53.矜恃皇女と戦線(2)
クリムゾン王国のエルヴィン王子、フィリップ王子と合流した私たちは、
彼らと共にクリムゾン王国の王宮へと乗り込んでいた。
「父上!」
「おお、エルヴィン!よくぞ戻ってきた!
これでエスポワール帝国との戦線も回復できよう!」
「父上、私めは父上を止めに来たのです。
もうお止め下さい。これ以上続けても我が国に利益はありません」
「……何だと?この私に逆らうというのかッ!」
玉座に座っている男性がこの国の王ピエール・オクタヴィアン・カミーユ=ヴィヴィアンだろう。
実際にエルヴィン王子が『父上』と呼んでいた。
エルヴィン王子の姿を見たピエール王は、
今の悲惨な戦線を覆せると嬉しそうに顔を綻ばせていたが、
エルヴィン王子から告げられた言葉に眉を寄せ、
明らかな不機嫌な表情と声色でエルヴィン王子を責めた。
「王子であるお前が、王たる私を侮辱するか!
これは我が国のためよ。
長年我らをその軍事力で抑え込んで苦しめてきたエスポワール帝国に鉄槌を下すのが私の使命!
これこそが創造神ルシアヴェルテから私に与えられた啓示よ!」
「それは偉大なる創造神からの啓示を建前にした父上の欲望でございましょう!
父上にはこの戦争の責任として退位していただきます!」
──人と動植物を創り出したとされる女神『ルシアヴェルテ』。
今なお根強く信仰される人の祖。
神話に語られる女神の名をここで聞くとは思わなかったわ。
ピエール王とエルヴィン王子の言い合いを私とノルは黙ってじっと見つめる。
ここで私たちが介入してしまっては意味がない。
それこそ彼らの意志の妨げる。
私たちはただ証人としてここにいるだけ。
この戦争を終わらせることが目的なのだから、
ここはこの国の王子である彼らに任せるべきだろうが、
あまりにも欲深いその執念に呆れさえ感じる。
「何だと……っ!」
「これはエスポワール帝国女皇シシアーティア様との戦争終結の条件でもあります。
この場で、次代女皇であるアスターシア皇女に責任を取り退位されることを宣言されてください!
父上、そして父上に加担した貴族や軍人にも追々沙汰を下させていただく!」
「アスターシア皇女……?」
玉座の隣に控えていたヘルディナ王女の目線が私に向く。
驚いたようにその赤い目を見開いたヘルディナ王女が、
小さく「あっ……」という声を出した。
それに気付いたピエール王がエルヴィン王子とフィリップ王子の後ろにいた私とノルに視線を向ける。
「憎きエスポワール帝国の第一皇女……っ!何故王宮内にいれておる!
衛兵!エスポワール帝国の皇族を捕らえよ!」
「衛兵、父上の命令は聞かなくていい。
これより私がこのクリムゾン王国の最高権力者だ。私の命だけを聞け」
「エルヴィン……っ!何という罪深い息子か!」
「きっかけはどうあれ、この戦争を始めたのは父上です。
もう分かっておられるでしょう?
