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かわいい後輩のイタズラが面倒なやつ。

作者: 田中正義

短編です。

息抜きのやつです。

 西日が閉じた瞼に当たり、アラームより先に目覚めの頃を教えてくれる。


 外の運動部の掛け声や、音楽室の吹奏楽部のハーモニー、どこかの誰かの話し声。

 他人事みたいに遠く聴こえる雑音は、半覚醒した微睡みには丁度いい子守唄だ。


 金曜は最後のコマが担任の古典なので、放課後まで眠って過ごすのが習慣だった。

 十八時からのバイトのシフトまで、帰るに長く、遊ぶに短い半端な放課後の有効活用。



 喧騒がノスタルジーを感じさせる、この夕方の時間が好きだ。



 目を開かないまま、徐々に鋭敏になる感覚が現在の雰囲気を伝えてくれる。


 アラームが鳴っていないので、十七時は過ぎていない。

 夏はもう随分明るい時間が長く、じっとすると西日も少し熱を持つ。

 話し声は別の教室だから、きっとクラスメイトは帰った後。

 机に突っ伏して曲げていた腰と首が少し痛い。

 枕にしていた古典のノートの紙の匂い。

 握った拳に感じる、温かい違和感。


 衣擦れや呼吸音から感じる、傍にいる誰か(・・)



 ……確認せずとも、誰かなんていうのは分かっている。

 友達がいないわけではないが、寝こけた俺をわざわざ待つような奴はいない。

 こうして放課後の時間を潰してまで、事あるごとに絡んで来る物好きは一人だけだ。


 いや、予想は何かの間違いであってくれてもいい。

 これから俺に告白してくれる、とんでもなく可愛い女子とかであってくれても、全然いい。


「あ、起きてます?」


 小鳥のような声が耳を啄む。

 おそらく覚醒にともなって反応した身体を目敏く観察でもしていたのだろう。

 何が奴をそこまでさせるのか分からないが、声まで聞こえれば万が一にも間違えようがない。

 希望のある第三者という可能性は消え去った。


 無視してアラームまで眠ろうかとも思ったが、どうせ誤差みたいな時間しか変わらない。

 仕方なし。

 面倒な事この上ないが、より面倒になっても面倒だ。


「お、起きてますね。阿佐ヶ谷(あさがや)先輩、おはようです」


 目を開けて頭を起こすと、前の席に座ってこちらを覗き込んでいたのは、さきほど脳裏に思い描いた姿そのもの。


 黒髪のただの(・・・)後輩。荻窪(おぎくぼ)ゆゆがそこにいた。


「おう。何時だ?」


 伸びをしながら時計を見ると、予定より少し早い。もう少し寝られたけど、まぁ、いい。


「十七時前です。早起きですね、先輩」

「悪戯好きな後輩に何かされていないか心配で、夜しか深く眠れないんだ。何もしてないだろうな」

「え、しましたけど」

「なんで……」


 悪びれもせず、しれっと笑顔を輝かせる荻窪。


 ひょんなことから知り合ったこの面倒な後輩、小生意気なことこの上ない。

 わざわざ二年の俺の教室まで来るかわいげを踏まえても、溜息が先に出る。


「先輩が油断しきってたので。今後私以外の悪い人のカモにされないようにと教訓のため、今回は心を鬼にして心を込めた悪戯をしました」

「色々おかしなとこない?」


 お前は悪人なのかとか、「今回は」と言ったが何度も同じことをされてるとか、他。


「いいじゃないですか。先輩が他の方にいじめられないよう見守っていたんです」


 いじめてくるのはお前なんだがね。


 ニコニコと可愛い顔をした荻窪だが、俺に対する前科は枚挙に暇がない。

 後輩の立場を利用して悪事に励むこいつは多分、俺のことをオモチャや財布として見ているのだ。


 以前は「俺のこと好きなのでは?」と思ったこともあったが、冷静に考えると惚れた先輩に取る態度じゃないので、勘違いは訂正済み。

 だからこそ、部活など前後の繋がりがない俺にとっては、唯一純粋に慕ってくれる後輩でもある。なまじ可愛いだけに邪険にもしづらい。

 というか後から悪評でも言われたら敵わないので、唯々諾々と構うしかないのだ。


「で、今日は何したんだよ」


 とりあえずさっきから気になっていた、中に何か握っている左手を開こうとすると「ストップです!」慌てたように荻窪の手が俺の左手を包み込んだ。


 掌を開かないよう、細っこい指がひしと絡みつく。

 陶磁のような滑らかさが力強くもあり、くすぐったくもあり。


「なんだよ」


 いつだって先輩は、動揺を露わにしないように装うのが精一杯だ。

 まだ開けないでと前置きしながら、荻窪が続ける。


「クイズです!」


 息巻く荻窪。

 こっちの心情なんかまるで考えてなさそうで、斜陽を反射した目が爛々と俺を捉えている。


「ハズしたら奢ってもらいますからね!」

「当たったら?」

「奢らせてあげてもいいですよ」

「俺の損しかねぇじゃん」

「あうっ」


 空いている右手を頭に落としても、荻窪は手を離そうとしない。


「じゃあ当てたら私がなんか奢りますケド。後輩に奢らせるってカツアゲじゃないですか?」

「先輩後輩でも、対等な関係であるべきだ。お前のことを尊重してるんだよ」

「わーいやったー。遊んでくれるから先輩好きー」


 ぶーたれたり喜んだり、表情がころころ変わる奴だ。

 ただ、なんやかんや乗ってしまうあたり、俺も仕方のない奴なのかもしれない。


「で、問題は?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 自分で「じゃーじゃん!」と効果音を口ずさみながら、荻窪の温もりがやっと肌から離れた。


