39.奔走皇女と作戦会議
母上からの予知を聞かされたその翌日。
集まってもらったカノナス師団長とアルベール宰相に母上が見た予知の内容を伝えた。
「まさか陛下方を狙ってくるとは……」
「彼らはどれ程の重罪を犯そうとしているのか理解しているのでしょうか」
「さあ……理解していてやらざるを得ないのか、
それとも幹部メンバーから何も伝えられていないのかのどちらかではないでしょうか」
母上達を狙う暗殺部隊 『シラー』については既に二人に調べてもらっている。
加えて彼らの雇用主がエルヴィーノ公爵であることも既に確証済みだ。
「ただし実行日が分かりませんね。
そちらは何か陛下から情報は得ていますか?」
「残念ながらそこまでは」
アルベール宰相の問いに私は緩く首を横に振る。
母上もただ能力による身の危険を警告されただけであって、
”実行日とその時刻”までは分からなかったらしい。
このことを初めて聞いたノルベルトは驚いた表情でほんの少しだけ固まっていたけれど、
今は頭の中で整理がついたようでしっかりと私たちの会話を聞いている。
「今回ばかりはノルの力を多く使うことになるけれど……」
「構いません」
「ありがとう。無茶だけはしないようにね」
以前もノルベルトに力を貸してもらったばっかりだというのに……と少し不甲斐ない気持ちになる。
『異空間創造』これは擬似的な瞬間移動のような真似ができはするけれど、
圧倒的にノルベルトやアフェクの方が発動時間は早いし、
その工程もこの能力よりも複雑ではない。
──一応ここに本物の母上と父上、叔父上にはいてもらうけれど。
母上はシーナに、父上はユージスに扮してもらう予定ではあるけれど、
それでも万全とはいかないし、
叔父上だって狙われない可能性がないわけじゃない。
そもそも確か……ゲームでも母上と共に叔父上も亡くなったはずだ。
──そしてその後にノルベルトが……。
「姉上?」
「ううん、何でもない」
表情に出てしまっていたみたいだ。
隣に座るノルベルトが心配そうに私の顔を覗き込む。
そんなことは絶対にしない。
──そう、だから大丈夫。
私は自分に言い聞かせて話し合いの方へ意識を向けた。
「この暗殺部隊『シラー』に関しての内部情報を入手しております……が、
ここに記載されている幹部メンバーの名前は偽名であると考えて良いでしょう」
「なるほどね。では他のメンバーは実名の可能性が高いと?」
「はい。その中に……」
幹部メンバーはきっとエルヴィーノ公爵を慕う貴族だろう。
家名など載っていてはもってのほかだ。
国のトップである女皇とその皇配を害そうとするなどとんでもない重罪になる。
バレれば自分たちだって貴族でいられる保証も、
今後生きていける保証すらもない。
アルベール宰相が紙の束から一枚取り出して机の上に置く。
そしてある人物の名前に指を指した。
「……これは」
「そうです。見覚えのある家名が載っています」
「……なるほどね。確かに”生き別れた”と言っていたものね」
アルベール宰相が示した人物の名前をじっくりと見つめる。
そこには私もノルベルトもよく知る人物と同じ家名を持つ青年の名前があった──……。
■
「うーん、まだ謹慎処分が解けないから動けないわねぇ」
「母上はその実行日と時刻は分からなかったのですよね。
ならば直近か何年か先ということになるのでは?」
「二三ヶ月くらい先だったら詳しく分かったでしょうね。
……まぁ母上が見ようと思えばその詳細な描写も見られるんでしょうけれど」
「母上には頼まないのですね」
「流石にね……自分がどうやって死ぬのかなんて見たくないでしょう」
アルベール宰相とカノナス師団長との情報共有を終えた後、
私とノルベルトは第一宮殿の廊下を歩いていた。
流石に使用人達に聞かれたら相当マズイから、
私の能力の一つ『守護』で私とノルベルトの周りだけ結界を張っている。
「とりあえずは結構グループがあるみたいだし、
その上拠点もバラバラみたいだから、
秘密裡に彼らを鎮圧していくしかないわね」
「主力のグループを誘き寄せるためですか?」
「それもあるし……残っていると向こうの戦力の方が多いのよ。
こっちには騎士団や魔法師団という特化した組織があったとしても、
全員を動員させられるわけじゃないしね」
