14.平静皇女と憂愁女皇
──アフェクの生誕祭とノルベルトのお披露目も無事に終わり、
ノルベルトは正式に第一皇子となり、
叔父上の元で必要な知識を教えてもらうため近頃は忙しそうにしている。
あれから月日はゆっくりと流れ千五六八年五月八日。
私は八歳になっていた。
ノルベルトは七歳、アフェクは四歳になった。
昨年には妹フィーリアも生まれ四人姉弟になった。
新しい家族も増え王宮も華やかになっていく中、
今日の勉強や用事を終えた私は夕刻、母上に呼び出されて母上の部屋に来ていた。
いつもなら隅に控えているはずの母上の専属侍女の姿は見当たらず、
彼女たちにさえ聞かれてはならない”何か”を母上が私に告げようとしているのだと察し、
自然と背が伸びる感覚がした。一体何を告げたいのだろう……?
「ごめんなさいね、アスタ。急に呼び出して」
「いいえ。……何かあったのですか?」
「ええ、これはまだ会議中の父上やベルンハルトにも言っていないことなのだけどね……?
ついさっき急に脳内に『アフェク』と『毒』というワードが浮かんできたのよ……
きっとアフェクの身に”何かが起こる”不吉な予知なんだと思って……」
小さく肩を震わせながら告げられた言葉に私は驚いて目を見開く。
『アフェク」そして『毒』──これには覚えがあるからだ。
ゲームの皇子ルート回想──『凄惨な二日』で起きた毒殺未遂事件のことだろうと一瞬で理解する。
ついにこの回想シーンの当日が刻々と近づいてきているのだと悟る。
これは何としても未然に防がなければ……!
そう思うけれど肝心の犯人の名前が思い出せない。
裏ルート攻略前、正規ルートの最後にプレイしたとはいえ、
裏ルートが予想以上に悲惨過ぎてその辺りの記憶がぶっ飛んでいる。
何とか早く思い出さないと……!と思いながら、
明日隣国の国王との会談がある母上を不安のままにしておくのはいけないと、
私は恐怖で自分の肩を両腕で抱くようにして堪えている母上にそっと話しかける。
「母上の予知ではその時は”明後日”なんですよね?」
「ええ……」
「安心してください、母上。
明日からは私がずっとアフェクの傍にいて守りますから」
私の言葉を聞いて母上は伏せていた目をゆっくりと私の方へ向ける。
誰が犯人かも、そもそも”その時まで”何をしていてどう動いたのかも分からないけれど、
それならば惜しみなく私の全能力を使ってやるまでだ。
誰にも告げていないけれど私の能力は全部で六つある。
そのうちの一つはゲームのアスターシアが最も使っていた”この能力=アスターシア”と明言できるほど最強過ぎる能力『絶対遵守』がある。
この能力は視界に映る相手に”絶対に逆らえない命令を下す”というもの。
これには口に出して言葉を紡ぐ必要もなくただ思うだけでも効果を発揮する。
回数制限などはない。
何度でも同じ相手に何回でも命令を下せる。
だから裏ルートではアスターシアに手も足も出なかった。
ヒロインでさえもこの能力を破ることはできなかった。
加えて『解析鑑定』という能力も六つのうちの一つに含まれる。
この能力も対象者を視界に入れれば相手のありとあらゆる情報を視ることができるというわけだ。
もしも犯人や対象者が視界に映らない場所に逃げても何ら問題はない。
『透視能力』という言わば千里眼のような能力もアスターシアが持つ六つの能力の内の一つだ。
つまりは──チート過ぎるということ。
というかゲームのアスターシアはこのうち『絶対遵守』の一つしか使わないで攻略対象者達に余裕で勝ったということだよね……。
アフェクやフィーリアは身内だから個人情報なんて知れてるだろうし、
攻略対象者たちのこともアフェクやフィーリアを情報収集役として扱っていたか、
そう言及されなかっただけで彼らが玉座の間にやってきたときに、
『解析鑑定』を使用したのかもしれない。
そうなるとアスターシアにはありとあらゆる情報が筒抜けなわけだから──。
自分のことながらとんでもなく恐ろしすぎる──いや今更か。
母上や父上、叔父上に内緒で最近護身術や剣術を稽古をしてもらっているのだけれど、
全てにおいてただ見ただけで覚えてしまう記憶力があることが、
どの分野においてもあることが判明したからだ。
ユージスやジスタにめちゃくちゃ驚かれていた。
それはもうこちらが申し訳なくなるくらいには。
「母上はいつも通り堂々としていてください」
「アスターシア……」
私の言葉にやっと安堵したのかゆっくりと深く息を吐き、
自分の両肩を抱えていた手を私の両手に伸ばす。
ゆっくりと私の両手を包み込むように握り、
母上は「ありがとう」と優しく微笑んでくれた。
夕食も終わり後は入浴だけになっていたから、
母上がゆっくりしておいでと言って見送ってくれた。
■
部屋に戻るとシーナとレイナが入浴の準備を整えてくれていて、
早速ラベンダーの良い香りがする浴槽にゆっくりと浸かる。
ふぅと大きな息を吐いてから情報を整理する。
まず母上が言っていた話は紛れもなくゲーム回想シーンにも出てきたアフェクにとって大きなトラウマとなった過去。
そもそも五歳で毒を盛られるなんて経験をしたらそれはそうなるだろうと思うけれど。
だがゲームでは”未遂”に終わった。
大まかにしか覚えていないから何があって未遂に漕ぎ着けたのかが分からない。
確かアフェクの傍にいた者が口に含むものに混ぜこませたはず。
なら誰が?どうやって?
ゲームでは”その者”に毒を盛らせるように王宮内に引き入れたのは紛れもなくアスターシアだった。
けれど私はそんなことはしていない。
王宮の内部にしかも第二皇子の傍に引き入れてくれた後ろ盾のアスターシアはこの世界にはいない。
それなら一体誰がどうやって毒を盛るのか。
そもそも既に内部にいる人間である可能性だって捨てきれない。
私として怪しいと思っているのはアフェクの専属侍女。
エリノア・カロル・ブランディーヌ。
私は彼女ではないかと思うけれど決定的な証拠はない。
──この辺りはやっぱり明日彼女の情報を読み取ってみるしかないか。
そう思って私は窓の向こう側、
夜空に点々と輝く星々をぼんやりと見つめる。
──何事もなければいいんだけど。
ふぅと大きくため息をついて私は浴槽から上がることにした。




