手紙
美乃梨様と煌様が仮死状態となり、早二週間が経過した。
今朝の恋咲家は騒がしい。何故なら煌様の意識がお戻りになったからだ。
「煌様、おはようございます。」
「ああ。貴翠、姉さんは……?」
「……まだ意識が戻っておりません。」
「そうですか。」
煌様は早速自室へ戻って着替えられた。
先程まで、薫様に泣かれながら抱きつかれていたので服が濡れていたそうだ。
煌様がリビングにいらっしゃると、同時に多くの方が涙を流し、聡様や連絡を受けていらっしゃった紅音様と碧依様に抱きつかれていた。
煌様がお目覚めになった事で、皆が美乃梨様もすぐに目覚めてくれる事だろうと思った。私もほっと息をついた。
しかし、美乃梨様は目を覚まさなかった。
煌様がお目覚めになってから気が抜けていたのだろう、私は気付けば寝れないようになってしまっていた。兄さんも同じように目の下にくっきりと濃い隈が出来ていた。
父さんに心配されても、響彼様から催眠魔法をかけて頂いても眠りにつく事が出来なかった。
夜中、寝れないなら少しでも美乃梨様の為に情報を集めようと思っていると兄さんに呼び出された。
「貴翠、酷い顔ですね。」
「兄さんも同じようなものですよ。」
兄さんが少し歩こうと言うので、恋咲家の庭園を歩く事にした。夜風が心地良く、深呼吸をすると身体から毒素が抜けていくような気分になった。
「貴翠、眠れませんか?」
「はい。兄さんもですよね?」
「ええ。昔の事を思い出してしまいました。十数年なんて短い時間ではなく、更に遠い昔を。」
兄さんは私の顔を見ながらそう言った。
「……美乃梨様がお目覚めになってからお話しするつもりです。」
「私もそうします。」
そして兄さんは先に部屋に戻った。
私は只々空を見上げた。
その時、私の電話が鳴った。
こんな時間に誰から?と思ったが相手の名を見ると、無意識に応答ボタンを押していた。
『今晩は、貴翠さん。』
「今晩は、音さん。こんな夜更けに如何されましたか?」
『……随分と疲れているようですね。』
「疲れて、いるのでしょうか?」
『貴翠さん、今、外ですか?』
「はい。そうですが、」
『なら、上を見て下さい。流れ星が見えますよ。』
「そう言えば、この時期ですね。水瓶座η流星群
は。」
『貴翠さん……明日、いえ、何でもありません。』
「そうですか。音さん、お休みなさい。」
『はい』
そして夜が明けた。
今日も朝から美乃梨様の様子を見に来た茉乃凛様の元に向かった。
「美乃梨様のご様子は?」
茉乃凛様は目を閉じて首を横に振った。
「そう、ですか。」
私は茉乃凛様の元を離れて目的もなく廊下に出た。
「貴翠、お客様がいらっしゃったようなので出て来て下さい。」
すれ違った父さんにそう言われ、玄関へと向かった。
「よっ、貴翠。」
「……慧星さん。」
「凄い顔してるな。音の言っていた通りだ。」
「音さんがですか?」
私がそう聞くと慧星さんは頷いた。
「ああ、物凄く心配してた。貴翠、今手が空いている者の中で美乃梨と関係が深かった者を美乃梨の部屋に集めてくれ。頼んだ。」
「はい。分かりました。」
朝5時。折角の日曜だからと寝坊する気満々だったのに着信音で目が覚めてしまった。
「……ん?朝から何だ、音?」
電話をかけて来たのは俺の従兄妹だった。
『慧星、貴翠さんが少し深刻な状況らしいの。』
「……そうか。」
『ちゃんと聞かないと向日葵さんに慧星が昔した悪戯を全部バラすからね。』
「それは無しだろ。ちゃんと聞くから母上にだけは言うなよな。」
音曰く、美乃梨が学校を休んでもう二週間が過ぎているそうだ。そして美乃梨に心酔している貴翠の様子が気になり電話をかけてみると様子がおかしかったそう。
「分かった。俺には解決策の心当たりがあるから今日会いに行ってくる。だからそんなに心配するな。」
『ありがとう、慧星。』
音との電話が終わり、机の引き出しにしまっていた美乃梨から預かった鍵を手に取った。
「確か、一ヶ月経った時か、何か問題が起きた時、だったよな。」
俺は至急恋咲家へ向かう準備をした。
慧星さんに言われた通り美乃梨様のお部屋に美乃梨様と親しい方々をお呼びした。
「えっ、何で慧星が居るの?」
律様がそう聞かれ、慧星さんがお答えになった。
「それはこれから説明する。シャルル、あの箱を持って来てくれないか?」
慧星さんはシャルルさんにそう声を掛けた。
この場に集まった皆はその行動に違和感を覚えた。
「慧星、どうしてシャルルさんが見えるのですか?」
そう聞いたのは兄さんだった。
