満月の夜
今夜はとうとう満月を迎える。
早朝から五家中が騒がしくしていた。
「美乃梨様、そろそろ支度をいたしましょう。」
シャルルにそう言われて、私は染め直したばかりの濃い紫色のローブを羽織った。首元には少し前、響彼くんから貰ったお守りである青い石のついたネックレスを掛けた。
コンコンッと扉をノックする音が響いた。
「失礼致します。美乃梨様、ご準備は整いましたか?」
「ええ。大丈夫よ。」
迎えに来てくれた貴翠と京翠と共に外で車を準備して待ってくれている京駕さんの所へと向かった。
「では美乃梨様、そろそろ参りましょう。」
日はまだ傾き始めてはいないが、例の丘へと向かう。
あの丘には既にリクスお兄様と七倉先生がが隠蔽魔法を施して下さっている。
丘に着くと車から降りて、頂上の木の近くに行く。
「煌様ももう直ぐ到着されるそうです。」
「そうですか。では、私は皆さんに挨拶をして来ます。」
協力してくれるのは、恋咲家から、お父様とお母様と聡兄様と花央さん。(律ちゃんと響彼くんは当主夫妻代理として恋咲家に留まってくれている。)
倉津木家から、紅音くんと碧依くんと柊さんと凛哉伯父様。神崎家からは真央くんと那央さん、真央くんのご両親。
有栖川家からは景くんとそのご両親、雛菊さん。
九条家からは千秋と千夏さんとその御母様。
三日月家から、三日月先生とその他3人。
(三日月家の方々は巫覡の力に影響を受けないので、連絡役を担っている。)
本堂家から、貴翠、京翠、篤季、京駕さん。
そして、花野矢城さんと七倉先生とリクスお兄様。
早瀬家からは瑠奈先輩、環奈先輩、若奈さんが協力してくれる。総勢30人以上の方々が協力してくれる。
ひと通り挨拶をし終えると、煌と合流した。
煌にはボディーガードとして聡兄様が付いている。
「美乃梨、煌、そろそろ日が傾き始めて来たね。」
「ねえ、聡兄様。……上手くいくかな?」
「うん。きっと。」
そして夕刻、若奈さんが宣言した。
「では、始めます。」
巫覡の力神力は若奈さんが中心になって木に向かって注ぎ込み、魔力はお父様が中心になって木に注いでいる。
私と煌は魔力を消費しないように見ている事しか出来ない。
ご先祖様の封印の解除。内容自体はシンプルで、木に篭っている封印された当時の魔力と神力の量を満月が傾く、つまり夜明けまでに超えられれば封印の解除が出来る。
しかし、封印された当時は計数百人の魔法使いと巫覡によって行われたそうだ。それをたったの数十人で行うという事は一人当たりの消費魔力、消費神力の多さが尋常ではない。その為、今日参加していない人達はリクスお兄様に魔力を預けている。そして月が完全に傾く前に、リクスお兄様は預かっていた魔力を一気に流し込んだ。
十分に魔力と神力を溜め込んだ大木は強い光を放った。眩い光に視界を奪われた刹那、その場の誰よりも強い存在感のある人影が二つ現れた。
二つの人影は周りを見渡すと、ゆっくりとリクスお兄様の方へ近付いて行った。
「ご無沙汰しております、父上、母上。」
リクスお兄様が跪きながら挨拶を交わすとこの場の全員が同じように跪いた。
「久しぶりね、フェリクス。……何年振りかしら?」
「父上と母上が封印されてから三百年程経ちました。」
「あら、そんなに?もう少し早く起こして貰えると思っていたのに。」
「それより母上、周りの者が戸惑っております。」
リクスお兄様の言葉に2人は周りを見回して言った。
「あまり畏まらなくて良いわ。私はローサ・イニティウム。
そうね、始まりの魔法使いとでも言えば良いかしら?」
「そうだな。私の名は藤原利一、もとい利一・イニティウムだ。」
そして2人は私と煌の方へ近付いて来た。
「……エミリア」
「本当に馬鹿な子よね、本当に……っもう会えないかと思ったじゃない!」
2人は涙を流しながらそう言った。
「お父様、お母様、お久しぶりです。」
「ご心配をおかけしました。」
「ええ、本当に。……あの契約はちゃんと成り立ったようね。」
「待てローサ、あの契約が成り立ったと言うならエミリア、いや、この二人の寿命はあと僅かしか残っていない筈だ。」
お父様がそう言った。
「そんなっ、やっと会えたと言うのに……エミリア、いいえ、今の二人の名前は?」
「美乃梨です。」
「煌です。」
「美乃梨、煌、貴方達の魔力を預かることになるけれど、契約を解除する事が出来るわ。大体、貴方達が今の時代に生まれているのは契約違反じゃないの?」
「ローサ、エミリアの契約は他の人と交わしたものでは無いのだ、違反も何も無い。」
お母様の言葉にお父様はそう言った。
