29.別格皇女と反省
シルヴィア夫人が攫われた一件が解決した翌日のお昼。
母上に呼ばれた私は一緒に昼食をとっていた。
「アスターシア……どうしてあなたはいつも単独で動いてしまうの……」
「……」
この部屋には私と母上しかいない。
あまりにも気落ちした表情を浮かべる母上にかける言葉が見当たらない。
何しろ自業自得だからだ。
沈黙し続ける私に母上がそっと声をかける。
「私やバルムヘルツはあなたの役には立てないの?」
「そういう訳では……っ」
「もちろんあなたが私たちのことを考えて言わないことは理解しているのよ。
確かに私もバルムヘルツも公務が忙しいとはいえ、
娘一人の相談に乗ることくらいいつでも時間は取れるようにしているつもりなのよ」
白縹色の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
その目は女皇たる威厳を宿したものではなく、
一人の母親として心配しているのだと私は察する。
「ごめんなさい、母上。
決して母上達を邪険に扱っていたわけではないの……」
「分かっているわ。
いつも私達に解決した後に報告しているのは、
ここ近頃忙しなくしている私達に配慮してなのでしょう?
今回はアフェクやフィーリアが私達に報告に来てくれたけれど……。
──私はあなたの口から悩みを聞きたかった。
どのような些細なことであっても構わないから頼ってほしかったのよ」
真っ直ぐに私に伝える言葉は深く心に刺さった。
以前のアフェクの一件以来、
母上はよく何か悩みがあれば頼ってと言ってくれていた。
その日以降の行動は極力単独行動を避け、
アルベール宰相や近衛騎士の二人に任せたりもしていたけれど。
それでも母上達には内緒で進めていたのは事実。
「バルムヘルツもベルンハルトもとてもあなたの事を心配していたわ。
……まるで何かに急かされているようだと」
「ッ──……」
母上から告げられた言葉に身体が膠着する。
けれどその理由を話す訳にはいかない。
「民の安寧を早く取り戻したかっただけです」
「……そう」
母上はこれ以上私が理由を話さないと察したのだろうか。
それ以上深く探求することもなく優雅な所作で紅茶を飲んだ。
「そういえば、その耳飾りをまた改良していると聞いたけれど」
「えぇ、カノナス師団長と共に”能力を一時的に封じれるように”新しい機能を制作しているところです」
「能力を一時的に封じる……?それはどうして?」
「一応、念の為です。
母上も私が持つ能力の影響力はご存知でしょう。
もしもの時のために改良してもらっています。
まぁ、使わなければ杞憂に終わる話です」
──そう使う日が来なければ。
けれど準備は必要だろう。
強すぎる能力には制限が必要になる。
それは能力者の精神に左右されるものだからだ。
「そこまでする必要性があるというのも中々考えものね」
「えぇ、大変ではありますが、
何かには役立つこともあるでしょう」
これだけたくさんのことができるのだから。
便利なことには変わりはないけれど、
たった一人の人間が扱うには過ぎた力だ。
「アルベール宰相から人身売買に手を出していた組織を捕らえたと聞きました」
「えぇ、お陰様で。
……やはりオスクリタ公国に売り払われているようなのよ」
母上は悲痛な表情で目元を伏せる。
自国の民が私利私欲のために扱われると知った母上の心中は相当穏やかなものではないだろう。
……私自身がそう思っているのだから。
オスクリタ公国。
この国は何かと陰謀めいた謎の多い国だ。
他国へ内部から侵略し乗っ取る。
そうして自国の領土を一気に拡大しているここ数十年近くに建国された新しい国だ。
「エスポワール帝国の周りも彼らの侵略の影響がないとは思えないですね」
「えぇ、その点もまた対策を練る必要がありそうだわ」
そもそもが彼らの目的が単に領土拡大を目指しているのかすら分からないまま、
先々代女皇の時代から睨み合いが続いている状態だ。
過去には兵を仕向け戦が勃発したと言うし……。
ここ十数年はそのようなことは起きていないとはいえ、
これから先起こらないとは限らない。
──彼らも警戒するべき対象に入れておいた方が良いわね。
まずはアフェクの一件に関わっていた貴族を捕らえねば。
アルベール宰相と共に確実な情報は既に得た。
そしてその情報は既に母上達にも報告済みだ。
「まずは明日の裁判のことに集中しましょう」
「そうね……まさか”彼女”があのようなことをするとは思わなかったけれど。
起きてしまった以上は致し方ないわ」
明日はいよいよアフェク毒殺未遂のあの一件に関わっていた我が国の貴族の今後を決める。
アフェクには長らく不安にさせてしまっていたけれど、
これで脅かされることはなくなるはず。
もしも彼の裏に別の人物がいるというのならば、
そっちの対策もアルベール宰相と考える必要性が出そうだけれど。
「明日は上層部の一員として出席してもらうとはいえ……。
それ以降は単独行動はしばらく禁止ですからね」
「分かっています、母上」
元々は最高裁判への出席すら認められていなかった。
けれど当事者であるということで無理を通してもらったのだ。
謹慎中の身でそこまで許してもらえた以上、
母上が良いと言うまでは王宮内でじっとしているつもりだ。
しばらくはアフェク達との時間を多く取るのもいいかもしれない。
未だ罪悪感は拭えず少し避けてしまうところはあるけれど……。
それをしたのは”アスターシア”であって私ではない。
そう思えるようになって徐々にまた弟達と過ごす時間を大切にしようと思う。
今から何をしようかと考えながら、
母上との昼食の時間を楽しんだ──……。




