56.矜恃皇女と交渉
──アスターシアがクリムゾン王国の王宮でエルヴィンに話しかける前。
「ん……?」
私の能力の一つ『透視』でクリムゾン王国側の動きを見ている途中、
エルヴィン王子があまりにも憔悴している姿を発見する。
対応がそれほど難航していたのかしら……?と思いつつも、
『絶対遵守』の応用で彼の心の中を覗いてみる。
……ちなみにこれはつい最近身につけたもの。
まだフィーリアのように全ては見れないけれど、
便利なことに違いないため早速使ってみる。
「エリノア嬢がエルヴィン王子の婚約者……?」
全く知らなかった事実に驚愕する。
エルヴィン王子とフィリップ王子はアフェクが生まれて二年後に二人揃ってプルメリア神聖王国の学院に留学していたことは知っているけれど、
まさか……。
「うーん……困ったわね」
「姉上?」
傍にいたノルベルトがいつもと様子が違うことに気付いたのだろう。
悩み続けている私に心配そうに目線を合わせる。
心配させてしまった……と思いつつも、
隠すことはないかと思い先程知ったことをノルベルトに話す。
「エリノア嬢がまさかエルヴィン第一王子殿下の婚約者とは……」
「そうなのよね……」
エリノア・カロル・ブランディーヌ公爵令嬢は、
十年経った今でも大罪人として身柄は捕らわれたまま。
元々公爵家は王家への忠誠心が高いことで知られているようで、
彼女もまた実の両親から『王家の役に立て』と幼少期から教えられたのだろう。
だからこそ彼女は私にバレた時、服毒自殺をしようとしていた。
「……仕方ない、か」
「どうされますか」
本来なら彼女は大罪人だ。
──だけれどそれでエルヴィン王子が自暴自棄になってしまっては意味がない。
「ノル、アルベール宰相を呼んでもらってもいい?」
「分かりました」
──ならば彼にとってもそして我が国にとっても益のあるものを考えなければ。
■
「早朝にごめんなさいね。
お久しぶりかしら、エリノア公爵令嬢」
「ええ、お久しぶりです。アスターシア第一皇女」
夜通しアルベール宰相と”とあること”を話続けた私が翌日の朝に訪れたのは、
エリノア嬢が捕えられている一室。
流石に他国の公爵令嬢を牢に入れることはできないため、
今はもう使われていない第五宮殿の一室に幽閉されている。
「私に何か御用でしょうか」
「……単刀直入に言います。
エリノア・カロル・ブランディーヌ公爵令嬢、
あなたにはクリムゾン王国に戻っていただきます」
「どういうことですか……っ」
『有り得ない』といった顔をしたエリノア嬢に、
突然そんなことを言われればそう思うだろうな……と思いつつ、
私は目の前に座るエリノア嬢の目を真っ直ぐに見つめ、
嘘偽りではないことを示す。
「──つい先日、クリムゾン王国と我が国が戦ったことは知っていますか」
「えぇ、知っております」
「現国王──いいえ、先代国王は戦争責任として退位され、
クリムゾン王国の王太子エルヴィン第一王子が次代の国王として即位されることが決まりました」
「エルヴィン様が……っ?」
「そうです。ただ……エルヴィン王子があなたのことについて知ったのは昨日。
彼は思った以上に憔悴してしまっています。
……分かりますか。王となる者が愛する者であるあなたがいないことで気力を失っている。
このままではクリムゾン王国がここから発展していくことができない」
「エルヴィン様……」
このままエルヴィン王子が王としての役目を全うしなかったら。
先の戦で損害が大きかったクリムゾン王国は衰退してしまう。
彼は民のことを何より思っていたからこそ、
そのような下手はしないだろうけれど、
このままでは復興させるよりも先にエルヴィン王子の精神が壊れてしまう。
「あなたを本国に戻す代わりに、
あなたにしてもらいたいことがあります」
「……それが本命ですね?」
「そうですね。でも、あなたにとってもクリムゾン王国にとっても良いことでしょう?」
「……分かりました。どうせは強制でしょうからお受け致しましょう。
私としてもエルヴィン様のお傍にいられるのはこの上ない僥倖ですので」
「そう、ありがとう。
私からあなたに頼むことは二つ。
一つ目は定期的にクリムゾン王国内部の情報を我が国に提供すること。
二つ目は……我が国に万が一の緊急事態が起きた時、
あなたたちの王宮に私の大切な人たちの避難所とさせてもらうこと」
「一つ目はまだしも二つ目は一体どういうことです?
