《閑話》懈怠皇女とお昼寝
ある日のお昼寝。
ノルベルトは朝から姿を見かけない姉アスターシアを探していた。
「(朝食の時にはいたのにそれ以降見かけていないな……)」
姉上は単独行動をしがちなところがあるため、
弟としてはそれがすごく心配なのだ。
知らないところで何か無理はしていないだろうか……。
僕も勉学などで一日の大半の時間を費やしてしまうとはいえ、
昼食は姉弟揃って食べることが習慣化している。
それなのに食堂に姉の姿はなく、
まだ勉強中か稽古中だろうかと思い少し待ってみたが一向に来ず。
とりあえず庭園に出てみたのだけれど、
やはり使用人の姿しか見当たらない。
「(と、なると……)」
姉上が一人でにどこかへ行くとしたら。
以前教えてもらった『あの場所』しかない。
そう思い至った僕は姉上の秘密基地へと足を進めた。
■
私は今日も日当たりの一番いい『猫の庭』にやってきて、
ここで惰眠を貪ることに決めた。
猫たちが寝転ぶ私のそばに寄って一緒にごろりと寝転んだり身体を丸めたりしてくれて、
少し肌寒いこの季節でもぬくぬくでいられる。
しばらく仰向けに寝転んでただじっと空を見ていたけれど、
私は少しの間だけ目を閉じることにした。
やるべき勉強はもうほぼほぼ担当の教師に教わる必要もないほどには終わっている。
──まぁそれは三歳の頃から自分で勝手に学んでいたからなんだけれど。
私が予想している”もしも”のその時が来てしまったら、
──ノルベルト達に私を殺してもらえたら、
彼らから時差で私に関する記憶を消してしまうのも良いかもしれないと思う。
どこまで嫌悪していてもアフェクとフィーリアは裏ルートでこう語っていた。
「少しでも姉弟として一緒に楽しく過ごしたかった」と。
それが強制的に女皇とされアスターシアによりラスボスとされたフィーリアが心から叫んだ言葉だった。
……あんなにも優しい彼らならきっと私という悪を倒した後も”姉を殺した”というその傷を負い続けるだろう。
後悔してほしくないな。
残酷無比にも殺してほしいと願ってはいるけれど、
私はノルベルト達に幸せになってほしい。
私という極悪を倒してしまえば彼らは、この国は寄り良い発展と成長と安寧を遂げる。
でも私のことで気に病んでほしくない。
悲しまないでほしい。
その時まで私は彼らを守り続けるけれど、
終わりが来たその時には私のことなんて忘れて幸せになってほしい。
それまで私は全力で抗い続けるから。
ノルベルト達に待ち受ける進むべき道など消し飛ばしてみせるから。
『──全て諦めてしまった方が何もかも楽なのに』
「ッ……!」
突如誰の声も聞こえないはずの場所で、
自分の──いいや私もは少し違う似た声が聞こえてパッと目を開けると、
そこには驚いた顔をしたノルベルトがいた。
「あ……ごめんね、驚かせちゃって」
■
『猫の庭』に到着したノルベルトは早速探し求めていた姉の姿を発見する。
猫たちに埋もれてどうやら眠っているみたいだ。
……確か姉上は担当の教師がついた時点では既に、
教える必要もないほど知識が備わっていたと聞いている。
だからサボったとしても姉上は怒られることもないのだろうと一人納得する。
それにしてはお昼から眠っているなんて……それほどお疲れだったのだろうか。
時折アルベール宰相と長く話し合いをしている時があるのは知っているが、
その内容は僕には聞かされていない。
ただ何か重要な話し合いをしているということだけは分かっている。
珍しくあどけない寝顔を見せる姉上にそっと近寄り、
その傍に腰を下ろそうとすると姉上の目がパッと勢いよく開いて僕はびっくりしてしまった。
「あ……ごめんね、驚かせちゃって」
「いえ……すみません、眠っていたところを起こしてしまって……」
「ううん、寝ていたわけじゃないから気にしないで」
申し訳なさそうな表情で姉上から謝罪され、
僕は慌てて自分の方も悪かったと謝罪する。
姉上は人の気配に敏感なんだろうか?
姉上の眠っている姿を見つけてからここまで来るまでになるべく音を立てずに来たのに、
まるで誰か来たことを察したかのようにバッと目を開いた。
「寝ていたわけじゃない……ですか?」
「そう。ただ目を瞑ってただけなの」
ゆっくりと身体を起こした姉上が苦笑しながら僕の隣に座り直す。
──眠っていたわけではなかったのか。
てっきり疲れて眠ってしまっていたのかと思っていた。
自分の勝手な勘違いに少し恥ずかしくなる。
「ノルはどうしてここに?」
「もう昼食の時間なので姉上を探しに」
「ああ……もうそんなに経ってたのね。
ありがとう、探しに来てくれて」
「いいえ」
僕の言葉に姉上はようやくお昼になったことに気付いたらしく、
少しだけ目を見開いた後そっと立ち上がる。
僕もそれに伴って下ろしていた腰を上げた。
「ぼーっとしてると時間が経つのはあっという間ねぇ……」
「猫の餌やりをしていたわけじゃなかったのですか?」
「ノル……気付いてたのね……」
グググッと大きく伸びをする姉上の言葉に、
いつもやっている猫への餌やりではないのかと問うと、
姉上はちょっと困ったような笑みを浮かべた。
……姉上はどうやら僕が気付いていたとは思っていなかったらしい。
どう見てもここに集まってくる猫の数が増えているし、
元々ここに集まってきていた猫たちは少しだけ太くなっているような気がする。
姉上は誰にも気付かれずこっそりとやっているつもりだったらしい。
「さて、昼食を食べに行きましょうか」
「! はい」
不意に差し出された手に驚いたけれど、
僕は慌てて自分の手を姉上の手と重ねる。
「今度は僕にエスコートさせてくださいね」
「え?……ふふ、ありがとう」
僕の言葉に姉上はとても嬉しそうに微笑んでくれて、
とても温かな心地になる。
どこか上の空だったからこうして笑ってくれて良かったと心から安堵した。
──彼女が考えていたことなど何も知らずに。




