02.母上と私
ーーあれから三年の月日が流れて私は三歳になった。
ようやく一人で歩き回れるようになったし、少し拙いけれど自分の伝えたいことも伝えられるようになった。
前世では当たり前のことのようにやっていたことが、思うようにできなくてものすごく苦労したけれど。最近では母上が公務の休憩時間によく様子を見に来ることが多く、時折父上と一緒に部屋に訪れることもあった。
それでもずっと歩く練習とか話す練習とかを頑張っていた甲斐があって、何とか第一目標をクリアできたところだ。
私が歩く・話す練習をしている間にも母上のとんでもない声援があったのだけれど、私が思った以上に母上が過保護であることを知った。
何がとんでもなかったのかというと、ずっと『可愛い可愛い』と言われ続けていたため、若干引くレベルで母上の愛が重いのだ。
「アスターシア様は覚えがお早いですね」
そして今は流石に歩き回るのは疲れてしまったので、絵本……ではなくこの国の歴史書を母上と父上には内緒でシーナとレイナの二人に持ってきてもらい、それらを熟読して勉強しているところだ。
エスポワール帝国は千年以上の歴史がある国なのでそれはもう覚えるのが大変過ぎる。まぁ、二人には勉学を始めるのは早すぎると言われたのだけれど。
今読んでいるところは建国から数百年経った年に起きた隣国との戦辺り。流石に三歳児に戦争の話を見せるのは躊躇われたのだろう、最近だと歴史書を読もうとすると、「さあこれで遊びましょう!」「こちらの本がオススメですよ」という感じに邪魔してくるようになったのだ。
まぁ私も三歳児に戦争の話を読ませるのは全力で止めると思う。しかし見た目が三歳児なのであって中身は高校生なので、そこまで気にしなくてもいいんだけどなぁ……と心の中で思っていたりする。気遣いはありがたいんだけどね。
「アスターシア様、女皇陛下と皇配殿下がお越しになられました」
「ありがとう、ユージス。おへやへおとおしして」
「はっ、かしこまりました」
部屋の外から突然かけられた声に少しだけ驚きつつも、どうやら母上たちがやってきたようだ。
私に声をかけてきた人物は、私が二歳の頃に母上の命令によって指名された近衛騎士の一人、ユージス・コグニシオン。
彼は帝国騎士団六番隊隊長を務めているほどの腕前の持ち主で、『剛腕』であるということで騎士団の中では有名だ。
確かに体格はいかにもいかついしとても大きい背丈をしている。しかし根は真面目で実直な性格をしておりとても頼りになる人物だと私は思っている。
……まぁ体格が大きいから小さな子供には怖がられているみたいだけど。だから初めは、名誉なことだと分かっていながらも、近衛騎士を辞退すると父上に進言していたらしい。
私に仕えてくれている近衛騎士はユージスだけではない。
四番隊隊長ジスタ・フォークスは魔法の天才。その実力は我が国で最も魔法に長けているといっても過言ではない、魔法師団の師団長、カノナス・インベンシオンの次点と評されているほど。
そして九番隊隊長ルーカス・グラディウスは剣術の達人。我が国において剣術で彼に勝てるのは騎士団長と副騎士団長の二人だけだという。
ここ最近はその二人ですら勝てるかどうか怪しいところだと聞いたけれど。とても優秀な人たちが常日頃から幼い私を守ってくれている。本当にありがたいしそんな人たちの主となれるなんて嬉しい限りだ。
そういえばこの世界に転生してきて分かったことだけれど、『魔法』と『能力』は違うらしい。
『魔法』は後天的に後から誰でも努力さえすれば得られる力らしいが、能力は先天的に生まれたその時に得るものなのだとか。
能力を得ずして生まれた人間は生涯にわたってその恩恵が得られることは二度とないが、魔法は魔法だけを専門に教えている教育機関に入れれば、その者の資質によるけれど習得することが可能らしい。
ただ能力よりも面倒なデメリットがあり、それは物を媒介にしなければ効果がないということ。つまり遠距離の魔法攻撃がしたいのなら、魔法用に開発した銃のようなアイテムが必要になるということ。
『能力』の場合はその種類によるけれど、基本的には能力を有している人間が在ればいい。たとえ足が不自由で自分で立って歩けなくても、その他の機能が働いているのなら使うことができる。例えば、相手のほうに手をかざしたりすれば。
それが能力と魔法の違い。そんなデメリットがあるものを涼しげな顔で易々と扱えてしまう、ジスタとカノナス師団長はある意味恐ろしい、とか考えていると母上たちが、シーナに案内されて室内に入ってきたところだった。
「あらあら、今日もお勉強をしていたの?」
「母上はこのころよくおこしになられますね。あまりサボり過ぎると叔父上におこられてしまいますよ」
にこにこととても穏やかで楽し気な母上の様子に、私は相変わらずだなぁと思いながら、机に広げていた歴史書を片付けていき、その間にシーナにお茶を用意してもらった。
「今日はアーレグレイなのね。美味しいわ~」
「先日アメーリア様より、アスターシア様の三歳の誕生日記念に紅茶のセットをいただきまして」
淹れたての温かいアールグレイをいただきながら、レイナの焼いてくれたクッキーをひとつ頬張る。
シーナが口に出した人物は、『アメーリア・アルゲンテウス』ーー旧名『アメーリア・コンヴィクション』。母上の実妹で私の叔母上にあたる人だ。
エスポワール帝国の統治内にある小国『ヒンメル王国』の現国王の元に嫁いだ。といっても、ヒンメル王国の実権を握っているのは国王ではなく叔母上だ。
叔母上にお会いしたのは今年に入ったばかりの頃で、その時に私が紅茶好きということを知ってからというもの、各国から仕入れたたくさんの種類の紅茶を王宮に送ってくれている。
そして私と同じく『覚醒者』の一人でもあり、同じ精神系統の能力者であるため、よく手紙で相談事に乗ってくれたりしている。
「そういえば母上。先日はカノナス師団長との仲介ありがとうございました」
「ああ、気にしなくていいのよ」
にっこりと優しい笑みを浮かべる母上に感謝を伝える。
カノナス師団長は王宮直属の魔法師団の現師団長で、帝国一の魔法師と呼ばれているほどの実力者。
先日……三日前に私の能力制御用に耳飾りを作ってもらった。今私の右耳にはラピスラズリの装飾がついた耳飾りを付けている。
多少は能力の扱いには慣れてきたものの、あまりにも効力が強すぎることを考慮して早急に作ってもらったのだ。
これで、能力の暴走は免れたはず。今はまだ幼すぎるということで能力制御の特訓はしていない。そのためもしも私が持っている能力の一つが暴走を起こした場合、それを止めるのは師団長であっても容易ではないだろう。だから、そうならないように早い段階から作ってもらったのだ。
「そういえば母上。近頃の体調はどうですか?」
「あら気遣ってくれるの? ふふ、嬉しいわ。今のところは順調よ。”この子”のためにも私なりに体調管理はしっかりしているつもりだから」
ついこの間母上の懐妊が分かったのだ。来年の三月に出産予定だと聞いている。
お腹の胎児が男の子なら──『らくこい』の攻略対象者の一人、第二皇子アフェクということになる。
だからこそ二人目の子を宿したと聞いたときは本当に驚いた。私が勉強に熱中している間に、”攻略キャラに会う”時が刻々と迫ってきていたのだ。