42.継続皇女と敢然
アスターシア達がちょうどレオと話をしている時。
第二王宮で留守番をしていたアフェクとフィーリアの元にエルヴィーノ公爵が訪れていた。
「僕らに何か御用でしょうか、エルヴィーノ公爵」
「ええ、実は折り入ってフィーリア様にお願いしたいことがございまして……」
「私に、ですか?」
アフェクの隣にはフィーリアが座り、
二人の向かい側のソファにはエルヴィーノ公爵が座っていた。
エルヴィーノ公爵からして背後の扉付近にはフィーリアの近衛騎士グローリア・ヴァレンタインが、
前方のアフェクたちの後ろにはアフェクの近衛騎士クラウス・ラウレンツが控えていた。
急に自分へ話の矛先を向けられたフィーリアはつい怪訝そうな表情をしてしまう。
それを見たエルヴィーノ公爵は険しい顔をするでもなくただ爽やかな笑みを浮かべていた。
「実は私の妻が精神病にかかっておりまして……。
フィーリア様は第一皇女殿下と同じ精神系統の能力をお持ちであると小耳に挟みましてね。
そのお力で妻を救っていただけないでしょうか」
「……分かりました」
思い詰めた表情をするエルヴィーノ公爵にフィーリアは一つこくりと頷きを返した。
まさか姉が敵対視している人間の言葉を聞き入れるとは思わなかったアフェクは表にはそう見せないように気を付けつつ焦りで心臓がバクバクとうるさく音を立てる。。
──フィーリアは一体何をするつもりなんだ……。
「ありがとうございます。
では今からお越しいだけますでしょうか」
「今からですか?」
「ええそうです。妻の容態は一刻を争うほど重篤でして」
「……」
「何かご不満でも?」
黙り込んだフィーリアにエルヴィーノ公爵は小さく首を傾げる。
フィーリアのように心を読むことはできないアフェクでも、
今目の前に座る男がよからぬ事を考えていることは分かる。
「(姉上も兄上もいない今……僕がフィーリアを守るしかない)」
警戒心を緩めずアフェクはエルヴィーノ公爵を見つめる。
彼が一体何をしようとしているのかが掴めない。
そもそも領地へ帰ったはずなのに何故王都にいるのかも。
「まぁそんな怖い顔をせずとも……すぐに終わりますよ」
「っ、グローリア!」
「アフェク様、フィーリア様を連れてここから離れてください!」
エルヴィーノ公爵は意味深な言葉を告げた──↳その次の瞬間。
どこに潜んでいたのか黒のローブを身に纏いその容姿が分からない男たちが一斉にこの部屋に入ってきた。
それにいち早く勘づいたフィーリアの近衛騎士グローリアが光と闇属性の魔法で彼らを迎撃する。
クラウスもグローリア同様に入り込んできた侵入者たちの迎撃でアフェク達から徐々に離れていく。
「(しまった……っ引き離され……)」
「アフェク兄様っ!?」
突然意識を失って倒れ込んだアフェクにフィーリアは名前を叫ぶ。
一体何が……いや絶対に目の前にいるこの男の仕業だとフィーリアは確信する。
「何のつもりですかっ!」
「フィーリア様、私と共に来ていただきます。
──アスターシア皇女殿下の囮として」
「……ッ」
姉や兄たちのように護身術を習っていないフィーリアでは、
大の大人であるエルヴィーノ公爵にどれほど抵抗しても勝てない。
それを理解しているフィーリアに為す術はなく。
──私のせいでお姉様の邪魔をしてしまうなんて……ッ。
フィーリアはそれが何より許せない。
加えて自身の『心を読む』以外の能力の応用に関してはまだ扱い方を習ったばかりで上手く制御することができない。
『心理干渉』の内の”人を操る”応用は”心を読む”よりも危ないため基本的に姉アスターシアの許可が必要になっている。
──けれど許可を下せるその姉もここにはいない。
「暴れられても困りますし、一時的に眠っていてもらいますか」
「うっ」
鳩尾を殴られたフィーリアは一瞬にの痛みと共に意識を失った。
「くっ……アフェク様!フィーリア様!」
「お前たち、コイツらを始末しろ」
「はっ」
フィーリアを肩に担ぎ上げエルヴィーノ公爵は連れてきていた『シラー』の別働隊にそう指示して部屋を後にした。
■
「兄さん……?」
「レオ……っ本当にレオなんだなッ」
呆然と突っ立っているレオにイグナーツ隊長が近寄りレオの肩を抱き寄せる。
──実に十年ぶりに彼ら兄弟は再会を果たした。
