59.矜恃皇女と戦勝会(2)
──広間の中央で優雅に踊る第一皇女と第一皇子の姿にこの場に集っていた誰もが目を奪われていた。
幼い頃を知る者にとって場の視線全てを掻っ攫う二人の皇族のその麗しさと気品に遠い幼い日の出来事の一つ一つを思い出すだろう。
「本当に……お二人とも立派になられましたね」
「えぇ……第一皇女殿下はまだお茶目なところが残ってはいますが、
初めてお会いした日を思うとその一言に尽きます」
広間の片隅でワイングラス片手に語り合っているのは、
王国騎士団長オズワルド・ルーベンと、
魔法師団長カノナス・インベンシオンの二人だった。
彼らもアルベール宰相同様に幼い頃の二人をよく知る人物でもある。
「初めて王宮に来た時はあんなにも心細そうにしていたノルベルト様も、
アスターシア様のお陰でここにも慣れ親しんでくれているみたいでホッとしました」
「もう立派な第一皇子殿下ですからね。
こういった場を見る度、そう思います」
不安げだったまだ五歳の少年は、
今やもう立派な気品を持った青年となった。
皇族としての覚悟も責務も今はもうそれが当たり前かのように全て背負えるほど、
ノルベルトはここへ来たばかりの頃に比べて成長したのだ。
その礎を築いてきたのが何かを楽しそうに話ながら、
美しいドレスを翻すアスターシアだ。
この王宮のこと、皇族としての役目全てをノルベルトは彼女から教わった。
皇族として尊敬し目標としている人は誰かと問えば、
すぐに彼女の名が出ることだろう。
美しくこの場の全てを虜にさせる皇女と皇子の踊りを二人は静かに見届けた。
■
「お姉様とノル兄様、綺麗ですね……!」
「うん、そうだね。皆が姉上達のことを見ているよ」
アスターシアやノルベルトとは反対側で踊っている兄妹がひそひそと小声で語り合う。
そんな二人も騎士団や魔法師団の目を奪っているが。
くるくると周りながら自分の背にいる姉弟を感じながら、
アフェクとフィーリアも優雅にゆったりとした踊りを見せる。
「私も踊りが上手くなったでしょう?」
「ああ、習い始めた時もすぐに覚えてしまっていたけど、
その時よりもっと上手に流麗になっているよ」
「ふふ、頑張って沢山練習しましたからね!」
姉と兄を背にくるくると回る二人は、
とても楽しそうに会話を進める。
アスターシア達と比べればまだ経験は浅いが、
それでも二人に劣らぬ美しさを見せている。
「そういえばフィーリア。一つ聞きたいことがあるのだけど」
「何かしら、兄様」
「──エルヴィーノ公爵のことこっそり始末してしまったんでしょう?」
今までよりもグッと顔を近付け、
フィーリアにしか聞こえない声量で告げられた言葉は、
この場にいる誰しもが知りもしない情報。
妖しく細められたフィーリアの白縹色の瞳を見てアフェクは確信した。
「そういう兄様だって、
私がやらなければやっていたでしょう?お互い様よ」
「やっぱりバレちゃったか」
エルヴィーノ公爵が叔父とノルベルトのことを毛嫌いしていたことは知っていた。
大好きな兄と叔父を侮辱してきた公爵を甘ったらしく許す訳にはいかない。
きっと聡明な姉のことだ。
そしてアフェク達よりももっと彼と関わることが多かったはず。
だから”知っていてなお”許していた。
「お姉様は優し過ぎるわ。
それこそがお姉様たる美点だけれど、それじゃ甘い」
「そうだね、それには僕も同じ意見だよ」
「ノル兄様だって、お姉様が決められたのならとあっさり身を引いてしまう。
私達も本来はそうあるべきなのでしょうけれど、
今回はエルヴィーノ公爵はやり過ぎたわ」
「ああ、僕たちが許せる範疇を超えてしまったからね」
妖しくも危険な笑みを浮かべる兄妹の姿は互いだけが知っている本性。
麗しい皇女と皇子の踊りに目を取られているこの場に集った者は皆、
踊りながらこんなに物騒な会話と皇族がするものではない冷徹な笑みを浮かべていた二人のことは知らない。
その目に映ってはいない。
「お姉様とノル兄様に害を及ぼすのなら、
我が国の民であろうと許さない。
……こんな醜い私たちを見たら、きっとお姉様達は私たちを忌み嫌うでしょうね」
「フィーリア……」
悲しげな笑みを浮かべる目の前の妹に、
アフェクも何と声をかければいいのか言葉が見当たらない。
かくいう自分も知られれば憎悪の目で敬愛する姉と兄に見下されるだろう。
たとえそうなったとしたら。