「ズバリ、先輩は今、何を握ってるでしょうか!」


 握ったままの左手を見る。

 見える範囲に何かがはみ出している訳でもない。形だけなら、細長い?ずっと握り込んでた上に寝起きだと、今一感覚がパッとしない。

 意識のない内に握らされてたとなると、荻窪が持ち込んだよく分からん物品の可能性もある。

 思ったより範囲が広いぞ。


「ノーヒント?」

「お願いの仕方によってはプライド分のヒントはあげましょう」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる荻窪。

 椅子の尻を蹴ると、ひゃん!と可愛い音が鳴った。

 夕陽のせいだけじゃなく少し頬を染めた荻窪が、居住まいを正す。


「むう。では今日は、最高で三つだけヒントチャンスをあげましょう。その代わりに先輩も三つだけ、私の質問に答えて下さいね。当てられたらヒントあげます」

「それ俺が質問される意味あるのか?」

「第一問です!」


 また「じゃーじゃん!」と景気良く口ずさみ、荻窪が自分を指差す。


「今日の私はいつもと何が違うでしょう?」

「うーわ、面倒」

「泣きます」

「面倒ムーブ重ねるな。違うとこ、か?」

「……あんまりジロジロ見ないで下さいよ」

「スリーアウト。ちょっと考えるから黙れ」


 見るなと言われても、見ずに分かるところなんか答えようがない。今日も機嫌は良さそうだし、何か特別なイベントがあっても知らん。


 となると見た目。

 真っ先に視線が引き寄せられるのは、こちらを伺う綺麗な黒い瞳。睫毛も長いし、ぱっちりと大きな目だ。いつもと変わらん。

 次に目が行くきゅっと結ばれた小さな唇は、ほのかな桜色に色づいている。多分リップなんかもいつもと同じ。

 とりあえず顔だけはいつも通り可愛い後輩である。違いは見つからない。

 すると制服に細工でもしたのかと思ったが、露骨に胸元など凝視しそうになったので、意図して他を見る。

 前髪切った?なんてのは愚問だ。「それ言えばいいとでも思ってます?」とか煽られる。

 だが、さらさらしたショートボブの黒髪を見つめて気付いた。


「ピンがない」


 いつも前髪の一部を留めてるヘアピンがない。


「どっかなくしたのか?」

「え、探してくれるんですか?」

「まぁ、時間内なら」

「あざます。でも今度はなくしたわけじゃないからだいじょぶです」


 以前体育の授業でどこかにやったかもと泣きつかれた時は、週末まで探す羽目になった。その時はペンケースに留めてたオチだったな、ちゃんと授業受けてれば気付けたろうに。

 気が動転するほど大事にしてるのは知ってるから心配したが、今回は違うようだ。


「ていうか今一瞬、主旨忘れてませんでした?」

「……忘れてない」

「とにかく先輩、ヒント権獲得です」


 ふふっと笑みをこぼし、荻窪が指を一つ立てる。


 ふむ。

 ヒントとか言いながら、余計な選択肢を増やされた。

 つまり俺の手の中に、荻窪のヘアピンが収められてる可能性もあるのか。


「ではでは第二問です!」


 じゃーじゃん。


「今夜の私の家、両親は帰って来るでしょうか?」

「どんな質問だよ。純情な高校生男子にやめろ」

「うーわ、えっちなこと考えないで下さい。人を呼びますよ」

「最悪だこいつ」

「それによって晩御飯どうするか考えるじゃないですか」

「にしても俺に質問として聞くことか?」


 両親が帰ってくるか?知るか。


「帰宅する」

「ブブー、ハズレです。そして今回の出張のお土産は生八つ橋です。ちなみにウチのマンションの鍵はスティックタイプです」

「お前意味分かってやってる?」

「ゆゆわかんなーい。先輩ヒント権増えず!残念!」


 ヘアピンか、ルームキーか。

 俺をイジるために分かってやってるんだろうが、いずれにせよ彼氏でもない男に握らせるようなものじゃない。


「じゃあ、三問目は?」

「ラストヒントチャンス!」


 じゃーじゃん。

 頬を赤くして。

 指先もじもじ。

 床をトントン。

 畜生可愛いな。


「私は先輩のこと、どれくらい好き?」

「目に見えた地雷踏ませるなや」

「どこまでなら許せるくらいでしょうか?」

「これ俺どう言えばいいんだよ」

「ありのまま応えてくれていいですよ……?」

「その答え方が分からんわ!」


 つまり、大事なヘアピンを預けるくらいか、家の鍵を預けるくらいか。

 その内、ヘアピンは失せ物探しで駆けずり回った過去がある。手中に預けるくらいは許される信頼関係がある、はず。