「どういう……ことだ」
「姉上がお前に教えたことが正しかったということだ、レオ」
「ノルベルト!?お前……なんでここに」
「えっ」
ようやく事態を飲み込めたらしいレオが漠然としたまま呟いた言葉にノルベルトがふぅとため息をついて答えた。
……えっちょっと待って──……
「ノル?レオのこと……知っているの?」
「すみません……今まで言い出せずにいたのですが……。
レオは僕の実家の隣に住んでいた幼馴染なんです……」
「えっ」
──ぜんっぜん知らなかった……。
それはブラム副隊長もイグナーツ隊長もそうだったようで、
思わずといった風に私と同じタイミングで驚いた反応を示していた。
「イグナーツ隊長はノルが隣の家の住民だって知らなかったのですか?」
「えぇ……恥ずかしながら」
「兄さんは少しズボラだったもんな」
「レオ、殿下たちの前で何を言うんだっ」
赤面して慌てたようにレオの口を塞ぐイグナーツ隊長の姿に微笑ましくなった。
こんな一面もあったんだなぁ……。
「それじゃあ……ここでこうやって剣を振るう理由もなくなったな」
「それだ。レオ、どうしてお前は『シラー』に入ったんだ?」
感慨深そうに……安堵した表情と柔らかな声色で呟いたレオの言葉にイグナーツ隊長は疑問を投げかける。
「……兄さん。俺たちは父さんの都合で転々と居住を移してきたことは覚えてるよな?」
「ああ」
「あれは父さんが『シラー』の一部に目を付けられてたからなんだ。
父さんが一体何をやらかしたのかは知らないが、
アイツらに狙われていた。
転々と居住を移しアイツらにバレないようひっそりと生きてきた。
最後に引っ越した場所がノルベルトの家の隣だったんだが……しばらくしてからそこでアイツらにとうとう見つかっちまった。
それで俺と兄さんは父さんに言われた通り散り散りになって逃げ惑った」
「あぁ、誰から逃げれば良いのか分からないまま必死に足を動かしたことはよく覚えている」
「……兄さんと別れたあと俺は逃げきれずに奴らに捕まった。
それから今日まで奴らの下っ端として利用されてきたんだ」
簡潔にではあるけれど当時のことを語るレオの表情はすごく辛そうだ。
別れたあと弟が何をしていたのかを知らないイグナーツ隊長も眉を寄せて話を聞いている。
「──そんなある時、俺はエルヴィーノ公爵に呼び出された。
公爵ともあろう人物が……『シラー』の実質的なトップが俺に一体何の用なんだろうと思いながら公爵の元に行けば……」
「さっきの”私が皇族にありもしない罪状を突きつけられて処刑された”と言われたのか?」
「ああ……」
どうやらノルベルト達もここに辿り着いたときギリギリその話は聞けたみたいだ。
エルヴィーノ公爵はあれほどまでの鋭い剣術を扱うレオを手放したくなかったということかしら。
「そうだったのか……。
すまない。気付けず助けられなくて」
「いいや気にすんな。
お前は元々リリーさんの手伝いで忙しかったし、
互いに家の事情には口を出さないって約束してたろ」
「……そうだったな」
ノルベルトの言葉にレオは緩く首を横に振って言葉を返す。
この一連の会話だけでもこの二人の間に強い友情と絆があることが分かる。
──しかしこんな巡り合わせがあるなんて想像してなかったわ。
「では『シラー』からは手を引くんだな?」
「ああ、そのつもりだ。
でも……兄さんの傍にはいれないかもしれない」
「どうしてだ?」
「俺は……無理矢理にとはいえ今までたくさんの人を殺してきた。
騎士団に入団して隊長にまで上り詰めた兄さんの弟が殺人犯なんて……兄さんの沽券に関わるだろ」
悲しげに眉を下げて語るレオにイグナーツ隊長は少し驚いた顔をしている。
「そんなことを気にしていたのか」
「えっ……”そんなこと”じゃないだろうどう考えても!」
「私はまたレオに会えて嬉しいし、
今度は共に暮らしたいと願っている。
レオは違うのか?」
「それは……っ。俺だって兄さんと一緒にいたい……だがっ」
レオの肩に手を置き優しく声をかけるイグナーツ隊長の言葉にレオはそんなことないと首を横に振る。
──ふむ。
「今秋に剣を得意とする者の騎士団入団の試験があるのだけれど……」
「は?なんだ急に……」
「はっ!その手があった!
