19.億劫皇女と虚空
アフェクの暗殺未遂事件を事前に回避した翌日のお昼。
私はというと一人以前ノルベルトに案内した『猫の庭』で、
ハンモックに寝転んでぼんやりとしていた。
朝起きて母上と少し会話した際、
私からは話していなかった能力のことと、
今回の件についてを知っていたということは、
アルベール宰相は『隠してほしい』と言ったことを隠さなかったのね……。
加えてカノナス師団長は私の持つ六つの能力の内、
今回使った『解析鑑定』について説明したみたい。
まぁ、それに関してはどうせ話そうと思っていたから別に構わないのだけれど。
今回の件があったことでエリノア嬢は解雇、
アフェクにはまた新しい専属侍女が付くことになったらしい。
今度はもちろん素性の知れている人物にすると母上達は決めたようで、
また選定する際には協力してほしいと言われた。
もちろんそれは構わない。
また今回のようなことが起きればたまったものじゃない。
今日からはアルベール宰相の妻シルヴィアさんが臨時でアフェクのお世話係として付いてくれる手筈になっている。
そもそもアルベール宰相と父上、叔父上は仲が良いからねぇ……なんてぼんやりと考える。
と言うよりもここ近頃が少々忙しなすぎる!
そもそも私は四六時中ゴロゴロしたい人なのだ。
能力の特訓や勉学やら護身術の稽古やらその他諸々、
あまり時間に追われるのは苦手なタイプだ……けれど、
これもまたゲームのシナリオを変えるためには必要なことと日々頑張っているのだけれど、
今日くらいは別に一人でゴロゴロゴロゴロしてても構わないよね?
と思ってこうして猫たちと戯れているところだ。
前世では猫好きなのにアレルギーだったから、
画面越しに愛でるしかなかったけど、
こうして実際に触れるのは極楽だわぁ……と思いながらなでなでしている。
困ったことは母上のような予知能力がないから、
いつ頃に何が起きるのか分からなくて、
毎日気を張っていなければならないということ。
何せゲームとは違って実行犯と計画犯は別人になってしまっている。
必ずしも私が知っている人間とは限らないのだ。
加えて”精神系統の能力”を持っているけれど心は読めない。
そういった基礎中の基礎の能力はフィーリアが持っている。
とはいえあの子まだ一歳だし頼れないのよねぇ……。
いやまぁ殆どのことは私個人で解決しようと思ってはいるけれど、
流石に安全にとはいかない上間違えてしまう場合もある。
ゲームのアスターシアは『絶対遵守』の内に心を読むという力もあったのに対して、
私にはそういった効力はない。
……というか何でゲームのアスターシアはそんなにチートなの?
本当にヒロインたちに勝たせる気がないじゃない。
うーんまぁ深く考えなくても良いか……。
そう思って私はのんびりと心地の良い天気の中、
猫たちと戯れていると──
「見つけましたよ、姉上」
「ん?……あれ、ノル。どうかしたの?」
入口である花のアーチを潜ってやってきたのは、
この場所を案内したことがあるノルベルトだった。
ゴロンとしている私に少々呆れているようだけれど、
元より私はこんな感じだから見られたとしても構わないと今では割り切っている。
「昨夜のことを叔父上からお聞きしました」
「ああ……」
ゆっくりと起き上がった私の傍に座り込んだノルベルトは、
少し目線を伏せて私に顔を合わせないまま語りかけてくる。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、僕にも頼ってくれなかったんですか?」
顔を上げたノルベルトの表情はとても必死で、
思わず私は黙り込んでしまった。
……そう、私はノルには頼らなかった。
何も”頼りないから”だとか”邪魔だから”なんて思ってはいない。
ノルベルトに賴り別の捕らえ方だってあった。
「……ノル、私はね。
あなたのこと頼りないとか思ってなんかいないわ。
でもね、あなたに頼り過ぎるのも良くないんじゃないかって思ってもいる。
あなたの能力はとても融通が利いて、
色んな用途に使えるとても便利なものではあるけれど、
それを私個人の私情で使うのは……どうかと思った。
まるでノルのことを”駒”のように扱うのは」
「……僕がこの場所に初めてきた時に言ったこと覚えていますか?」
「? ええ、『これから先、僕は姉上のお役に立てるよう全力を尽くします。
姉上の期待を裏切らず心からこの身を姉上の役に立てることを誓います』そう言ってくれたわよね」
「そうです。
僕は言葉通り今まで姉上のお役に立てるような知識や術を身につけてきました……。
姉上は先程”駒のように扱うのは嫌”だとおっしゃいましたが、
僕はそれでも良いんです。姉上のお役に立つことが本望ですから」
真剣で訴えるような強い光を宿す赤色の目で、
真っ直ぐに私の顔を見つめるノルベルトが告げた言葉に声が出なかった。
私は決してノルベルトのことを除け者にしていたわけじゃない。
でもアフェクの──弟の危機だったというのに、
頼られることもなく知ったのは全てが終わってから。
──もしも私がノルの立場だったら。
頼られたかったのに頼られなかった。
悲しい気持ちとどうして?という疑問。
ああ……私は除け者にしたつもりはなくても、
ノルベルトにとっては除け者にされた。
私の独断がそうしてしまった。
「ごめんね、ノル……。
私にそのつもりがなくてもあなたのことを除け者扱いして……」
「いえ!そのようなことは!」
隣に座っているノルベルトの身体をぎゅっと抱きしめる。
”傷付けない”と決めていたけれど、
結局は傷付けてしまった……。
本当に謝っても謝りきれない。
「僕も姉上を攻めるような物言いをしてしまい申し訳ありませんでした」
「ううん、そんなことはないわ!」
「……ではお互い様ということですね」
「そうね……」
いつまでも永遠に終わりそうになかった謝り合いに、
ノルベルトがクスッと微笑んで『お互い様』だと提案してくれた。
そっと私の背中へ腕を回してくれるノルベルトに、
私は少し嬉しくなる。
出会ったばかりの頃に比べてこんなにも私に信頼を置いてくれたのだと実感して。
「──これからはとことん巻き込んでしまうけど……良いのね?」
「もちろんです」
「分かった。私も遠慮しない」
そっと身を離し私は真っ直ぐにノルベルトの顔を見る。
返された言葉とその決意に満ちた眼差しは、
二年前のこの場所で私に誓ってくれた時と同じだった。
大きな決意に満ちた紅色の目。
本当にいつ見てもキラキラと輝いていて綺麗だ……。
「ありがとう、ノル」
「いいえ」




