54.矜恃皇女と終熄
──クリムゾン王国との戦争が終結したその数時間前。
前線でクリムゾン王国の騎士団と衝突していたオズワルド騎士団長は、
各方面で奮起していた部隊から派遣された使者からの次々と移り変わる戦況の報告を受けていた。
「(王宮にはエレボス率いる三番隊と魔法師団の六番隊がいるから問題はないだろうが……)」
まさかアスターシアが敵の本陣に近衛騎士達を引き連れて向かい、
クリムゾン王国の指揮官である第三王子と第四王子を捕らえるとは思ってもいなかった。
元々一人で行動することが多かったとはいえ、
ここまで動かれるとは……。
オズワルドは頭が痛くなるが、
あの方が何の考えもなしにそのような危険な行動をとるとは思えない。
「……イグナーツの方はどうなっている?」
「イグナーツ二番隊隊長の担当方面は、
クリムゾン王国の魔法師と衝突しているようです」
「そうか……」
イグナーツは自然系統の一つ風系統の『風明』の能力者だ。
風を刃に変えて広範囲に斬りつけることができる。
いざという時には能力を使用して相手を一気に無力化できるだろう。
加えて──五年前、アスターシアが引き入れた彼の弟レオもいる。
能力がなくともあれだけ巷で騒がれた『剣豪』であるレオもいるのならば、
魔法師達の無力化はすぐさま終わるであろうとオズワルドは思う。
■
「レオ、無理だけはするなよ」
「分かってるよ、兄さん」
今目の前にいるクリムゾン王国の魔法師十二名による怒涛の魔法攻撃を軽々しい身のこなしでイグナーツとレオは避けては追撃する。
普段の演習では能力の使用はしないイグナーツだが、
相手が相手であるために容赦なく自身の能力で風を刃に変えて相手に斬りつける。
レオは魔法師が咄嗟に防衛できない距離まで迫り、
殺さないように剣の柄で峰打ちし気絶させ、
時には足の健を斬って動けなくして無力化していった。
イグナーツの能力は自然系統の内の一つ『風』であり、
レオもまた兄と同じ能力を持っている。
イグナーツとの違いはその威力と範囲と効果。
レオは竜巻を起こすこともでき、
また自身の足の速さを変えることもでき、
なおかつ超遠距離にいる敵まで斬滅することができる。
いわばイグナーツの持つ『風明』の上位版。
能力名は『疾風』。
イグナーツ率いる二番隊は遠距離攻撃に長けている騎士たちで構成されており、
二番隊の持つ能力はそのほぼ大半の団員が遠距離特化の能力ばかりだ。
そのため魔法との相性は良い。
魔法よりも発動時間が早いのが能力だ。
魔法は様々な制限がある中で現象として発動させるのに時間がかかるが、
能力は所有者が念じるだけで形となって現れる。
今後のために魔力の消費量を考慮して使わなければならないのに対して、
能力者はその体力と精神力が限界を迎えない限り戦える。
──圧倒的なこの差が魔法と能力の違いを見せつけられていた。
■
──時は戻ってアスターシアがクリムゾン王国の王宮から戻ってきた後。
「アスターシア様」
「カノナス師団長……!」
本部へと戻ってきたアスターシアの元に、
王宮でアンネリーゼの情報を集めてもらうよう頼んでいたカノナス師団長が、
共に連れたって王宮へ潜伏していた魔法師団よりも少し後に戻ってきた。
カノナス師団長が連れていった魔法師団の団員が次々と戻ってくる中、
その中にカノナス師団長の姿がなく不安感が拭えずにいたのだが、
ふらっと現れたカノナス師団長の姿にアスターシアはほっと一息つく。
「申し訳ございません。
アンネリーゼ嬢の情報については全く手がかりがありませんでした」
「……ということはやはり彼女はクリムゾン王国出身ではない……?」
「その可能性が高いかと」
元々エルヴィーノ公爵の脱獄が報告された後に、
その時牢番をしていた騎士の人に脱獄を手引きした人物について聞いて名前と容姿だけ教えてもらい、
魔法師団の方々の協力を得て彼女についての情報を集めてもらっていたのだけれど……。
エスポワール帝国内では集められる情報に限りがあった。
クリムゾン王国が攻めてきたと知った時に、
母上には内緒でカノナス師団長にお願いしていたのだけれど……。
──正直なところ、情報のなさに彼女はクリムゾン王国出身ではないのかもしれないと考えていた。
一応この考えはカノナス師団長に共有していたのだけれど、
まだ確証はなかったため保留にしていた。
「彼女が何者なのかはまだ分からないまま……か。
とりあえず今は負傷者の治療と撤退作業に専念しましょう」
「はい」
残念ながら欲しかった人物の情報は得られなかったが、
これ以上停滞する前に戦を終結させることもでき、
脱獄して逃亡したエルヴィーノ公爵と、
指揮官であったカスペル第三王子とリューク第四王子も捕らえられた。
カスペル王子とリューク王子については、
今後、責任としてピエール王が退位し隠居した後にクリムゾン王国へ戻す予定だ。
──あの王を強制的に撤退させるのは骨が折れそうだけれど……。
そんなことを思いながらアスターシアは傍に控えていたジスタに声をかける。
「ジスタも、前線で戦って疲れているでしょうに手伝わせてしまってごめんなさいね」
「いいえ、お気になさらず」
前線で奮闘していたジスタは、
ユージスと交代して傍に控えてくれている。
基本的に撤退作業などの体力が必要になるものは騎士団が率先して行っているため、
ユージスはその作業の手伝いに向かっている。
「アスターシア様、
後の作業は私たちで行いますので、
ノルベルト様と共に王宮へお戻りください」
「オリヴィア副団長……ありがとう、後は皆さんに任せます」
「はい」
外で作業をしていたオリヴィア副団長が出入口から姿を現し私と隣にいたノルベルトに声をかけた。
母上に定期的に連絡していたとはいえ、
終結後からは何の連絡もしていないし……きっと心配しているわね。
そう考えた私はオリヴィア副団長の言葉に素直に甘えてノルベルトと共に王宮へ皆より早く戻ることにした。




