08.義弟と私(4)
次にやってきたのは王宮内にある庭園の一角。
季節折々の花や草木が生い茂る王宮の庭園はどこもかしこも色鮮やかで私のお気に入りの場所だ。
そんな広々とした庭園の中でも私が特に好きなところがある。
「ここは庭園ですか?
それにこの辺りは人気が少ないですが……」
「そうそう、ここに私の一番のお気に入りスポットがあってね!」
今はシーナやジスタ、
アレナとブラムの姿はない。
何故かというと「これから私の秘密基地にノルを案内するから!」と言って、
ついてこないようにと言ったからだ。
彼女たちは今庭園の出入り口付近で待機中だ。
花のアーチをくぐった先にいたのは───。
ミャー。
「! ね、猫?」
「はい到着~」
花のアーチをくぐった先にいたのは数えるのが大変な数の猫。
一体何があるのかと緊張した面持ちでいたノルベルトの表情が一気に緩む。
私たちの姿を見つけた猫たちが一斉にこちらに駆け寄ってくる。
「わわ……!」
「おお、相変わらず元気な子たちだなぁ」
好奇心旺盛な猫たちは新しい人間に興味を示してノルベルトに近寄り、
それ以外の人見知りな猫たちは私の方へ近寄ってきた。
突然の出来事に思考が追いついていないノルベルトを見つつ、
私は駆け寄ってきた猫たちの頭を撫でる。
「可愛らしいでしょう?」
「え、ええそれはまぁ……」
「ここはね、もう分かる通り王宮の敷地内で日差しが一番当たるところなの。
そのおかげで野良猫たちがここに住み着いていてね」
少し猫たちと触れ合っていくうちに落ち着いたようで、
ノルベルトは静かに私の話を聞いている。
「──皇族の公務って色んな人に会うの。
国を良くしようとしている人や自分の利益ばかりを考えている人とか色んな考えを持った人に何人も出会う。
結構ね……精神的に疲れちゃうんだよ。
それ以外にも私には未来の帝国を導くというお役目がある。
そういった期待をたくさんの人から受けるの。
”完璧な皇女”と言われても私も皆と同じ人間だからさ、
こういう”気の休まるところ”──癒しが必要じゃない?
だからねノルベルト。
もしも抱えきれない悲しみや悩みを私には言いづらかったらここに来ると良いよ」
「アスターシア様……」
「もちろん何か相談事があるのなら私はいつでも聞くし、
私にできることならその望みを叶えるために色々と手を尽くすから」
「ありがとう……ございます」
ただ静かに私の話を聞いていたノルベルトの目には少しだけ涙が滲んでいた。
この猫たちが私の心を癒してくれるように、
きっと悲しさを抱えこれからの生活に不安であろうノルベルトの心も癒してくれる。
私はそう思った。私の勝手な思いではあるけれど。
「アスターシア様……いえ、姉上。
僕の考えを……誓いを述べてもいいでしょうか」
「え?」
しばらく何か考え込むように顔を俯かせて自分の手元に擦り寄っていた猫を撫でていたノルベルトが、
強い意志を持った瞳で私の目を真っすぐ見つめる。
何か迷いが吹っ切れた清々しい表情をしてその口が言葉の続きを紡ぐ。
「これから先、僕は姉上のお役に立てるよう全力を尽くします。
姉上の期待を裏切らず心からこの身を姉上の役に立てることを誓います」
恭しく頭を垂れるノルベルトの姿に私は驚くほかなかった。
何しろ昨日の今日だというのにこうして心を開いてくれるとは全く思っていなかった。
それにしてもまだ皇子としての礼儀作法は習っていないはずなのに凄く綺麗にやってのけている。
一体どこで見て学んだのか分からないけれど、
ノルベルトが心を開いてくれてとても嬉しい。
とりあえず何とかお披露目会までには仲良くなろうとぼんやりと考えていたため、
こんなにも早く目的が達成するとは思わなかった……。
「良かった。
じゃあ私はノルに認められたのね」
「そうご自分を卑下することはないと思いますよ」
「そ、そう?」
「ええ」
今まで隠していたのであろう思いもハッキリと口に出してくれるようになって、
その目は昨日見た絶望に帯びた色ではなくなっていて、
ノルベルトの赤色の目が日の光でまるで宝石のようにキラキラと輝いている。
とても綺麗な瞳をしている。
今後の人生を左右する大きな選択を覚悟を決めて受け入れたのだ。
私もこんなにも立派な人の姉になれることが誇らしい。
「改めてよろしくね、ノル」
「はい!」
───こうして私たちは真の姉弟になれた。