1.反撃の狼煙
黎明の空。大河に沿って南下するのは48頭のワイバーンと23機の双発爆撃機。
暫くすると、広大な海が見えてくる。
《ドラゴンスカイ、こちら第一飛行隊、疾風。ポイント:チャーリー2-1を通過。プリムラ地区海岸線まで、あと30km。》
隊長を務める俺は、高度12000メートルから全体を見守るボス…エンシェントドラゴンのフウガ様に竜種族間で使える通信を送る。
《第一、第二飛行隊へ、他部隊の作戦とタイミングを合わせる。作戦開始までTマイナス183秒。》
「『第四飛行隊へ、第一飛行隊の指示に従い、爆撃を行え!』」
竜種の通信の後、脳裏に響く念話が人間の言葉で発せられる。こちらは爆撃機に乗る軍人向けだ。
横滑りしながら後方の爆撃機の斜め上に付ける。
第四飛行隊の隊長はコックピットからサムズアップを返してきた。同時に胴体下部の扉が開き、5発の60kg爆弾が露わになる。
これから始まるのは一大反攻作戦。3日前に起こったブルードレイクの領空侵犯事件を皮切りに突然攻め込んできた海の魔物・魔獣たちを、領軍に所属する軍人たちと俺たちワイバーンで協力してぶっ飛ばす。
《作戦開始まで、あと30秒。我らの領域を侵す者は、我らの大切なものを奪おうとする者の末路はどうなるのか、海の奴らに思い知らせてやれ。》
フウガ様からの激励が入る。
当然だ!俺たちの怒りを思い知らせてやる!
《安全装置解除。目標、眼下のディザスタータートル群。諸君の身に着けるエンブレムに誇れる働きを期待する。》
手元の12.7mm多銃身銃のロックレバーを解除しながら、白銀の桜が描かれたレッグバンドを指さす。
《白銀の花の下に!》
《《《白銀の花の下に!》》》
《時間だ。各隊、交戦せよ!》
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俺はワイバーンのハヤテ。人間の文字では疾風と書いてハヤテと読む。キルシュバウム辺境伯爵領の第一飛行隊隊長を務めている。
キルシュバウム辺境伯爵領というのは、100年以上前、魔の森、死の火山、ホルスト山脈に囲まれた草原に、魔物や魔獣の監視を押し付けられた先代の勇者が追いやられたのが始まりだと聞いている。
それから約100年。他の世界から来た転生者?という人間によって少しずつ特異な発展を遂げてきた。今代のキルシュバウム辺境伯爵ジュール様、そして御令嬢のアリシア様も転生者というものらしい。
そのアリシア様がいろいろあって、エンシェントドラゴンのフウガ様と契約したことにより、キルシュバウム辺境伯爵領には、人間だけでなく、ドラゴン、ワイバーン、フェンリルやフォレストウルフが住むようになった。もちろん、役職を抜きにすれば皆対等な関係だ。
俺たちは領の人間を尊敬している。初めて高速道路を走る自動車や、俺らと同じ高度を飛ぶ飛行機を見たときには驚いた。雷の魔石とモータを使っているらしい。建設中の火力発電所の蒸気タービンを見せてもらったときは、繊細な美しさに心を奪われた。
まあ、恐ろしかったのは火薬を使った兵器を見せられた時だな。9mm回転式拳銃や6.5mm小銃程度なら問題ないが、12.7mm多銃身銃はヤバい。しかも弾倉ベルトのある限り撃ち続けられる。だからこそ、俺たちの愛用の武器になった。
今は、弾頭を俺たちから剥がれた鱗の粉でコーティングしたり、内部に信管と炸薬を詰めたりした弾種も存在し、さらにパワーアップしている。
そんな心強い力を持った俺たち第一飛行隊、総勢24名の任務は多岐にわたる。
本領上空の直掩任務では、領空侵犯してくる魔獣の掃討の他に、事故や火災の対応支援も行う。あとは、基地祭で子供たちを乗せたり、建設現場に手伝いに入ったりだな。
人間の言葉を理解し、発声もできるワイバーンが多く所属しているからというのもあるだろう。
同じくワイバーン24名で構成される第二飛行隊のほうは、周辺に出没する魔物や魔獣を狩ったり、周囲の領の偵察を行ったりだ。
第五飛行隊の24名は本領から300km離れた南方海岸線の飛び地、プリムラ地区を拠点としていて、領営商船の直掩や、漁の手伝いもしている。
さて、事が起こったのは3日前。哨戒中の同僚がブルードレイクに襲われたところまで遡る。本領まで接近してきたので、第三飛行隊の戦闘機と協力して迎撃し、処分してやった。
最期に吐かれた「これで勝ったと思うな…既に南の海は制圧した。俺の仲間が直ぐにでも此処に来るだろう。」との捨て台詞は気にしていなかったのだが、その通りになってしまった。
昨日の正午、大陸全土が大きな揺れに襲われた。震源は南のダンジョン島。遠く離れたキルシュバウム本領も被害を受けた。
家屋の倒壊こそ少なかったが、倒れた家具の下敷きになったり、割れたガラスで怪我をした領民が複数人いた。
倒れた塀に挟まれた子供を警察官と一緒に救助して病院に搬送した。あの子は助かっただろうか…。
いつも空を見上げて手を振ってくれていた子供たちの笑顔が脳裏に浮かぶと、やるせない気持ちで一杯だ。
