07.義弟と私(3)
ノルベルトの部屋を訪れた翌朝。
シーナとレイナに身支度を整えてもらいながら、
王宮内のどこを案内しようかなと思考を巡らせる。
昨夜訪れたノルベルトの部屋には家から持ち込んだのであろう本がたくさんあったから、
よく利用する場所と図書館を案内してみようかな。
「おはようございます、アスターシア様」
「おはよう、ジスタ。今日は一日よろしくね」
「はっ」
近衛騎士の一人ジスタが今日の担当だ。
ノルベルトは王宮に来た時に会ったらしい。一体いつの間に。
「おはようございます」
「おはよう、ノル!」
「ノ、ノル?」
「ずっと名前呼びだと姉弟なのに堅苦しいかなと思って、
愛称を考えていたの!」
「そ、そうでしたか……。
では本日はよろしくお願いします、”姉上”」
自室を出た先の廊下には既にノルベルトの姿があった。
黒を基調とした服装だけれど、
それが赤目のノルベルトにとても似合っている。
そのすぐ近くにはノルベルト付きの専属侍女アレナと近衛騎士の一人ブラムが控えていた。
専属侍女であるアレナはシーナの妹にあたる人物で、
近衛騎士の一人ブラム・コルネリウスはユージスの部下の六番隊副隊長だ。
ユージスの方は騎士団の演習へ行っていたけど、
副隊長のブラムは今日が担当の日だったのね。
「朝食をしっかりとったら王宮内を案内するからね」
「はい」
「じゃあまずは食堂ね」
基本的に私たちは家族集まって食事をすることが多い。
朝食は必ずと言っていいほど皆集まって食べている。
一箇所に集まっていれば食事を運んでくる使用人が楽になるからという理由もあるけれど。
一緒に食べるようになったのは私が生まれてからのことで、
それ以前は各々別でとっていたらしい。
まぁほら皇女と言っても中身はただの一般人ですから。
そんなことに労力を使わせてしまうことに申し訳なさが凄すぎてね……。
それに一時だけでも集まる時間があれば、
皆の体調やちょっとした変化にも気付きやすくなる。
昼食以降は皆のスケジュールを考慮して集まれるものだけ食堂に集まるという感じになっている。
■
朝食を食べ終えたあと、
私はノルベルトを連れて王宮内を案内していた。
もちろん今公務やその他の仕事で利用している部屋を除いてだ。
「ここは王宮専用の図書館。すごく広いでしょう?」
「大量に本がありますね……」
応接室や昨日使った第三広間や医務室や調理場などから、
国の大きな行事(例えば法律や新しい公共施設建設など)を決める際に使う会議室なんかも案内して、
今私たちは王宮の一番端にある図書館へやってきていた。
とてつもなく広いこの図書館には帝国内で発行された童話や歴史書など、
様々な分野の関連書籍が分野ごとに区切られ管理されている。
『王宮専用』ということもあって、
ここにある本は王宮に滞在している者にしか貸出は許されておらず、
王宮の外に持っていくのも禁じられている。
今はもう古すぎて街の書店には売っていないものまでぎっしりと並べられているからすごい。
「おや、これはこれは皇女殿下、おはようございます。
今日は皇子殿下をお連れなのですね」
「ダヴィードさん、おはようございます。
今日は弟に王宮の案内をしているところなの」
「ほうほう、それは仲がよろしいようで何よりでございます。
近々国内外へ向けたお披露目会もございますしね。
その後は皇子として勉学やご公務などでここを利用されることも多いでしょうから、
ノルベルト様、どうぞよろしくお願い致しますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
図書館の中央にあるカウンターに座っている初老のお爺さんは、
ダヴィード・エルヴィーノ前公爵。
祖母アステリアが女皇だった時代の内務卿だった方だ。
今は公爵からも内務卿からも引退してこの図書館の司書をされている。
ここに来てからノルベルトはどこか楽しそうにしている。
その様子を見て私は内心ほっと安堵する。
しばらくここでこれから自室で読むために気になる本を探してみようということになり、
ノルベルトに図書館内を自由に散策してもいいよと言った。
「ふふ、珍しく不安そうですな」
「ダヴィードさんには分かってしまうのね……」
「それはもう長生きした老いぼれですから。
ご公務でもそういった姿を見せられない皇女殿下が、
弟君のこととなると途端に自信をなくされるとは……珍しいお姿を見たものです」
「言ってしまえばこちらの都合で無理矢理実の親と引き離したんだもの。
負い目を感じているんです。
加えてここが彼にとって安心できる場所だと実感させるという大きな責務がありますから」
奥の部屋から紅茶とちょっとしたお茶菓子を持ってきてくれたダヴィードさんと会話する。
かつては厳格だったと有名な祖母に仕えていた人だと聞いたけれど、
とても柔らかな雰囲気を纏っている。
あの時代はオスクリタ公国との関係が一番悪化していた頃だから、
油断ならない時勢だったのは知っている。
加えて『呪われた皇女』と呼ばれていた妹ヘカテイアの存在もあった。
そのことを考えると祖母は気が休まる時があまりにも少なかったのではないだろうか。
そんな思い描くことしかできない当時のことを考えている間に、
ノルベルトが何冊かその腕に本を抱えながらこちらに戻ってきていた。
「すみません、お時間をもらってしまって」
「良いのよ、本が好きなんじゃないかなと思ってここを案内するつもりだったし、
気に入った本が見つかって良かった」
「それでは貸出の記録をするのでこちらに持ってきてもらってもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
どうやらノルベルトの気に入る本がこの膨大な図書館の中に何冊かあったみたいだ。
良かった……ここもノルベルトのお気に入りの場所の一つになりそうだ。
私もよく勉強でここにある本を利用するから、
一緒にここで勉強したりなんてできそうだ。
「それじゃあ次に行きましょうか。
ダヴィードさん、お邪魔しました~」
「失礼します」
「ええ、またいつでもお越しくださいね」
そうして図書館を出た私たちは次なる目的地へと足を進めた。