16.平静皇女と暗躍
──そしてこの日の深夜になった。
誰もが寝静まった静寂な宵闇の中、
エリノアは自国の王ピエール・オクタヴィアン・カミーユ=ヴィヴィアンの命を執行するため、
エスポワール帝国第二皇子専用のキッチンに忍び込み、
この国にあった人体への大きな悪影響はない予めすりおろしておいた毒草を入れた小瓶を懐から取り出し、
明日の朝に出される朝食に振りかける。
明日は幸いにもいつものように皇族が集まって朝食をとる予定ではない。
女皇と皇配、第一皇女や第一皇子も昨日から来国しているピエール王の接待で忙しいと聞いている。
五年もの間他の使用人たちや皇族に信頼してもらえるように動いたのだ、失敗は許されない。
世界でも圧倒的な影響力を持つエスポワール帝国の力を削ること。
命じられた主な内容はこれだけで手段は好きにせよと仰せつかった。
元々私の生家ブランディーヌ侯爵家はクリムゾン王国の数ある貴族の中でも汚れ仕事をメインに行っている暗殺を担う家だ。
その最たる理由がブランディーヌ侯爵家の血筋が持つ『毒を操る能力』。
他の貴族や王族には殺傷性のある能力を持つ者はいない。
我が家だけが持っているためこうした仕事が回ってくるのだ。
明日の朝食に毒を仕込み終わり、キッチンを出ようと後ろを振り返ると、
そこには近衛騎士とこの国の宰相を伴ってただそこに佇む第一皇女の姿があった。
「こんばんは、ブランディーヌ侯爵家のご令嬢さん。
こんな夜遅くまで働いているなんて……意外にも仕事熱心な方だったのね、ご苦労様」
「な、何をおっしゃって……」
ふんわりと笑みを浮かべた第一皇女が放った言葉が頭にこびりついて離れない。
どうして私の家名を……!?
王宮で使用人として働く際に”とある貴族”に仕えていた平民の侍女という立場にしていたはず。
それは完璧だったはずなのに……っ!
何しろその”貴族”の援助を受けて王宮内に入った。
疑われかねない行動もなるべく人の気配を考慮して慎重にやっていたのに……!
そもそも今日のほぼ一日を第二皇子と過ごしていたことは嫌と言うほど知っている。
何せ私は第二皇子の専属侍女としてずっと控えていたからだ。
特に怪しい言動なんて一切していなかったのに、
あの時には既に私を疑っていたということだ。
「エリノア・カロル・ブランディーヌ侯爵令嬢。
大人しく投降していただけますね?」
「……っ」
アルベール宰相の言葉に第一皇女が私を疑っていたことは確信した。
──こうなったら、服毒するしかないわね。
我が国と我が家の名誉のためにも……!!
そう思って私はもう一つ懐に忍び込ませていた小瓶を取り出し、
毒の効力を弱一から強五まである段階の内最大の五に設定し小瓶の中にある毒薬を操る。
そして自分の口へ思い切り押し流──そうとした。
「《動くな》」
「!?」
たった一言、
第一皇女が発した言葉が聞こえた瞬間私の手はぴたりと止まった。
まだ口元からも遠く傾きもそこまでなかった毒薬入りの小瓶の中身は零れることもなく、
口に運ぼうとしていた体勢で私の意思に関係なく止まった。
動け……っ!と念じても全くピクリとも動かない。
一体何が起きたのか分からないまま、私は唖然とする。
──もしかして”これ”が第一皇女の能力なのだとしたら……。
クリムゾン王国には初めから勝ち目がないじゃない……っ!
「これはっ……っ」
「あなたに易々と”死”という逃げ道を選択されては困るのよ。
他国の貴族令嬢でありながら暗殺を得意とする家……。
その能力を買われてなのでしょうけれどね。
私の家族に手を出したのだから、
あなた達にはこの責任を負ってもらないと」
第一皇女の後ろにいたアルベール宰相や近衛騎士達も驚いていたということは、
第一皇女は今まで能力を使ったことがない。
もしくは使ったとしてもそれを彼らにはひた隠しにしていた?
アルベール宰相はともかく、
常に皇女の傍にいるはずの近衛騎士までもが驚いていたということは、
私のこの考えは当たりだろう。
───申し訳ございません。陛下、お父様。
しくじってしまったようです……。
私は第一皇女が連れてきていた近衛騎士に連れられて、
この王宮の地下にある牢へと連行された。