あの日、キルシュバウム本領だけでも、7人の領民の命が奪われ、59人が深い傷を負った。日常生活を奪われ、避難生活を余儀なくされた人間は500人を超えるという。
本領より震源に近かった南方の飛び地、プリムラ地区ではガントリークレーン2基が倒壊し、港湾施設も大きく歪んだ。滑走路の舗装も割れたらしく、航空機の発着が制限された。
プリムラの基地の機能が大きく低下する中、南のダンジョン島からのスタンピードが始まった。大量のディザスタータートルが沸いて出て、周辺の島々や帆船を襲い始めた。
領営の商船も襲われた。プリムラ基地所属第五飛行隊のワイバーンたちが救援に回ったが、25m級の帆船3隻が沈み、数人の船員が犠牲になった。
全ては南の海を支配しようとしているブルードレイクたちの陰謀。乗せられたシーマイトの一族が南のダンジョンで人為的なスタンピードを引き起こしたからだ。
奴らは海だけでなく大陸沿岸も支配しようとしている。
既に他の領、他の国の沿岸では、上陸を始めたディザスタータートル群が猛威を振るっているらしい。1頭を倒すのに人間の兵士や冒険者が3~4人がかりで挑む必要のある面倒な亀が百の単位で各地に押し寄せるのだから、地獄絵図が容易に想像できる。
まあ、他の領の人間がどうなったところで知ったことではない。彼らは必要な備えを怠ったのだ。自然界では弱い者が淘汰されていくのが摂理。
が、俺たちと同じキルシュバウム辺境伯爵領の家族を、白銀の花の旗の下に集った仲間を、子供たちの笑顔を奪ったことは許さない。
南の海岸線から北へ500km離れた、キルシュバウム本領チトセ基地。
午前4時の駐機場に整列するのは100人の軍人と、50頭のワイバーン。
「『諸君、おはよう』」
拡声器を使った声が響く。
「『知ってのとおり、我々は海の魔物・魔獣たちからの武力攻撃を受けている。奴らは地震を起こし、領の商船を沈め、邦人を南のダンジョン島へ拉致した。そして今、ディザスタータートル群がプリムラ地区を含めた大陸海岸線を襲っている。』」
基地司令の言葉を、皆、険しい表情で直立して聞く。
「『さらに悪いことに、ブルードレイクに降伏した友邦のサモナ諸島には、未だ数人の邦人が取り残されている。』」
今回の作戦はタイミングが重要だ。ダンジョン島に潜入した特務隊が拉致された邦人を救出するのと同時に、プリムラ基地所属第五飛行隊がサモナ諸島に突入。ブルードレイクを排除し、取り残された邦人を解放させる。
俺たち本領の航空隊は後詰めでプリムラ基地に向かい、プリムラ地区に迫る海の魔物・魔獣の群れを突入に合わせて排除する。
「『既に領主のジュール様、防衛大臣メルシア様より国防法第2条に基づく防衛出動命令が下っているが、この先の状況の変化によって、第1条に基づく無制限軍事行動が許可される可能性があることを認識してほしい。』」
ああ、わかっている。そうなれば徹底的な殲滅が許可されるのだろう?
「『以後、本作戦は南ダンジョン島沖に展開中の護衛艦“八重桜”より、領主ジュール様、防衛大臣メルシア様が一括で指揮を執る。都度都度の連絡は次期領主アリシア様が契約しているエンシェントドラゴンのフウガ様を通じ、遠距離通信にて行う。』」
基地司令が全員の顔を見渡す。
「『以上だ。質問は?』」
皆、黙って前を向く。
「『ではかかれ!海の奴らに思い知らせてやれ!』」
「「「応!<ギャウ!!>」」」
背後の滑走路に誘導灯が点く。続いて煌々としたライトが基地全体を照らす。
まずは第三飛行隊の複葉戦闘機4機が基地直掩のために滑走を始めた。
続いて第四飛行隊の双発爆撃機“花雪”が順々に滑走を始める。
雷の魔石から繋がった2つの400馬力モータが、全長18m、3人の搭乗員と5発の60kg爆弾を積んだ機体に推進力を与える。
俺たちの3倍の図体で、最大速度は半分程度。巡行速度になると3分の1程度だが、まあ、俺たちのほうは、幾らでも調整できる。
12.7mm多銃身銃を手に取り、弾倉ベルトを身体に巻き付けた俺たちは、駐機場から勢いよくジャンプ。風の魔法を使って揚力を生み出し、編隊飛行を始めた23機の“花雪”の周りを囲うように飛ぶ。
バンクを振って見送りをする第三飛行隊の戦闘機に手を挙げて答え、俺は編隊の先頭に付ける。
「任せておけ、お前らの怒りも俺が代わりにぶつけておいてやる!」
呟いた俺は前を見据え、セタ川に沿って南下を始めた。
(読んでいただいてありがとうございます。
あらすじにも書いていますが、「桜舞う辺境伯爵領の護り手たち ~転生先は昭和レベルまでチート済みの領でした。~」https://ncode.syosetu.com/n5583gy/の2-6ワイバーン飛行隊長の一日から2-10サモナ諸島沖海戦で活躍したワイバーン飛行隊の裏話です。そちらを読んでなくても楽しめるようにしておきます。
第一話の前置きはこのくらいにしておいて、次話からは撃って撃って撃ちまくりたいですね。)