第二皇子殿下を毒殺しようとした私に頼むことではないでしょう」
私から告げられた頼み事にエリノア嬢が驚いたように目を見開かせる。
元より強制的な上絶対に逆らえないと理解しているからなのだろう。
全て受け入れる心構えで聞いてくれたのはありがたい。
「確かにあなたはアフェクを毒殺しようとした実行犯ね。
……でもあなたは知っているはず。
エスポワール帝国の皇族を敵に回せばどうなるのか、なんて。
一度は先代国王に反対したのでしょう?無謀だと」
「それは……」
プルメリア神聖王国の学院に入学できるほど聡明な第一王子の婚約者で、
あれほど深く愛されているということは彼女も分かっていたはずだ。
自国の周りは敵だらけなのだと。
そしてその本国を攻撃しようものなら、
周りから一斉にクリムゾン王国は叩きのめされると。
「とりあえず、先に述べた二つを守ってもらえますね?
このことは我が国に誓って」
「えぇ、分かりました……。
しかし何故国に対してなのです。
直接ここへその話を提案し、加えて次期女皇であるあなたに対しての誓約ではないのです……?」
「今後のことは分かりませんから」
「……」
何か言いたげな表情をするエリノア嬢に対して、
私はアルベール宰相に用意してもらった誓約書を差し出す。
かつてノルベルトと交わした『主従の契り』で用いたものと同じものだ。
今回は『内諾の契り』だけれど。
「それではよろしくお願いしますね、エリノア嬢」
「分かりました」
彼女にとっては国への背信行為だけれど、
我が国のためにもまた彼らのためにもこうするしかない。
──既にエルヴィン王子とは連絡を取り合って許可を得た後だし。
■
「お疲れ様でございました、アスターシア様」
「アルベール宰相!今回はありがとうございました。
無理な頼みをしてしまったのに……」
「いえいえ、お気になさらず。
……しかしアスターシア様。
あなたが最後に頼んだものは……」
「アルベール宰相、あれは”万が一”です。
ここ数十年で何も起きなければ杞憂に終わるものですよ」
「……そうですか。ではこの後しばらくお休みください。
今夜は戦勝会がありますから」
「えぇ、そうします。アルベール宰相も少しは休んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
近衛騎士を引き連れて第五宮殿から去っていくアスターシアの背中をアルベールはじっと見つめる。
……あの方は何を考えておられるのだろうか。
やはり昔から感じていた『生き急いでいる』と思ったことは正しかったのかもしれない。
「アルベール宰相」
「! ノルベルト様……」
いつの間にかすぐ横にいたノルベルトの声に驚いて横を見ると、
少し眉を寄せて考え込んでいるノルベルトの姿があった。
──この方も察しておられる。
アスターシアが”何か”を知っていることは分かっている。
そしてその”何か”を回避するために幼い頃から動かれている。
「姉上は一体、何を知っているのでしょうか。
何に対して怯えているのでしょうか」
「怯えている……ですか」
「僕にはそう見えます。
姉上は決して自分の抱えていることを表に出すことはされない……。
それは例え僕ら兄妹でもです。
──何も教えてはくれないし、頼ってくれません」
「ノルベルト様……」
この方もまたアスターシアの役に立ちたいと、
その一心でここまで皇子としての公務も勉学も励んで来られた。
全ては自分が補佐する第一皇女のために。
まだ幼かった頃に比べればノルベルトはアスターシアに頼られるようになっているが、
悩み事を聞いてくれることはあっても教えてくれることはない。
いつもはぐらかされて上手く別の話題に切り替えられてしまう。
だからきっと、不安なのだろう。
お一人で何でもやろうとするあの方のことを。
「きっといずれ教えてくれます。
今までだってそうだったでしょう?」
「そう……ですね。すみません、弱音を吐いてしまって」
「いいえ」
憂いを帯びた表情は優れなかったが、
それでもアルベールの前に現れた時よりもその瞳は自信に満ちている。
その瞳を見てアルベールは”大丈夫だと”確信した。




