慌ただしい一日
美乃梨様が仮死状態になられ明日で一ヶ月が過ぎようとしている。美乃梨様のお陰で私の不眠は治ったが、恋咲家にはまだ陰がかかっている。
早めの昼食を食べているとバタバタと廊下を走る音が聞こえた。
「貴翠っ!姉さんがっ……!」
目に涙を溜めた稔様が私にそう言った。
私はカトラリーをテーブルに置いてすぐに地下へ向かった。
美乃梨様のいらっしゃる部屋の中に入ると茅紘様と茉乃凛様の後ろに寝台の上で座っていらっしゃる美乃梨様がいた。
「おはよう、貴翠。心配かけてごめんね。」
「美乃梨様っ、おはようございます。」
そしてすぐに薫様達もいらっしゃった。
「お父様、ここでは狭いですし部屋に移動しても良いですか?」
美乃梨様がそう仰ると茅紘様が美乃梨様の身体を持ち上げて美乃梨様のお部屋まで時空魔法で移動された。
「やっぱり手紙はもう読んでるわよね。」
美乃梨様は鍵の開いた箱を見てそう仰った。
「皆、心配かけてごめんなさい。」
「本当にね!私、もう19歳になっちゃったよ。」
「律ちゃん、ごめんね。後日ちゃんと祝わせて。」
美乃梨様がそう仰ると律様は更に涙を流した。
「美乃梨、体調に変化は無いか?どこかおかしいとか?」
「大丈夫よ、響彼くん。心配かけてごめんね。」
「ああ。無事で良かった。」
そして皆さんが美乃梨様のお部屋を出て行かれると美乃梨様はホッと一息ついた。
「美乃梨様?どうされましたか?」
「……何でも無いわ。」
美乃梨様は私に何か隠されているようだ。私と同じくこの場に留まった兄さんも気になっているようだが、父さんの反応は少し違っていた。おそらく、美乃梨様が何を隠していらっしゃるのか知っているのでしょう。
「不躾なお願いですが、美乃梨様が何を隠されているのか教えて下さい。」
「……そうね。もう終わった事だから言っても構わないかしら。えっと、京翠と京駕さんは知ってるの?」
「いえ、私は何も聞いておりません。」
「私は父上からお聞きしました。」
「そうですか。慧星くんにも後でお礼を言わないと。」
美乃梨様は改めて私達に向き直って話し始めた。
「この話、煌には絶対に話さないと約束してくれる?」
美乃梨様にそう聞かれ、私と兄さんは深く頷いた。
「私よりも煌の方が早く目覚めたでしょう?それは私が煌の分の契約を受け継いだからなの。どう説明したら良いのかしら?……契約が多い方が情報の処理に時間がかかる、というような感じかしら?私はせめても煌だけは無事に目覚めて欲しかったの。だから、リクスお兄様に方法を聞いて実行したわ。でも、それには少し大きなリスクがあったの。もし、一ヶ月以内に目を覚さなければ一生そのままという。」
私と兄さんは息を呑んだ。
"もし後一日、美乃梨様が目覚めるのが遅ければ……"と考えたからだ。
「そしてもう一つ、記憶障害が起こるという事。リクスお兄様曰く記憶障害に関しては煌にも起こり得る一時的なものだと言っていたから特に問題は無いと思うわ。実際私も何が変わったのか分からないし。」
「そうですか。」
美乃梨様が何を思って私達にこの事を隠していたのか、それが分かるため口には出せなかった。"もっと私達を頼って欲しかった"とは。
「貴翠、京翠、黙っててごめんね。でも、私が目覚めた時、二人がちゃんと寝られていたようで私は安心したわ。」
美乃梨様はそう言って微笑んだ。
しばらくして、連絡を受けて駆けつけたらしい景様と千秋様と真央様が篤季と共に美乃梨様のお見舞いにいらっしゃった。
「美乃梨ちゃん!良かった、ちゃんと起きてくれて。」
「美乃梨、無事で良かった。」
「本当に心配したよ。」
「美乃梨お嬢様、ご無事で何よりです。」
すると美乃梨様が少し困惑したような表情をお見せになられた。
「美乃梨様、どうかなさいましたか?」
「ねえ貴翠、私の記憶障害ってこれかしら?篤季以外分からないわ。」
美乃梨様がそう仰ると景様達はショックを受けたようだったが、思い出して貰おうと自己紹介をした。
「有栖川景です。僕は美乃梨ちゃんの婚約者候補のうちの一人です。」
「九条千秋だ。俺も、美乃梨の婚約者候補の一人だ。」
「僕は神崎真央。僕も二人と同じ美乃梨の婚約者候補のうちの一人だよ。」
「有栖川くんと九条くんと神崎くん。ごめんなさい……全く思い出せないわ。」
美乃梨様は申し訳なさそうに仰った。
「美乃梨様、記憶障害は一時的なもの何ですよね?なら、安心しても良いと思いますよ。」
「そうね。」
「それと、美乃梨様は皆様の事を下の名前で呼ばれていらっしゃいましたので同じ様に下の名前で呼ばれると記憶障害が治るのも早いと思います。」
「それもそうね。えっと、景くん、千秋くん、真央くん。よろしくね。」
今日から美乃梨様は学校生活を再開される。
「じゃあ貴翠、行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ、美乃梨様。」
私は美乃梨様を笑顔で送り出した。