「そうだったわね。エミリア、本当に何て馬鹿な子なの。」
お母様は溜息をつきながらそう言った。
私と煌は2人の方を向いた。
「お母様、お父様、契約の解除を手伝って貰えませんか?」
「お願いします。」
私と煌が頭を下げると2人は言った。
「頭を上げなさい。私達が協力しないとでも言うと思ったの?」
「勿論協力するつもりだ。だが、良いのか?」
「はい。」
私は深く頷いた。
「分かった。では……」
「その前にもう一つお願いがあります。」
「何だ?」
「死者の蘇生です。」
私がそう言うと、お父様もお母様も驚いた顔をした。
「……代償は、どうするの?」
「それは私から説明させて頂きます。」
お母様にそう言ったのはリクスお兄様だった。
「死者の蘇生を望んでいるのはこの者です。この者の家族は禁忌の魔法を使った魔法使いに殺されました。その為、死者の蘇生をしても禁忌に触れる事はありません。」
「そうは言っても私達が蘇生出来るのは魂であって身体は無理なのよ?まあ、過去に飛べば蘇生するまでも無いけど。」
「その点は問題ありません。」
リクスお兄様がそう言うと、七倉先生とその後ろに矢城さんと若奈さんが付いてやって来た。
「家族の身体は私が隠蔽魔法を掛けて保管しております。」
七倉先生はそう言うと隠蔽魔法を解除して布を敷いて、その上に家族の身体を並べた。周りからは動揺したような声が聞こえて来た。
「そうなの?それなら問題は無いわね。では貴方達は少し離れていて頂戴。近付いたら魔力が吸い取られるかもしれないわ。」
お母様とお父様は七倉先生の家族に蘇生の魔法を施した。七倉先生の家族は白いぼんやりとした光に包まれて浮かび上がった。
光が収まると同時に七倉先生の家族のうち、学生服を来た男の人が目を覚ました。
「……?どこ、ここ?あ、兄ちゃん!」
「……恭太郎っ!」
七倉先生に抱きつかれ、何が起こったか理解できていない恭太郎さんは怪訝そうな顔をして周りを見回している。
そして少しして、若い女の人も目を覚ました。
「……恭太とお兄ちゃん?どうしたの、2人揃って。」
「深雪!目を覚ましてくれて、本当に良かった。」
「本当にどうしたの?……あれ、お兄ちゃん今何歳?」
「今年で27になる。」
「……やっぱり。」
早くも状況を理解したらしい深雪さんはそう呟いた。
「えっ、姉ちゃんどういうこと?」
「あんた覚えてないわけ?私達一回死んでるでしょ?お兄ちゃん、もしかして禁忌を、」
「違うぞ。」
深雪さんの言葉にリクスお兄様が返していた。
「確かに此奴は禁忌を犯そうとしていたが、其方らの蘇生は禁忌に触れていない。」
「……ご先祖様ですか?」
「よく分かったな。其方には魔法使いの才能があるのかもしれんな。私の名はフェリクス・イニティウムだ。其方の言う通り其方らの先祖だ。」
「あの、フェリクス様。パパとママもちゃんと目を覚ましますか?」
「ああ。ただ、其方ら程若くない為目を覚ますのはもう少し時間がかかるかもしれんが。」
深雪さんとリクスお兄様が話している中、恭太郎さんが言った。
「兄ちゃん、姉ちゃん、俺らが一回死んでるってどういう意味?」
「そのまま。そうだよね、お兄ちゃん?」
「ああ。深雪も恭太郎も6年前の俺の誕生日に死んだ。だから俺は禁忌を犯してでも父さんと母さんと深雪と恭太郎を生き返らせたかった。まあ、禁忌じゃなくなったけど。」
そして七倉先生はリクスお兄様とお母様とお父様の方を向いて言った。
「フェリクス様、ローサ様、利一様。本当に、ありがとうございました。」
「禁忌を取り締まるのが私達の役目だから気にしないで。」
お母様がそう言うと七倉先生はもう一度頭を下げて「はい」と答えた。
「父上、母上、そろそろ月が傾きそうです。」
「そうね、急がないと。」
「美乃梨、煌。今から其方らの魔力を預かる。良いな?」
私も煌も深く頷いた。
そして私は後ろで心配そうに見ている貴翠と京翠と京駕さんに向かって言った。
「貴翠、京翠、そんな心配そうな顔しないで。京駕さん、貴翠と京翠、それに恋咲家の皆んなの事をお願いします。」
「承知致しました、美乃梨様。」
煌も聡兄様に頰をつねられながら話していた。
「聡兄さん、俺よりも姉さんの心配をして下さい。」
「勿論煌と同じくらい美乃梨が心配だよ。でも、あの雰囲気の中混ざるのは僕には無理だよ。」
「煌、聡兄様、リクスお兄様が急かしてるわ。」
私は煌と一緒に丘の上の木の側まで移動した。
「どうしてここでするんですか?」
煌がそう聞くと、お父様が答えた。
「ここには魔力の扱いがしやすいように魔法を掛けているからだ。この人数で私達の封印を解けたのもそれが理由だ。
