないんで。その、不躾ですけど俺はそれをどうしても知りたくて」


「……それは私達も同じ。私達もあなたに聞きたかった、お願いしたかったことなの。どうしてあの子が、自分を犠牲にしてまであなたを助けたのか。何故あなたのことを知っていたのか。あの子にとって、あなたがどういう存在だったのか……」


 彼女の母親はそう言い、ふっと笑みを浮かべた。


「あなたにとっても辛いだろうし大変だろうけど、それを探してくれる? あの子のことはいくらでも教えるし、これまでのこととかも、アルバムとか含めて、できる限り全部見せるし話すから」


「――はい、もちろんです。俺もそれを、お願いしに来たので」


 そうして俺は、そこで先沢梓という少女について多くを知ることとなった。



     *



 話を聞く限り、やはり自分とはまるで接点がないように思えた。生まれた場所も近くはない。育った場所もそうだ。幼稚園も小学校も中学校も高校もまるで違う。通学路など生活圏でもまるで接点はない。


 それは習い事や部活などでも同じだった。彼女のこれまでを見る限り、自分とはどこにも接点はない。同じ東京という街で生まれ育ったとはいえ、東京は広く人も多い。もしかするとどこかですれ違ったことくらいはあるのかもしれなかったが、そこで会話や交流をし名前を教えるなどということも想像がつかない。彼女は特に日記の類などもつけておらず、両親が遺品を整理した際に色々と調べた限りでも俺の名前や存在に繋がるものは一切なかったということであった。彼女の幼い頃からのアルバムも見せてもらった。やはりその顔には、見覚えがなかった。


 それは一日で終わる作業ではなかったが、どれだけ彼女のこれまでについて知っても、やはり自分との接点はどこにも見つからなかった。謎は謎のまま。一向に解決しない。そうしてそのまま「墓まで持ってく」といった具合に、彼女の遺骨は納骨された。



「もしかするとあの子が一方的に知ってただけなのかもしれないわね」


 と彼女の母親は言った。


「どこかで偶然見かけて、それで一目惚れなんかでもして……一方的にストーカーみたいに調べたりなんてね。そういう子じゃなかったとは思うけど、真相なんて一生わからないものね」


 という彼女の母親の話は、確かに現状一番「あり得る」ものではあった。客観的に見て、それしか考えられない。俺が嘘をついているか、もしくは何らかの理由で俺の記憶が失われていない限りは。


 なんにせよ、答えには辿り着ける気がしなかった。それでも俺はどうしてもそれを知りたかった。毎日のように夢を見る。あの顔を、言葉を思い出す。何故、どうして。君は一体何者なんだ。どうして俺を助けたんだ。どうして、あんな顔をしたんだ。


 それは絶対的な謎。永遠に答えのわからない謎。あまりにも大きすぎて、俺の人生のすべてを支配するような謎。俺は毎日願った。どうか教えてくれ。答えを、理由を教えてくれと。


 俺は彼女に会いたくてたまらなかった。この世に、あの世も含めてこの宇宙全体で、その答えを知っているのは彼女だけなのだ。彼女以外の誰も、その答えを知らない。彼女に聞く以外に、その答えを知るすべはない。


 俺は彼女に会いたかった。どうしても会って話したかった。聞きたかった。君は何故俺を知っていたのか。何故俺を助けてくれたのか。どうして最後に、あんな顔で俺を見たのか。一生忘れられそうもない、あの表情。


 夢でもいい。なんでもいい。どうか彼女に会わせてくれ。会って話をさせてくれ。そう、強く強く神に願って、眠りについた。



 そして目覚めた時、世界は「一変」していた。


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