05.義弟と私(2)
母上の部屋を去った私はその足でノルベルトの部屋へ向かった。
彼が不満に感じていることは、この王宮での暮らしともう二度と大好きな母親に会えないことだろう。
前者はこれから私が頑張るべき目標だけれど、後者は母上の決断にかかっているけれど私がやれることはした。
「こんばんは、ノルベルト。夜分遅くにお邪魔するわね」
「アスターシア様……?僕に何か御用ですか?」
コンコンと音を立てて扉をノックする。部屋の主から入室の許可をもらい中に入ると、ベッドの上で膝に顔を埋めて悲しみを押し殺していたノルベルトの姿があった。
姿勢はそのままで、驚いたように顔を上げて私を見つめるノルベルトの瞳は少し見開いている。
そんな彼の傍まで寄りベッドの端に座った私はノルベルトの目線に合わせて言葉を紡ぐ。
「第一皇子のお役目、やりたくない?」
「それは……いいえ」
「それはどうして? 今までとは違う責任が伴ってくることになるのだから、不安じゃない?」
「確かに不安ですし、今すぐここから出て母さんに会いたいです。でも、もしもここで僕が逃げ出せばまた別の子が選ばれることになる」
不安の残る眼差しの中には、ノルベルトの確たる決意が秘められている気がして、私はゾッとした。私には心を読む能力はないけれど、彼はもう大きな覚悟を決めてここにいることを感じとった。
「そんなことをしたら、僕は世間から”皇族に背いた子”として疎まれるでしょう。母さんの仕事は人から信頼されないと成り立たない仕事ですだから、母さんは”皇族から背いた子の母親”としてその信頼を失ってしまうかもしれない。だから逃げ出すことはできません」
この歳でここまで後先のことをきちんと考えている。そして自分と同じような子のことまで……。
――本当に思慮深く優しい子だ。
しばらくの間室内に沈黙が訪れる。私が何も言わないことに失礼な発言をしてしまったと思ったのだろう。上げていた顔をまた俯いてしまった。
「ねぇノルベルト。明日、私と王宮内の探索をしましょう!」
「え?」
「ここで何としてもお役目を務めようとするあなたの覚悟は痛いくらいに伝わった。あなたの思いもほんの少しだけれど理解しているつもり。だから今度は私のことを知ってほしいの。普段の私を見て品定めしてほしいのよ」
「し、品定め?!」
「そう、あなたにとって私は信頼するに値するか。それをこれから考えてほしいの」
突然の言葉に驚いてノルベルトは再度顔を上げる。
私への裏切りはできない。つまりこの契約を利用すれば、酷なことでも”主の命令”として遂行しなければならない。
簡単に言ってしまえば何でも彼に強制できるというわけだ。
――私だけが優位で得をするのは公平じゃない。
心の中で思うことは自由なのだから、私が彼にとって相応しいかどうかを彼に決める権利がある。
もちろんこの契約は、私の能力で無効化できる。
「もしも、あなたが心から望むのなら私は『主従の契り』を能力で無効化できるわ。そして、あなたが第一皇子に選ばれたことも全ての者から忘却させられるから」
「それって……」
「このことは、私との秘密よ?」
しーっと、人差し指を口元に充ててノルベルトに隠しておくようにお願いする。私の意図を汲み取ってくれたノルベルトは大きく頷いてくれた。
「夜中に突然お邪魔してごめんなさいね。それじゃあ、おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
夜中に突然やってきてしまったことを詫びたあと、私はノルベルトの部屋を出てすぐ廊下で待機していたシーナと合流した。
「アスターシア様、御用はお済みになりましたか?」
「うん、ありがとうシーナ。ついてきてくれて」
「いいえ。さぁお部屋に戻って今日はもうお休みください」
「ええ」
そうしてシーナを伴って自室に戻ってきた私は、綺麗に整えられたベッドに横たわり眠りについた──。