57.冷笑皇女と公爵
──アスターシア達が本部から王宮へ戻ってくる途中。
魔法師団の一団により先に地下牢に連行されたエルヴィーノ公爵の前に王宮内で待機していたフィーリアの姿があった。
「こんにちは」
「これはこれは……第二皇女殿下、このような場所に何の御用が?」
「お姉様達が戻ってくる前に、
あなたから今回の動機を聞いておこうと思いまして」
「ほぅ……?」
「お姉様達がわざわざあなたのために忙しい時間を割くなんて勿体ないですもの。
だったら私が尋問した方が早いでしょう?」
「なるほど……?それがあなたの本性でしたか」
目の前の皇女は以前見たか弱く純粋で可憐な皇女ではない。
見たことがない冷徹な笑みを浮かべて私を見下ろしている。
──第一皇女殿下はきっと第二皇女殿下の素顔を知らないだろう。
そんなことを思いながら私も笑みを深める。
「第二皇女殿下であられる方でも、
私の動機など話したところで理解できないでしょう」
「あなたは分かっていないのね。
私の能力があなたよりも上位版であることなど理解していると思っていたのだけれど。
わざわざ話す機会をあげているのだから語ることくらいできるでしょう?」
「……何故皇族は平民などという穢らわしい者を政に参加させる?
あなたには分からないだろうが、
平民など我々貴族がどう扱ったとしても良い存在ではないか。
そんな下品な存在と共に仕事をしなければならないこの屈辱を……っ!?」
「黙りなさい。それは叔父様だけでなく我が兄に対する侮辱。
到底許されることではないわ」
妖しく皇女の瞳がきらりと光ったかと思った瞬間、
身体が思うように動かなくなった。──まさか!?
「元より内務卿というその立場はあなたの父君が推薦してくれたお陰で得たものでしょう。
例え生まれが公爵家であっても、
国にとって役に立たないのならいらないも同然。
あなたが今回仕出かしたことはどれほどのものなのか理解しているの?
民達だって突然始まった戦に怯えていつ終わるかも分からないものをただじっと待たなければならなくなった。
我が国は騎士団や魔法師団の方々が優秀であったことで被害は少なかったとしても、
あちら側はどうだったのかしら……?
これをあなたが引き起こしたという自覚はある?」
「随分とお喋りな皇女様だ。
民が怯えようと、誰が死のうとどうだって良いではないですか。
我々もそうだが、あなた達の方がそういった”危険”から一番遠い場所にいる。
何故そこまで気にかける必要などある?」
「どこまでも卑劣な人間ですね。
……あなたといても疲れるわね。
最後に一つ聞きたいことがあります。
アンネリーゼ。彼女は一体何者です?」
「さぁ?私も彼女については名前しか知らないもので」
「よくそんな人と一緒にいられるわね……。
まぁ良いです。それでは”お休みなさい”」
呆れた表情をした第二皇女が告げた最後の言葉を聞いた後、
ぐらりと意識が揺らぐ。
……ああ、これはもしや──。
皇女は初めから永遠に私を眠らせるつもりでここに来たのだ。
もう二度と敬愛する人達の妨げにならないように。
……まさかあそこまで冷酷な人物だったとは。
それを知ったとして、もうここで私は終わりだ。
ああ、アンネリーゼ。我が女神よ。
先にあちらで待っているからどうか私の元に──。
■
「死にましたか」
「……」
ゆっくりと瞼を閉じたエルヴィーノ公爵の姿を見届けた私はただじっと見下ろしていた。
十年前のアフェク兄様の毒殺未遂から始まったこの因縁は、
これでようやく永遠に途切れることになった。
本来なら死にたいと思うほど苦しんでほしかったけれど、
それでまた他国へ亡命でもされては困る。
これ以上お姉様達の手を煩わせられるなんて……。
考えるだけでも憎悪の気持ちが湧き上がる。
「叔父様だけでなくノル兄様まで侮辱するなんて……。
ああ、本当に嫌気がさすわね」
けれどこれでもう叔父様もノル兄様も侮辱されることはない。
お姉様達の邪魔をするのなら排除するのも厭わない。
「さようなら、エルヴィーノ公爵」
ウェーブがかった銀色の長い髪を手で払って、
フィーリアは地下牢を後にした。
その表情はアスターシア達には決して見せない非情な笑みを浮かべていた───。
■
「全く大変だったわ……今回は」
「そうだね。よく頑張ってくれたよ」
エスポワール帝国の国境付近。
大陸中央を目指して走る一つの馬車があった。
そこには正体不明の令嬢、アンネリーゼの姿があり、
その隣には彼女に似た容姿の青年が座っている。
「クリムゾン王国は堕ちてくれなかったし……。
せっかくあの嫉妬深い王妃に負けずこの身体を国王に売って事実上の実権を握ったっていうのに、
まさかプルメリア神聖王国に行っていたはずの第一王子と第二王子が戻ってくるなんて……。
これじゃあ私たちの従属国──拠点の一つにできないじゃない。
父上も困難な要求をしてくるものだわ」
「それほどエスポワール帝国は恐ろしいということだね。
簡単には手に入らないわけだ。
流石は三英傑の一人セラフィーナの子孫。
一筋縄じゃあいかないわけだ」
「全く呑気なものね。
お陰で私の存在が皇族にバレちゃったっていうのに」
「けれどまだ君の正体については辿り着いてないみたいだよ?
……お陰で第一皇女を見られたから俺の目的は達成できたしね」
「ふーん」
不機嫌な表情を見せるアンネリーゼに謎の青年はクスッと微笑んで満足気な声色で言葉を紡ぐ。
そんな青年を見てアンネリーゼの機嫌は悪くなっていく一方だ。
「ここからが本番だよ、アンネリーゼ。
張り切っていかないとね」
「分かっているわ。ただ、帰ったら褒美をくれなきゃやる気が出ないからね」
「ふふ、分かっているよ。
我が国に帰ったら欲しいものを一つあげるさ」
「約束してちょうだいね?──”お兄様”」
「ああ、もちろんさ」
不気味な笑みを浮かべる兄妹を乗せた馬車は、
大陸中央にあるオルテンシア神聖国へ向かっていく。
その馬車には”ある公国”の国章が刻まれていた───。