レオ、今秋の入団試験を受けるんだ!」
「はっ?!」
兄さんまで何言い出すんだ!とかどう考えても無理だろ!とか大丈夫だレオならやれる!とが言い合っている兄弟を尻目にノルベルトが私に近付いてきた。
「姉上……サラッと勧誘しましたね」
「あら、あんなにも優秀な剣術使いをここで勧誘しない方がおかしいでしょう」
「大体っ、そこの第一皇女だって皇族のくせに剣を振るってたぞ!
しかも余裕そうに俺の剣撃をいなしてたし……」
「あら今度は大声で褒めてくれるのね、嬉しいわ」
「違ぇッ!!」
どこからどうなって私の話題に飛び火したのかは知らないけれど、
茶化してみたら案の定怒られた。
感情の起伏が大きいのねぇと思いながら彼の勧誘はイグナーツ隊長に任せるしかないかと思う。
「イグナーツ隊長。
第一皇女として命令します。
何としてでもレオ・ハルトヴィヒを入団試験に受からせるように」
「はっ」
「おい!?何を勝手に……っ」
「レオ、諦めろ。姉上の命令だ」
「何が”諦めろ”だっ。俺は前科があるんだから今更騎士団になんて……」
「大丈夫だ!レオはきちんと反省しているじゃないか。
そもそも騎士団は実力主義だ。
お前がきちんと奴らとは関わらないという意思表示を示せば問題ない」
「何がだよ兄さんっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる兄弟に六番隊の他の騎士達が驚いてもいたが、
ここにいた人達は皆先程の会話を聞いている。
レオが不可抗力で『シラー』のメンバーとして動かざるを得なかったことも彼らは知っている。
「第一皇女殿下。
『シラー』のメンバー約二十四名全員を捕縛しました」
「ありがとう、お疲れ様でした」
会話が終わったと判断したのだろう。
六番隊の内の一人が私とすぐ近くにいたブラム副隊長に報告を告げる。
馬車も荒らされた形跡がないところを見るに、
ユージスやシーナが出て対応するまでもなかったみたいね。
やっぱりここに派遣されたメンバーの中でレオが一番強かったのだろう。
……珍しくブラム副隊長も私が乱入する前の時点でほんのちょっとだけ苦戦していたし。
「それじゃあ、王宮に戻りましょ……「伝令ー!」」
何はともあれレオを勧誘する件はイグナーツ隊長が何とかしてくれそうだし一安心……と思ったところに、
王都のある方向から馬に乗った二番隊の騎士が急いだ様子でここにやってきた。
「どうした!?」
「クラウス隊長より至急の言伝を……っ」
「分かった。少し呼吸を整えてから報告してくれ」
「は、はい……申し訳ございません」
とんでもないスピードでここまでやってきた騎士はゼェゼェと荒く呼吸をしている。
……王宮で何かあったのかしら。
とてつもない嫌な予感に騎士に託されたクラウス隊長からの言伝を聞きたくないような早くその続きを聞きたいような複雑な気持ちに襲われる。
「報告しますっ。
フィーリア様が……”エルヴィーノ公爵に攫われた”と」
「……ッ」
その場にいる全員がその報告に耳を疑った。
けれどこの言伝を持ってきた騎士の切迫した表情に誰しもが『事実』であると確信するしかなかった。
「……っ、アフェクは!」
「アフェク様はエルヴィーノ公爵による何らかの能力によって昏睡状態に……っ」
「……」
驚愕で言葉も出ない私の代わりにノルベルトがアフェクの方を聞き出してくれた。
……けれどそれもまた信じたくなかった聞きたくなかった報告だった。
「そんな……っ」
「アスターシア様っ」
馬車の中から異常な事態を感じ取ったシーナとユージスが私のそばへと駆け寄ってくれる。
目を見開いたまま頭が真っ白になる自分のことがまるで他人事のように感じられる。
「……っ」
「姉上……」
隣にいたノルベルトの怯えた声が聞こえたけれど、気にしていられる余裕はない。
──罠であろうともエルヴィーノ公爵がいる場所へ向かうしかない。
「とりあえず、急ぎ王宮へ!
姉上もそれで構いませんよね?」
「ええ、急ぎましょう。
現場にいたはずのクラウス隊長とグローリア隊長の二人なら何か知っているはず」
「了解しました。僕らは先に王宮へ向かいます。
皆さんは後から急ぎ王宮へ!」
「はっ」
ノルベルトが私の手を取って一瞬にしてフィーリア達がいたはずの部屋へと飛ばしてくれた。
──次に目に映ったのは、
綺麗な部屋だったとは思えないほどの惨状だった。