では、始めるぞ。」
私と煌はお父様とお母様の方を向いて立った。
美乃梨様と煌様がローサ様と利一様に魔力を預けると同時にぐったりと地面に倒れた。
私は何も出来ずに居た。
フェリクス様から近付かないようにと言われている為、美乃梨様のお側に行き、身体を支える事さえ許されない。
「……兄さん、私はどうしたら良いのでしょうか?」
隣に居る貴翠が呟くような声でそう言った。
「私達には只々ひたすら祈ることしか出来ません。美乃梨様のお目覚めを待ちましょう。」
「……無力な自分が腹立たしいです。」
「私も同じ気持ちです。美乃梨様の為と習って来た武術も今は何の役にも立ちません。」
貴翠は少しフラついた様子で丘を下って行った。
私も父さんと共に貴翠に続いて下った。
「フェリクス様、姉さんを運ぶのを手伝って下さい。僕一人で運んで万が一姉さんの身体に傷を付けたらと考えると怖くて。」
「分かった。確か、稔は時空魔法を使えないんだったな。私から離れないように。」
そして僕はフェリクス様と一緒に家に戻った。
家に着くと僕は地下にある部屋に向かった。
地下室には茉乃凛伯母様とお祖父様が待っていた。
「美乃梨!」
伯母様はすぐに姉さんの方へ駆け寄って、姉さんの頬に触れた。お祖父様も心配そうに姉さんの顔を覗き込んだ。
フェリクス様は姉さんをベッドの上に下ろして2人に向かって言った。
「美乃梨が目覚めるのは二週間後くらいだと思うが……何かあれば言ってくれ。」
フェリクス様はそう言うと部屋を出て行った。
「稔、魔力消費で疲れているだろう?休んで来なさい。」
お祖父様にそう言われて、僕も部屋を出た。
地下から一階へ向かう階段で響彼兄とすれ違った。
「響彼兄、煌の事よろしくね。」
「ああ。稔も、美乃梨の事を頼んだ。」
「……うん。」
響彼兄にそう返し、自分の部屋に向かった。
「ノア、少し休むね。」
使い魔のノアにそう言うと、部屋の電気を消してカーテンを閉めてくれた。
稔から姉さんと煌の様子を聞こうと思っていたのに、稔の部屋に行くとノアに稔は寝ていると言われてしまった。
「はあ、何で僕はくじ運が悪いんだろ。」
フラフラと廊下を歩いていると、僕よりフラフラしている人を見つけた。
「篤季!」
「……架様?」
篤季はゆっくりとこちらを見た。
「架様、僕が美乃梨お嬢様と煌様に出来ることはありませんか?」
篤季は懇願するようにそう言った。
「僕達には祈ることしか出来ないよ。だから姉さんと煌の無事を毎日祈ろうよ。」
僕の言葉に篤季は拳を握って絞り出すように「……はい」と言った。
私は、父親としてもっと美乃梨と煌にしてやれる事はなかったのか?本当にあの方法が最善策だったのか?
美乃梨と煌が仮死状態になり夜が明けた。私は今までの自分を振り返った。美乃梨と煌にとっては本当に不甲斐ない父親だったと思う。美乃梨も煌も私の自慢の子だが、2人にとって私は自慢の父親で居れただろうか?
「薫!何辛気くさい顔してるんだ?」
そう声をかけて来たのは凛哉だった。
私がゆっくりと顔を上げると凛哉は言った。
「薫は恋咲家の当主だ。五家の中で一番雰囲気が落ちているであろう恋咲家を纏め上げなければならない。そんな顔してると誰も薫について来ないだろう。それに、今の薫の写真を撮って美乃梨と煌に見せてやっても良いな。」
凛哉がそんな事を言い出した為、つい言い返してしまった。
「それだけは辞めてくれ。恋咲家の当主は私だ。美乃梨と煌が目覚めてからも今まで通りに過ごせるように私が纏め上げる。」
「ああ、そうだな。くれぐれも私の甥姪を傷つけないように頼んだからな。」
「分かっている。私の愛息と愛娘だ。私自ら傷つけるわけがない。」
美乃梨様と煌様が目を閉じられ、息子達が明らかに消沈しています。
美乃梨様は、私がこの歳になって本気で仕えたいと思ったお方で、上の息子の京翠と貴翠は昔から美乃梨様に心酔しているようでした。美乃梨様は幼い頃から大人びた方でしたが、二人が心酔している理由は分かりませんでした。
ですが、成長するにつれ、美乃梨様の当主としてのお姿が容易に想像できるようになりました。次第に私も美乃梨様にお仕えしたいと思うようになりました。
私は美乃梨様に命を受けた為、京翠と貴翠のいる所へと向かいました。
「京翠、貴翠、美乃梨様を心配する気持ちは分かりますが、いつまでもそのようでは目覚めた美乃梨様に心配を掛けてしまいますよ。京翠は地下室入り口の警備を、貴翠は美乃梨様と煌様の仮死状態についての情報集めて来て下さい。」
「分かりました。」
「分かっています。」