私たちの戦力で大陸の半分の領土を持つ大帝国に適うわけがないことなど。
父上は何故お爺様が長年エスポワール帝国との外交に力を入れてこられたのか理解されていないようだ」
少々怒気を含んだエルヴィン王子の声色に、
ほんの少しだけピエール王がたじろいだ。
きっと普段怒らない方なのでしょうね……。
広間にいたピエール王以外の人物も怯えたような表情を見せている。
「父上には強制的に退位し隠居していただく。
──これでよろしいだろうか?」
「構いません。女皇陛下には私からこのことを報告しましょう。
こちら側からこれ以上の要求はしませんが、
代わりに関わった者たち全てを排除すること、
これを私に約束してください」
「分かりました」
本来なら国土が奪われたとしてもおかしくはないと考えていたのだろう。
そもそも国の存続自体許されなかったかもしれないが、
母上が王とその関係者に責任を負わせることのみを要求したのならばそれまででいいだろう。
ほっと安堵するエルヴィン王子とフィリップ王子を見ながら私はそんなことを考える。
これほどまで民と国を思う彼らがトップに立つのならば、
今回のようなことは今後起きないだろうし何よりだ。
「将軍!エスポワール帝国国境付近まで進軍している騎士団に撤退命令を!」
「はっ」
フィリップ王子の言葉に広間の隅に控えていたクリムゾン王国の将軍が敬礼をとりすぐさま広間を後にした。
──これで終わりそうね。
予想外の事態が起きてしまったが無事に終息しそうでよかった。
私たちが王宮に入ったと同時にカノナス師団長率いる第一師団が、
エルヴィーノ公爵と脱獄の手引きをしたアンネリーゼ捕縛のため暗躍しているだろう。
──ここまで来てしまえば彼の重刑は免れないだろう。
既に第二皇女と第二皇子に手を出した時点で避けられないことではあるけれど。
「では私たちは帝国へ戻ります」
「ええ、わざわざここまで来てくださったのに何のおもてなしも出来ずに申し訳ありませんでした」
「いいえ、お気になさらず」
深く頭を下げるエルヴィン王子に対して言葉を返した後、
私はノルと近衛騎士を引き連れて帰国の道についた。
■
「ようやく見つけましたよ、エルヴィーノ公爵」
「カノナス師団長……!?何故ここに……!」
「アスターシア様から自分たちが王宮に入った際に潜入し、
エルヴィーノ公爵アンネリーゼ嬢を捕らえよとの命令を受けましてね。
……おや?かのご令嬢はどうされたのです?」
「……アンネリーゼは用があるからと少し前に出ていった」
「ほう……」
アスターシアがエルヴィン王子たちと共にクリムゾン王国の王宮に入った頃と同時刻。
カノナスは自身の直属の部下を率いて王宮内のどこかにいるであろうエルヴィーノ公爵とアンネリーゼ捕縛のため動いていた。
「では、我々と共にエスポワール帝国ヘ来ていただきます。──連れて行け」
「はっ」
抵抗する間もなく捕縛されたエルヴィーノ公爵は、
カノナスの部下によりエスポワール帝国の牢獄へと連れ戻された。
「(捕縛されるかもしれないと思ってエルヴィーノ公爵を置いて逃げたか……?)」
一人、部屋に残されたカノナスは頭の中でそう考える。
そもそもアンネリーゼという令嬢はどれほど調べても名前だけしか分からなかった。
だが王宮に出入りできるということはこの国の貴族であることは間違いないだろう。
そして王にも謁見できるということは、
ある程度はピエール王もしくはマリアンネ王妃からの信頼を得ているということになる。
──だが生まれた家も彼女が持っているであろう能力も分からない。
家族構成も交流関係もその過去すら何も出てこなかった。
「(謎だな……)」
これについては既にアスターシアに報告済みとはいえ、
ああして厳重な警備下にあった牢獄からエルヴィーノ公爵を誰にも見つけられずに連れ出せた。
何かしらの能力があることは確実のはずだ。
──彼女がまたエスポワール帝国に危機をもたらすような暗躍をしていたら。
皇族を守ることが魔法師団の役目である以上、
今までのようにアスターシアやノルベルト達が安易に表立って行動されるのは危険かもしれないという考えが浮かぶ。
「(──例えそうだとしてもアスターシア様が看過されないわけがない、か……)」
あの方は何故かあらゆる事態に自ら解決に向かわれる。
先程も第三王子と第四王子の元に直接向かい、
護衛の兵たちと剣を交えたらしいし……。
思った以上に単独行動を控えてくれたことには感謝しているが、
それでもやはり我々に全てを任せるという選択は取られないようだ。
「(さて……部下たちと共にアンネリーゼ嬢の情報をできる限りかき集めるとしよう)」
少しでも危険人物の情報が欲しい。
王宮にならば何かしら彼女の痕跡が残っているはずだ。
ありとあらゆる魔法を利用して情報収集せねば。
そう思ったカノナスはまた広い王宮内へと姿を消した──。