「どうしてって言われても……確か美乃梨の魔法で、急に見えるようになったんだよ。な、シャルル?」
「はい。美乃梨様と共に実体化の魔法を習得致しました。」
皆が呆然としている中、慧星さんはシャルルさんから箱を受け取った。
「俺は美乃梨から鍵を預かった。この箱を開けて良いのは一ヶ月経った時か、何か問題があった時だけだと言われた。今は何か問題があった時であってるよな?」
慧星さんの言葉に、私は一番に頷いた。
慧星さんは私の周りの反応も見て一度頷くと、持っていた鍵を箱の鍵穴に入れ、ゆっくりと回した。
ガチャリ、という音と共に箱の鍵が開いたことを知らせてくれた。慧星さんが代表して箱を開けた。
「……手紙?」
箱の中には幾つもの手紙が入っていた。
慧星さんは一番上に置いてあった手紙を手に取り、宛先を確認すると封を開けた。
「何と、書かれているんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「えーと、《慧星くんへ、今どのくらい経っているのかな?二週間くらい?もしかしたらもう少し経っているかもね。皆の様子はどう?この箱の手紙を皆に配ってくれる?全部の手紙に宛先を書いているから。》だってさ。」
そして慧星さんは一人一人に美乃梨様からのお手紙を渡した。今この場に居ない方々には私達から後で渡す事になったが、私はそんな事よりも手渡された美乃梨様からの手紙を早く読みたかった。
薫様に断りを入れ、直様部屋へと向かい、手紙の封を開けた。
***
貴翠へ
元気、よね?もし、私の所為で寝ていないなんて事があったら怒るわよ?貴翠、今までずっと私に仕えて来てくれてありがとう。私は貴方の主人になれて光栄です。少し時間が掛かるかもしれないけど私、絶対に起きるから、だから心配しないで。信じて待っていて。
***
「美乃梨様、私の方こそ美乃梨様にお仕えする事が出来、光栄に思っています。」
俺が手紙を一人一人に渡すと、皆手紙を受け取ると美乃梨の部屋を出て行った。
「慧星さん、ありがとうございます。」
一番最後に渡した煌は一度驚いた顔をしたが俺にそう言って美乃梨の部屋を出て行った。
まさか俺にまで用意されているとは思わなかった。姉さんは、自分よりも先に俺が目覚める事を分かってたみたいだ。俺は手紙を持ったまま早足で自分の部屋へと向かった。
部屋に着くとすぐに封を開けた。
***
煌へ
驚かせたかしら?まさか煌への手紙もあるなんて思っていなかったわよね?でも、私は煌ならすぐに起きてくれると思っていたから。私は少し時間がかかると思うから稔と架の事をよろしくね。それと貴方自身も大切にする事。これは私との約束よ。絶対破らないでね。
***
「姉さん、」
俺はその後の言葉が出なかった。
ルカが部屋の明かりを消してくれたので今の顔を誰かに見られる事は無くなった。
「ルカ、ありがとう。」
美乃梨様からの手紙を受け取り、私はゆっくりと部屋へと向かって歩いて行った。手紙を読みたい衝動と同じくらい、手紙の内容が怖い。慧星の言っていたように何か問題が起こった時に読む為の手紙というのが私には怖くて仕方がなかった。
部屋に着くと卓上ランプを付けて鋏で封を切った。
***
京翠へ
今の自分の顔を鏡で見てみて。隈はない?顔色は?普段の自分と比べてみて。これは貴翠にも言える事だけど、京翠は普段はしっかりしているのにいざという時、特に私が関わると自分を蔑ろにするわよね?京翠は私の大切な臣下であり幼馴染なの。貴方も私の幼馴染を大切にして。
***
「美乃梨様の幼馴染を傷つけるわけにはいきませんね。」
流石美乃梨様だ。先程までの恐怖とは打って変わり、安心感を与えられる内容だった。それも、私の性格をよく理解して下さっているからだろう。今日は久しぶりに眠れそうだ。
美乃梨から手紙を受け取って離れの自室に向かった。一人で読むのは少し怖くて封を開けるのを躊躇っていると花央が隣に座ってくれた。
「花央、一緒に読んでくれない?」
「はい。」
***
聡兄様と花央さんへ
聡兄様、多分聡兄様は私からのこの手紙を一人で読んでいないよね?いざという時も意外としっかりして冷静に見えるのは聡兄様が私達を安心させる為だよね。でも、本当は心配性で少し怖がり。そんな聡兄様には支えてくれる花央さんというとても綺麗な奥さんが居るよね。だから私は聡兄様に心配の言葉を綴るのは辞めるわ。花央さん、どうか兄を支えてあげて下さい。それと、図々しいお願いですが花央さんが良いのなら一緒にドライブに行きたいです。
***
「美乃梨には何もかもバレていたんだね。」
