《番外編01》丹念皇女と近衛騎士(1)
『近衛騎士』制度が作られた際のお話になります。
※時間軸としてはアスターシアが二歳の頃です。
→サブタイトル「最強皇女と帝国」(1話~3話)の間。
──アスターシアが三歳になる前の頃。
アフェクが生まれる数ヶ月前。
いつも通り公務の合間を縫って私に会いに来た母上は、
父上と叔父上と共に何か話し合いをしていた。
「アスタに警護の騎士がいると思うの」
「アスターシアにですか?しかし……」
前代未聞の母上からの提案に叔父上が困惑した表情を浮かべている。
目の前に座る母上は至極真面目な表情で話している。
『専属侍女』という役職は私が生まれる以前から既にあったが、
たった一人のために騎士をつけることは今までなかった。
母上にも父上にもそのような守りに徹した存在は居ない。
叔父上が困惑するのも無理はないと思いつつ、
いつも以上に気迫のある母上の姿に少し苦笑してしまう。
気のせいかと思っていたがやはり母上は過保護が過ぎる。
「ああ、アスタに何かあればどうしましょう……!
その時に備えるためにもそういった役職が必要ではないかしら!?」
「シシアーティア、落ち着いて」
「誘拐でもされてしまったらどうするの!こんなにも可愛いのだもの、狙う輩は絶対出てくるわ!」
「姉君、落ち着いてください」
──と、こんな感じで二時間くらい私の部屋で語り合っている。
私が誘拐される……?いや、絶対にないだろうとか思いながら話を静かに聞いていたのだが、
これは良い機会かもしれないと思って私は口を開いた。
「母上、一つ私から提案があるのですが……良いですか?」
「どうしたの、アスタ」
「『近衛騎士』という役職を作るのはどうでしょう?」
「このえきし?」
「近衛隊はいるでしょう?
近衛隊とは違い、一人に対して数人の騎士を常時傍につけるのです」
この国の近衛隊の役目は王宮内の警備が主であり、
王族個人につく騎士はいない。
外に出る際には馬車や周囲から王族を守るために傍につくことはあるが、
常時個人に付き従う騎士はいない。
そのため母上が近衛騎士という単語を知らないのも不思議ではないのだ。
「まぁ……!今私が欲しいと思っていた存在と合致しているわね!
流石はアスタ、良い案をくれるわ!」
「近衛騎士……なるほど」
「そろそろ弟も生まれる訳ですし、
厳重な警護体制を敷くべきだと思います。
母上や父上にも何人か近衛騎士をつければ、
いざという時に彼らが対処することもできる。
例えば四人制にするのなら午前を二人、午後を残りの二人という感じで交代で休憩をとることもできます」
「ふむ……なるほどね」
ずっと茶菓子を頬張っていた私の言葉を聞いて、
父上と叔父上が私の方に視線を向ける。
提案することはできてもそれを確実な形にする術は今の私には持ち合わせていない。
上層部──内務卿、外務卿、財務卿、宰相といった政治に深く関わる人物達の許諾を得られなければ、
私が提案した『近衛騎士』という存在を作り出すことは叶わない。
──とはいえゲームにも出てくる存在だし、
もしもこの世界に”シナリオ”という強制的な流れがあるのなら、
確実に許諾されるだろうとは思っている。
「上層部に掛け合ってみる価値はありますね。
バルムヘルツだけでなく姉君も何時でも守れる可能性が高い」
叔父上が深く頷きを返すと、
母上が安堵したようにそっと顔を綻ばせた。
──ゲーム通りになるのは癪だけれど、
これでアフェクと──いずれ産まれてくるフィーリアを守る存在ができる。
それだけじゃない。目の前にいる母上、父上、叔父上を傍で守ることだって。
──それすら無意味にしてしまうのが”アスターシア”なのだけれど。
やめよう。今は勘の鋭い叔父上がいる。
暗い考えなんてしていればバレてしまうわ。
「今週末の上層会議で提案してみましょうか。
それまでにある程度形を整えていなければなりませんね」
「えぇ、ベルンハルト。忙しい中申し訳ないけれど頼めるかしら」
「お任せ下さい」
そうして上層部へ私が提案した『近衛騎士』についての話し合いを行われることになった。
■
「アルベール、少し良いか」
「ベルンハルト?第一皇女殿下の様子を見に行っていたのではなかったか?」
第一王宮の執務室に戻ってきたベルンハルトは、
代わりに仕事を引き受けてくれていたアルベールに声をかける。
アルベール・アルフレッド宰相。
アルフレッド男爵家の次男である生粋の貴族の生まれだが、
ベルンハルトとは旧知の仲。
アルフレッド男爵家はそこまで裕福な家庭ではなく、
爵位を有してはいるがほぼ庶民と同じ暮らしをしていた。
そのためこうして二人きりの場合は素のままで話し合っている。
「姉君が新たな役職を作ると言われた。
その中身を調整するためにお前の知恵を貸してくれ」
「陛下が?……一体どのような?」
「『近衛騎士』。一人に対して数名の騎士を護衛としてつける特別職だ」
「近衛騎士?近衛隊ではなく?」
