魔力の〝上限〟と引き換えに〝異世界通販〟を使えるギフトを与えられた、伯爵令嬢の専属メイド。妾の子だからと虐げられる大切なお嬢様のためだけに潜在魔力を段々と失うけれどお嬢様の笑顔を見られて幸せです!
リリアージュ・エルキュール伯爵令嬢五歳の専属メイド、オノリーヌは嘆いた。何故こんなにも小さく可愛らしく、優しいお嬢様が虐げられるのかと。
「リリアージュ様、おはようございます」
「オノリーヌおはよう!今日も良い天気だね!」
「そうですね、リリアージュ様」
天涯孤独で孤児院で育ったオノリーヌが、十五歳になる年に孤児院を卒業して飛び付いた職業。それが住み込みで行う伯爵の娘の専属メイドだった。
「リリアージュ様は今日も可愛らしいですね」
「えへへ。オノリーヌも可愛いよ」
「まあ、嬉しいです。でも、リリアージュ様には敵いません」
仕えることになった伯爵の娘は、リリアージュという可愛らしく心優しい幼い少女だった。しかし彼女は伯爵の妾の子。しかも既に伯爵家には後継となる男子も政略結婚を予定する女子も生まれていたため、リリアージュは望まれた娘ではなかった。自然と家族から虐げられるリリアージュ。屋敷の使用人達はさすがに可哀想だと同情しつつも、何もできない。それはオノリーヌも同じことだった。
「リリアージュ様、その…すみません。今日もお嬢様の分の朝食はロールパン一つしか用意されていなくて、茶葉も与えられないので普通の水しかご用意できなくて…」
「ううん、ロールパン美味しいから大丈夫だよ!」
健気なリリアージュに、オノリーヌは神に願う。どうかリリアージュを救う術をくださいと。それは唐突に叶えられた。
「私のもらえるギフトはなんだろう」
この国では、十六歳になると神様からギフトと呼ばれる特別な力が与えられる。どんなギフトかはランダムだ。ギフトの内容はその日の夜、夢で伝えられる。
「おやすみなさい」
オノリーヌは少しワクワクした気持ちで眠る。リリアージュを救う術を得られたなら嬉しいと希望を胸に。
〝可愛い子。貴女にギフトを授けましょう〟
「神様ですか?」
眠りに落ちると夢をみるオノリーヌ。
〝ええ、そう呼ばれています。さあ、これが貴女のギフトです〟
光の存在におでこを触られると、満ち足りた気分になるオノリーヌ。
〝これでギフトの儀は完了ですよ。貴女のスキルは異世界通販です〟
「異世界通販?」
〝魔力の上限と引き換えに異世界のモノを取り寄せることが出来るスキルです。ただ、使うたび引き寄せたアイテムに応じて潜在魔力を失います〟
それならば願ったり叶ったりだとオノリーヌは思う。オノリーヌは孤児のため、魔力は平民にしては割と多めに持ち合わせているが使い方を学んでいない。宝の持ち腐れだった。それをリリアージュのために使えそうだと喜んだ。
「食べ物や衣服、勉強道具も手に入れられますか?」
〝もちろんですよ〟
オノリーヌは神様に感謝する。
「ありがとうございます、神様。このスキルを使って頑張ります!」
〝それでは、目覚めの時間です。良い人生を送りなさい〟
「はい!」
こうしてオノリーヌは現実に戻ってきた。
「おはようございます、リリアージュ様」
「おはよう、オノリーヌ」
「今日の朝食は豪華ですよ」
「本当に?嬉しい」
オノリーヌは早速リリアージュのためにスキルを使うことにした。
「リリアージュ様。身体が成長しましたから、もうこのドレスもきつくなってきたでしょう?」
「うん」
「新しいドレスを私のギフトで取り寄せてもいいですか?」
「いいの!?ありがとう、オノリーヌ!」
オノリーヌのギフトで早速何着も新しい下着とドレスと靴を引き寄せ、もうぼろぼろになっていた以前の下着とドレスと靴を捨てた。
「リリアージュ様、とてもお似合いです!」
新しいドレスはどれもリリアージュによく似合う。オノリーヌが厳選したので当たり前である。
「さあ、朝食ですよ」
朝の身支度を整えて、次は朝食。今日もリリアージュの朝食は用意されていなかったが、オノリーヌが〝お子様ランチ〟なる豪華な食事をギフトで用意した。
「いただきます!…美味しい、美味しいよ、オノリーヌ」
涙を流して喜ぶリリアージュに、オノリーヌはやってよかったと微笑む。まだまだ魔力の上限に余裕はある。これからリリアージュを守るために使うと改めて決意した。
「リリアージュ様。今日からお勉強をしてみませんか?」
「うん!」
妾の子であるため、ほぼ放置されているリリアージュは暇だ。なのでオノリーヌはリリアージュに勉強を教えることにする。異世界通販のギフトで、ノートや筆記用具、教科書など勉強道具を引き寄せた。幸い、教科書は元は〝日本語〟だったが引き寄せた時点でこの国の言語に置き換わっている。
「では、始めましょう」
孤児院である程度の教育は受けていたオノリーヌは、教科書と睨めっこしながらリリアージュに勉強を教える。教える側も教わる側も手探りだったが、何もしないよりはマシだった。