封筒の宛名には花央の名前が書かれていなかったのに、手紙にはしっかりと書かれていた事に僕は驚いた。
「私も美乃梨さんとドライブに行きたいです。」
花央は最後の一文にとても喜んでいるようだった。
美乃梨の部屋に一人取り残された俺に、話しかけて来たのはシャルルだった。
「慧星様、手紙の一番最後に書かれている文を教えてくれませんか?」
追伸の事だろうか?誰にも見せていないのにシャルルが知っている理由は分からないが俺は手紙の一番下に書かれている文を読んだ。
「"もし私が一ヶ月間目覚めなければ、その後目覚める事は無いとリクスお兄様から聞いたの。一ヶ月以内に目覚める確率は5%だそう。慧星くん、その時は皆んなをよろしくね"だって……こんな文章、貴翠達の顔見たら読めるわけ無いだろ。」
「そんな文が書かれていたんですね。……美乃梨様は本当に馬鹿です。」
「なあ、シャルル。これどうしたら良いと思う?」
俺がそう聞くとシャルルは答えた。
「そうですね。この情報を上手く扱えるのは京駕さんと隆篤さん、それと椿様くらいですね。今から連絡致しますので少しお待ちください。」
シャルルは少しして戻って来た。
「皆様すぐに来られるそうですのでお茶の準備をして参ります。」
部屋に取り残されて椅子に座ったまま周りを見た。
「あ、あれ……」
美乃梨の部屋の棚にあるぬいぐるみに目をやった。
そのぬいぐるみは十年以上前に初めてお小遣いを貰った俺が美乃梨に贈った誕生日プレゼントだった。
「まだ持ってたんだな。相変わらず物持ち良いな。」
その時、ガチャッと音が鳴って扉が開いた。
「お久しぶりね、慧星くん。」
「えっ、と?……お久しぶりです。」
誰か分からないが取り敢えず返した。
「あらあら、流石に覚えてないわね。最後に会ったのは慧星くんが四歳くらいの頃だったものね。」
「意地悪してごめんなさい」と笑ったこの人が誰かはすぐに分かった。
「律のお母さん、ですよね?」
「ええ。美乃梨にとっては祖母になるわね。」
そして椿さんの後ろに立っていた人が挨拶をした。
「初めまして、本堂隆篤です。京駕の父で、京翠達の祖父になります。」
「初めまして、二条慧星です。」
隆篤さんが挨拶をした後、シャルルと一緒に見た事ない女の人と京翠達のお父さんが入って来た。
「満留、挨拶しなさい。」
「はい。初めまして、本堂満留です。京翠達の従姉妹になります。」
「慧星さん、偶々満留さんもいらっしゃったので連れて参りました。」
そしてシャルルは皆にお茶を勧めて少し下がった。
「シャルルから聞いたわ、美乃梨の手紙に何か書かれていたそうね。見せてくれないかしら?」
「はい。」
俺は胸ポケットにしまっていた美乃梨の手紙を出して椿さんに手渡した。
「……一ヶ月ね。あの子ならきっと大丈夫よ。」
手紙を読み終わった椿さんはそう言った。
「俺もそう思います。美乃梨は意外と強いですから。」
「一ヶ月が経つまで後一週間と少し。美乃梨様なら大丈夫でしょうけれど、この情報を薫様達のお耳に挟まないようにしないとですね。」
満留さんがそう呟いた。
「そうですね。満留、京駕、防音魔法を掛けなさい。」
「「分かりました」」
隆篤さんにそう言われた二人は防音魔法を掛けた、らしい。
「私も美乃梨様の事を信じております。ですが、もしもの事があった場合恋咲家を支えられるのはこの場にいる者だと私は思います。」
「お祖父様……もしも何て、」
「満留、父上は何か知っているようです。父上、美乃梨様から何かお聞きしましたか?」
京駕さんの問いに隆篤さんは軽く頷いて答えた。
「実は、美乃梨様からシャルルさんの実体化の魔法の練習に付き合って欲しいと言われまして、私は実体化の魔法の習得にご協力致しました。練習後、よく美乃梨様は仰られて居ました。煌様のことは必ず助けると。」
隆篤さんの言葉に俺は固唾を飲んだ。
「美乃梨様の前世、エミリア様の契約は転生後受け継ぐ事だけが決められており、二人で均等に受け継ぐ必要は無いそうです。ですので、美乃梨様は煌様の分まで自分が契約の代償を受け継ぐと仰っていました。美乃梨様はご自分が目覚めるのに煌様よりも時間がかかる事を前以て知っていらっしゃったのです。」
「そう。この事はここだけで秘匿しないといけないわね。」
「そうですね。特に、煌様と貴翠と京翠は勘が鋭いので気を付け無いといけませんね。」
「慧星くん、美乃梨が目覚めたらすぐに連絡するから家に帰ってゆっくり休んで頂戴。美乃梨の為に色々ありがとう。」
「はい。そうさせて貰います。」




