11.母と僕
僕が王宮にやってきてから二週間が過ぎた千五六六年三月二日。
もうすぐアフェクの誕生日が近付いてきた。
僕は担当の教師から礼儀作法を教わるようになったところで、
今日はレッスンはお休みだった。
「ノル~、ちょっといい?」
「姉上?どうぞ」
自室で以前図書館で借りた本の内の一冊を読んでいると、
扉の向こうから姉上が呼ぶ声が聞こえた。
「ノルに今からついてきてほしいところがあるんだけど」
「? 分かりました」
何故か楽し気な姉上に言われるがまま、
僕は読んでいた本に栞を挟んでから部屋の外で待つ姉上の元へ向かった。
■
しばらく王宮内の廊下を姉上の後ろについていく形で歩く。
普段なら行き先を教えてくれるのに今日は全く教えてもらえない。
一体姉上は何を考えているのだろう?と思いながらも素直についていく。
「ありがとうございました」
「いえ、それでは来年からよろしくお願いしますね」
ちょうど前にある部屋から人が出てきて、
僕はその部屋から出てきた人物に目を見開く。
だって……ここには絶対にいないはずの人だったから。
「母さん……?」
「! ノルベルト?」
僕の声に驚いたようにこちらに顔を向けた女性は紛れもなく僕の母さんだった。
驚きに言葉も出ず思考も止まってしまった中、
姉上のよく透き通る冷静な声が聞こえた。
「こんにちはリリーさん、初めまして。
その様子だとちょうど説明を終えたところのようですね、アルベール宰相」
「これはこれは、アスターシア様。
ノルベルト様とご一緒にお散歩をなさっていた途中でしょうか」
「ええ、今日はノルベルトの授業はお休みだと知ったので、
散歩に誘ってみたんです。
そしたら”偶然”この場に鉢合わせまして」
「本日のノルベルト様の授業をお休みにするように計らったのはアスターシア様でしょうに」
にこにこと満面の笑みで述べた姉上の言葉にアルベール宰相が苦笑する。
そして最後にアルベール宰相が告げた言葉にまたもや僕は驚きを隠せない。
まさか……姉上は初めからこのことを知っていて……?
「こんなところで立ち話もなんですし部屋の中に入りましょうか。
ノルベルト様にも事情をご説明しませんと」
「そうね、当事者だし知っておいてもらわないと」
姉上とアルベール宰相は一体何を言っているんだろうか?
訳が分からないまま二人に促されて僕たちは先程母さんとアルベール宰相が出てきた応接室に入った。
■
「さて、それではご説明いたしますね」
「よろしくお願いします」
僕と母さんで並んでソファに座り、
テーブルを挟んだ向かい側のソファにアルベール宰相が座る。
姉上は僕からして右斜め前にある個人用のソファに座っていた。
テーブルの上にはアレナとシーナさんが用意してくれた紅茶とクッキーがある。
「ノルベルト様もご存じの”特殊能力者を第一皇女の補佐として皇族入りさせる制度”の一部改正が二週間前に決まりました。
その内容は”皇族入りした庶子の親が地域に貢献するような功績を残している場合において、
該当する各分野の王宮直属の組織への推薦状の交付”です。
それに加えて”当人同士の合意があった場合文通による交流を認める”という決まりになりました。
一つ目は親御さんの判断次第ではありますが、
もしこの推薦状へ承諾いただけた場合は就職時期など詳しい内容を指定した時刻に王宮へ来ていただき詰めることになります。
正式に各組織へ加入後王宮内で当該の役職についていただくという形になります。
この場合は王宮内であれば直接お会いできるというわけですね。
しかし何らかの理由で推薦状へ承諾いただけなかった場合。
例えば一つ目の推薦状の交付条件を満たしていない場合ですね。
この場合は本人同士の合意があった場合に限って文通での交流ができるということになります。
二つ目を選ばれた場合は親御さんへ国からお支払いする報酬金を月々の分割払いに変更させていただいて、
お支払いの際に手紙をお渡しし返事の手紙を預かるという形になります」
「なるほど……では母さんは一つ目の方を選んだためここに?」
「ええ、その通りです。
この改正案が正式に通るのは来年になりますが、
早い段階からご説明することになり、
こうして王宮にお越しいただきました」
知らない間にあの制度に改正案が出ていたようだ……でも、どうして?
僕が選ばれたと王宮からの使者が家にやってきたときはそんなことは言っていなかった。
母さんとはもう二度と会えなくなるけれど、
その代わり莫大な報酬金を国から支払われると聞いた。
「この改正案はノルベルト様が王宮に来られた日の夜、
アスターシア様によって陛下に提案されたものです」
「えっ!?」
僕が王宮に来た日の夜……。
そんなにも早い段階から……。
出会ったばかりのときから姉上が僕のことを気遣ってくれていたのは知っている。
だけど制度を改正させるまでしてしまうとは思っていなかった。
今悠々と紅茶を飲んで静かに話を聞いている姉上は、
僕のために……いやきっと国の有益性も考えてだろうけれど、
知らない間にそこまで動いてくれていたのだ。
本当に感謝しかない。