「そうですね。やはり魔法師団の方々がある程度グループを潰してもらわないと……」
「そういうこと」
たどり着いたのは王宮専用の大図書館。
ここにエルヴィーノ公爵の父親ダヴィードさんがいる。
彼にも知っておいてもらっていた方がいいだろう。
「こんにちは、ダヴィードさん」
「おお、こんにちは。お二方共」
ゆったりと受付の前の椅子に座っていたダヴィードさんが私の声に反応して読んでいた本から視線をこちらへと向ける。
ノルベルトはよくアフェクと一緒にここで自主学習をしているみたいで、
もうすっかり私よりもこの大図書館に詳しくなってしまった。
「ダヴィードさん、今回はあなたにお話があって来たの」
「……ふむ。何やら重要なことのようですな。
ではどうぞ奥の部屋へ」
「ありがとう」
私の声色に何か察したのだろう。
ダヴィードさんはおもむろに椅子から腰を上げると、
いつもは入れないようにしている受付の奥の部屋へと案内してくれた。
一応扉が閉まると同時に結界を張っておいたから誰かに盗み聞きされるようなことはないだろう。
「我が愚息が何かしでかしましたか」
「……えぇ」
勧められるがままソファに座った私たちの前にあるテーブルに、
ダヴィードさんは茶菓子と紅茶を用意してくれた。
その後自分の分も用意したダヴィードさんが私たちの向かい側のソファに腰を下ろすと開口一番にそう言った。
……やっぱり気付いてはいたのね。
「我が愚息は盲目的なところがありますからね……。
それで私めにもそのことを詳しくお教えいただけますか」
「ええ、そのつもりでここに来ましたから。
ここから言うことは他言無用。
絶対に誰にも話さないように」
「はい」
そうして今日までにエルヴィーノ公爵が貴族としての責務の裏でやってきた数々の裏工作と、
確実な情報を得ていて判明しているこれから起こそうとしている事件について話した。
これを聞いてダヴィードさんがどう思うのかは分からないけれど。
前公爵であり彼の父親であるダヴィードさんには知る必要がある。
「何と……両陛下を……」
「信じ難いかもしれませんが……」
ノルベルトが言いづらそうに顔を歪める。
いつもお世話になっている人に『あなたの息子が陛下の暗殺を企てている』なんてことを言うのは気が引けるだろう。
「今後彼を捕らえることができれば、
エルヴィーノ公爵の処遇は母上達が下すことになります。
……それでも構いませんね?」
「えぇ、もちろんですとも。
生涯仕えるべき主君を暗殺しようとするなどもってのほか……。
我がエルヴィーノ家の汚点です」
私の言葉にダヴィードさんは真っ直ぐに見据えた瞳で強い決心を持った言葉を返した。
そんなことをするはずがないと言いたかっただろうに。
エルヴィーノ公爵家の人間としてそのような行動を取ることはないと信じてダヴィードさんは公爵家を託したはずだ。
それを裏切られたのだから……その心の傷は深いだろう。
それでも息子であるエルヴィーノ公爵は息子だから、
彼に下される罰を共に背負われるつもりでいるのかもしれない。
「ダヴィードさん。
確かにクリフォード・エルヴィーノ公爵はあなたの息子で、
あなたの監視が行き届いていなかったことも多少はあるでしょうけれど、
今後エルヴィーノ公爵に与えられる罰は彼が受けるべき罪です。
あなたへの最もな罰となるものはここで”今まで通りに生活すること”でしょう。
──罪悪感を感じられているのなら私が告げたこの罰を受けてください」
「……! ありがとう、ございます」
自分の息子がこれからやろうとしていることはこの国で最もな重罪。
必ず事前に阻止するつもりでいるとはいえ、
”やってしまったからいけない”ということにはならない。
既にそのことを”やろうとしている”時点で罪は罪なのだ。
いつその時が訪れるかは私にも分からない。
ゲームでもそういった事件があっただけで日付も時刻も詳しいところは描かれていなかった。
アフェクの回想シーンで母上達を暗殺した黒幕が本当は暗殺部隊『シラー』ではなく、
彼らを唆したアスターシアであったということが判明するくらいで。
──ゲームとはどのように変わって起きるのだろうか。
それが分からないことが不安になる。
それでも今は進み続けてエルヴィーノ公爵の企てを阻止するしかない。