アルベールはベルンハルトから告げられた言葉に疑問符を浮かべる。
何しろ初めて聞いた単語が彼の口から出てきたからだ。
既に護衛としては近衛隊がいる。
近衛隊も騎士団から選出される。
特に近接戦闘を得意とした者が近衛隊所属になることが多い。
「近衛騎士はアスターシアからの提案だ」
「第一皇女殿下が?」
「あぁ、あの子はまだ二歳でありながら、
俺たちが考えつかないことを提案してくる。
……あの子は何故か年相応の女の子のように遊んだりしない。
今もまた勉学に励んでいるのだろう」
「……。第一皇女殿下はそのようなお方なのか」
「ああ、二歳の女の子とは思えない子だ」
アルベールが用意したコーヒーを口に運んだベルンハルトの表情は憂いを帯びている。
まだ二歳でありながら何故か大人っぽい思考を持つ。
──そしてどこか生き急いでいるようにも思える。
まだ生まれて二年しか経っていないというのに、
何故かそのような印象を抱いてしまう。
それがベルンハルトにはまだ分からない。
姉君とバルムヘルツが望んだ第一子。
自身にとっても初めての姪だ。
愛おしいと思わないわけがない。
正直驚きはしたがアスターシアが提案した近衛騎士という特別職について反対意見はない。
そのような存在がシシアーティアやバルムヘルツの傍に付き添ってくれているのなら、
今までより一層安心することができる。
──ベルンハルトとしても欲しいと思っていた存在だ。
「私もこの特別職には賛成だ。
これなら陛下方も殿下も危険に晒される可能性が今まで以上に低くなる」
「アルベールなら分かってくれると思っていたよ」
「もちろんだとも。ベルンハルトはこの存在をずっと欲しがっていただろう?
私としてもこれは良い機会だ。
週末の上層会議では必ず通してみせるさ」
■
──その日から翌週経ったある日、
今朝母上から上層部の許諾を得られたとの知らせを受け取った私は、
騎士団の視察へやってきていた。
少し後ろにはシーナとレイナが着いてきている。
「お初にお目にかかります、第一皇女殿下。
騎士団長のオズワルド・ルーベンと申します。
隣にいるのは副団長のエレボス・ゾルターンです」
「お初にお目にかかります、第一皇女殿下。
副団長のエレボスと申します」
「初めまして、オズワルド騎士団長、エレボス副団長。
母上──陛下から”近衛騎士”についての通達は既に伝わっていますよね?」
「はい。現在選考中です」
「そうですか……。騎士団の演習を見せてもらっても良いでしょうか」
「分かりました。どうぞこちらへ」
騎士団の訓練棟の入口には騎士団長と副団長の二人が出迎えるため待ってくれていた。
馬車から降りた私に深く頭を垂れる二人に合図をして挨拶を交わす。
今日ここへ来たのはこの目で騎士の実力を見るため。
近衛騎士となる騎士については今目の前を歩く二人が、
魔法師団の師団長カノナスと副師団長オリヴィアと共に選ぶことになっている。
私自身が選ぶことはできないけれど、
こうして視察に来て騎士の実力を見に来ることは許可をもらった。
既にアフェクとフィーリアの近衛騎士が誰になるのかはある程度ゲームの知識で既に知っているけれど、
この世界にいる彼らがゲームと同じような実力かどうかは分からない。
得意分野も不得意分野も細かなところは違っているかもしれない。
その僅かな違いを見つけるために私は騎士団の訓練棟へやってきた。
「右手にあるのが狙撃手の訓練場、
左手は剣士の訓練場になります」
訓練棟の中に入った私たちは、
下に見える騎士達の訓練の様子を見下ろす。
真ん中を突っ切るようにできた真っ直ぐな橋から、
真っ二つに分野が別れているようだ。
訓練場は一階でここは二階の渡り廊下のような場所だ。
このまま真っ直ぐ歩けば向かい側にある新兵鍛錬棟の二階に繋がっているのだとか。
この本体鍛錬棟の二階には新兵鍛錬棟との渡り廊下以外に、
何室か部屋がある。三階には第一会議室があるという。
思った以上に広くてビックリしたけれど、
こうして二階から訓練の様子が見られるというのも驚いた。
学校の体育の授業の見学のように傍で見るものだと思っていたから。
大きく分けて狙撃隊と近接隊の二つがある。
要は近距離攻撃に特化した部隊と遠距離攻撃に特化した部隊で分かれて訓練しているということだろう。
この世界にも銃があったのね……と思いながらじっと彼らの様子を見つめる。
「ここは外の稽古場があるでしたよね?」
「ええ、ここよりも広いので合同演習の際に使用しています」
「なるほど……」
まだそちらには行ったことがないけれど、
聞いた限りでは想像以上に広いようだということだけは分かる。
今訓練をしている彼らの中から私付きとなる近衛騎士が選出される。
騎士団だけでなく魔法師団からも選ばれることになっているけれど、
一体どんな人たちだろう……?
彼らとは仲良くなれるかしら。
──そして何よりも大事な人たちを私から守ってくれるだけの実力があれば……。