アフェク達の中でその答えはもう決まっている。
二人のために役に立って死ぬ。ただそれだけだ。
■
「ジスタはこういった場はあまり好きじゃない?」
「そうですね……あまり慣れません」
一定の間ノルベルトと踊っていた私は今、
近衛騎士の一人で明日の授与式で勲章を贈られる授与者の一人、
ジスタ・フォークスと踊りながら会話をしていた。
近衛騎士として傍に控えてくれている魔法師団の中でも二番目に強い魔法師である彼は、
近衛の任がない時間は魔法の研究と修行に時間を費やしているらしく、
魔法師団の駐在所──訓練棟では一人でいることが多いと聞く。
やっぱり目立つのは好きじゃないのね……。
前世の私もそうだったからその気持ちはとてもよく分かるけど。
「以前誕生日プレゼントに贈った杖、使ってくれているのね」
「はい。今はあの頃に比べて魔法師団の中でも普及してきていますが、
使い勝手について知りたいとカノナス師団長に言われまして」
「ああ、なるほど。人によって使い勝手は変わるけれど、
一番初めに作った杖を持っているジスタからデータを収集しているのね」
杖はその人その人に寄り添った設計にしなければ魔法が発動しないのだと言う。
試作品からきちんとした完成品をカノナス師団長が後に作ってジスタにあげたと聞いたけれど、
それでも戦でも自在に扱えているのはジスタのその器量によるものなのだろう。
他の魔法師の方達も日々特訓しているようだけれど、
カノナス師団長やジスタ程自在に扱うことは難しいのだそうだ。
──要は調整する為にジスタから情報を共有してもらっているということね。
「杖の調整も難しそうだけれど……カノナス師団長は一瞬でやっているような気がするわ」
「そうですね……あの人の力が”創る”ことに適していますし」
カノナス師団長は魔法師団の中でも──いや今までの魔法師の中でも特異な力を持っている。
魔法で何でも創り出すなんてことは今まで誰にもできなかったことだ。
それを唯一成し遂げられる強大な力を持っているからこそ、
彼は世界最強の魔法師とも言われている。
「ジスタもいつかはカノナス師団長程の──それ以上の魔法師になれるかもしれないわね」
「それは買いかぶり過ぎですよ」
「あら、そのカノナス師団長本人がそう零してたんだもの。
『ジスタの成長速度が凄まじくて自分の立場がなくなるかもしれないな』って」
「あの人がそんなことを……」
ジスタのことはカノナス師団長が魔法師団に引き入れたと聞いた。
元々魔法の素質が人よりも高かったことに加え、
奢ることなく努力し続けてきたジスタの力は、
近衛騎士として選ばれて初めて会った時よりも格段と強くなっている。
もう十年以上も一緒にいるから意外な一面を見かけることもたくさんあった。
「そういえば副団長に昇任するって聞いたわ、おめでとう!」
「ありがとうございます。
……しかし何故オリヴィアさんは僕を推薦したんでしょう」
「そこは本人に聞いてみるしかないわね」
今回の戦争の後──つまりは昨日の話だけれど、
魔法師団の副団長であるオリヴィア・ヴァレンタインはカノナス師団長にジスタを副団長の座に昇任させることを進言した。
カノナス師団長も突然のことに驚いたとアンネリーゼについての報告にやってきた時に言っていた。
明日の授与式が終わり次第、ジスタが副団長としての仕事を引き継ぐことが決まっているそうだ。
──実力だけでなく立場もカノナス師団長の次点となったのね。
「副団長になれば今まで以上に忙しくなってしまうでしょうね」
「そうなるでしょう。ですが、陛下から近衛騎士の解任を命じられない限りは今まで同様傍でお仕えするつもりです」
「そう……ありがとう。もしかしたらと考えていたから、
ジスタからそう言ってもらえて安心した」
副団長に昇任すると聞いてから考えていたこと。
副団長となるということは今までよりも忙しくなる。
加えて近衛騎士としての仕事まであれば……大変さはより深刻になるだろう。
ジスタの代わりとなる新しい近衛騎士が母上によって選ばれるだろうと思っていたけれど、
既にその辺の話はカノナス師団長を通して終わっているのだと言う。
私か母上から命令がない限り近衛騎士としての役目を果たすと進言したらしい。
幼い頃から見守ってくれている一人であるジスタとは、
毎日のように会えなくなるのは悲しいと思っていたけれど、
それも先程のジスタの言葉で救われた。