そして、時は過ぎリリアージュは十五歳になった。そして明日で十六歳になる。二十七歳になったオノリーヌは、今日まで毎日リリアージュに健康的で美味しい食事を与え、下着やドレスや靴が古くなれば新しい物を与え、二人三脚で教養もお互いに身につけてきた。異世界通販の価格設定は非常に良心的だったため、今日まではなんとか保った。
しかし今日リリアージュが最後の美味しい夕ご飯を食べると、オノリーヌは魔力の上限が残り一になってしまう。一ではさすがに何も買えない。
「リリアージュ様。申し訳ありません、訳あって今日以降は異世界通販のギフトが使えなくなりました」
「オノリーヌ、ありがとう。オノリーヌのおかげで伯爵の娘として恥ずかしくない教養も身についたし、伯爵の娘として恥ずかしくない身嗜みも整えられたわ。毎日美味しいモノを食べられて、私幸せだった。だから謝らないで。本当に感謝しているのよ。本当にありがとう」
「リリアージュ様…!」
オノリーヌは願う。どうか、リリアージュがこの後苦労しないようなギフトが今日の夜、贈られますようにと。
「おはようございます、リリアージュ様」
「おはよう、オノリーヌ。あのね、私薬師のギフトを与えられたの。これで薬草さえあればポーションをたくさん作って売って、伯爵家を出てもきっと生活していけるわ」
「!」
「だから私、伯爵家を出ようと思うの」
「…付いていってもいいですか?」
オノリーヌの言葉にリリアージュは目を見開いた。
「付いてきてくれるの?」
「はい。お嬢様を冷遇し、お嬢様が新しいドレスに身を包もうが栄養がある食事をとって大きくなろうが教養を身につけようが一切気づかない伯爵家の連中に未練などありません」
「…ふふ。オノリーヌは本当に私が好きね。いいわ、一緒に伯爵家を出ましょう。…今すぐに」
「はい、リリアージュ様!」
こうして二人は荷造りして伯爵家からこっそりと出て行った。オノリーヌは自分が異世界通販のギフトで引き寄せた教科書やドレスや靴も持ち出して、それを売った。お古の教科書やドレスや靴とはいえその価値は高い。売ったお金はかなりの額になった。
「お金にはしばらく困らなさそうね」
「ええ。とりあえず衣食住を確保しましょう、リリアージュ」
「ふふ、ええ!オノリーヌに呼び捨てにされるのは、距離が縮まったようでとっても嬉しいわ」
屋敷を出る際、リリアージュからこれからは友人として一緒に暮らすのだから呼び捨てにして欲しいと懇願されそうすることにしたオノリーヌ。先程手にしたお金で店舗兼住宅の物件を賃貸で探しすぐさま契約し、生活必需品も買い揃える。しばらく分の食料も買い揃えると、衣食住はあっという間に整った。その代わりお金は一気に半分にまで減ったが、散財しなければしばらくは保つだろう。
「街で店舗兼住宅を賃貸出来たのだし、次は薬草を手に入れて薬屋さんを開始しないとね」
「早速明日、薬草を取りに山に入りましょう」
「ちょっと怖いけど、楽しみだわ」
外の世界をほとんど知らなかったリリアージュは瞳を輝かせる。オノリーヌはそんなリリアージュを微笑ましく思った。
「いらっしゃいませー」
リリアージュとオノリーヌの薬屋は、その効能が良く効きしかも良心的な価格設定だと少しずつ口コミが広がって人気になった。最初の頃に色々売って手にしたお金は無くなってしまったが、その分薬屋で儲けて二人とも将来のための貯金も出来ている。
「あら、アルフォンス。いらっしゃい」
「やあ、リリアージュ。今日もおばあちゃんの腰痛の薬をくれるかい?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。お代はこれで」
銅貨が支払われる。リリアージュはそれを仕舞って言った。
「お祖母様のお加減は?」
「腰痛のせいで寝たきりに近かったのが嘘のようにピンピンしてる。リリアージュ、本当にありがとう」
「それは良かったわ」
「ところでリリアージュ」
「何?」
アルフォンスは隠し持っていた花束をリリアージュに差し出した。
「好きです!結婚を前提に僕とお付き合いしてください!」
実は花束がチラチラと見えていて、これから起こることに予想がついていたリリアージュはそれでも嬉しそうに微笑んで言う。
「もちろんよ。でも、私と結婚すると漏れなくオノリーヌが付いてくるからね」
もはやリリアージュの〝お姉ちゃん〟となったオノリーヌ。アルフォンスと結婚しても、リリアージュはオノリーヌを一人にする気は更々ない。
「もちろんいいよ。よくは知らないけど、リリアージュの恩人なんだろう?いつか、全部話して欲しいところだけど」
「もちろん結婚する前には話すわ。ただ、今はまだ秘密よ」
「ちぇっ」
その様子を二階の住宅部分からこっそりと聞いていたオノリーヌは、これでリリアージュがさらに幸せになれるほっとした。そして、リリアージュのオノリーヌへの気持ちが嬉しくて飛び跳ねたくなった。オノリーヌはこれからも、リリアージュを大切に守っていくのだろう。それがオノリーヌの幸せなのだから。