 なので正確には、ヘアピン以上はどこまで許せるかだ。その基準としてのルームキー。具体的には、家に上げれるか辺りの線引きだ。


 しかし、ここで悪戯好きな荻窪の性格を考える。

 親のいない日と明言した上での家の鍵。男子高校生なら否が応でも気にせざるを得ない。

 だからここで家に上げてもいいくらいと答えれば「えーそんなに私の部屋入りたいんですか?えっちですね〜!」とか言われる。

 ちなみに逆を選択すると「遊びに来るくらいいいじゃないですか!意識してるんです?」とか言われる。

 どっちのダメージが少ないか。どっちもどっちだ。


 その証拠に、荻窪の頬が紅潮している。マジで揶揄う五秒前。これから見れる先輩の楽しい醜態を期待している。


 ……ったく。なじられると分かっていても、後輩の手本になるのが先輩の役目だ。それが可愛い後輩ともなれば、殊更に。

 そもそも荻窪の気分次第で、というかほぼ確実に正解は貰えない質問だし、仕方ない。


 上目遣いで俺を見る荻窪に、意を決して先輩の威厳を見せつける。


「お前は俺のことを、普通に先輩として敬愛してる」

「うわしょうもな」

「誰がノるか!空気読んでバカ見ることはあっても今じゃねぇよ!」

「ちなみに普通にじゃなくて結構好きですよ。あーあ、ヒント増えずです」

「ちょっと嬉しくさせるのやめろ!」

「試合に負けて勝負に勝つみたいな?」

「むしろ今から本当の勝負だろ」


 チキン!チキン!と不満を漏らす後輩は放置。唐揚げでも食ってろ。

 結局今の質問からは何も得るものがなかった。ほんのちょっと嬉しくなっただけだ。


 だがあくまでここまではヒント獲得のための戯れ。俺の左手には何が握られているのかが今回の本題。

 そして俺が聞けるヒントは一つだけ。

 この悪戯好きの後輩が混乱させるために示唆した可能性は二つ。

 ……考えてもキリがないし、順当に潰すか。

 どうせならヘアピンか素直に聞くより、もしもを考えると二択の範囲を狭めた方がいいな。


「質問だ」

「どうぞ、唐揚げ先輩。本日唯一のヒントタイムです」

「これは、なくなったら嫌というより、困るものか?」

「うーん、どちらかというとちょっと困ります」


 顎に手を添える仕草でさえも、やたらと絵になる後輩だ。浮世離れしてるも言ってもいい。

 多分同級生の中じゃ浮いてるからわざわざ上級生の教室まで来るんだろうな。


 さてそんなことより、ヒント通りであればヘアピンよりは、家の鍵。

 でも、ちょっと困る?なくしたらかなり困るだろ。家の鍵じゃないのか?

 悩んでも無限に候補が湧き上がるだけだが、せめて他に何か絞れないものか。


「荻窪、今日何食うんだ?」

「先輩がバイト先で奢ってくれてもいいですよ」

「お前が勝ったらそれでもいいよ」

「やった!貢いでくれるから先輩好き!」

「言い方!」

「なんだかんだ言って面倒見良い先輩カッコイイ」

「ま、バイト代もあんまり使わないし、ぶっちゃけ先輩風吹かせるのって気分良いからな」

「自分で言うのダサくないです?」

「お前、俺を崇めたいのか貶したいのかどっちだよ」

「ちなみに何気なく探り入れて話題膨らまそうとしてもこれ以上ヒントはあげませーん」


 読まれていたようだ。ただ単に俺が痛い奴みたいになってしまった。

 でも、負けても晩飯奢るだけ。晩飯一食分でしかないか。

 少し気が楽になったので、半ば投げやりに当たりをつける。


「部屋の鍵」


 答えて、荻窪の目を見る。

 大きな目を楽しそうに細めた後、荻窪がどうぞと答え合わせを促す。


 二人で顔を突き合わせて、神妙な空気の中で手のひらを広げると。


「俺の消しゴムじゃねーか!!」

「不正解でしたね」

「紛らわしいにも程があるわ!何だったんださっきの質問!」

「ちなみに私が来た時から握ってましたよ」

「ただ授業中寝落ちただけじゃねーかよ!」

「そうみたいですね」


 ケラケラと笑う荻窪。

 消しゴムと認識していれば、ケースに入ったガワは硬くても、飛び出たゴム部分は柔らかい。冷静に考えれば当てられたかも知れない。


「うわー、なんか損した気分」

「可愛い後輩と遊べて損したとはお言葉ですね。先輩が他の女子と遊ぶなんて、十年も経てばお金払わなきゃ出来ない経験ですよ」

「暗に将来の俺の女性関係がキャバクラとかしか無さそうって言ってない?」

「まぁでも、確かに罰ゲーム的には損するかもですね」

「おいコラ。てか、負けたから晩飯奢るだけだろ?」


 俺の抗議には答えず、荻窪が桜色の舌をペロリと出した。


「『私が勝ったら今日の晩御飯奢る』って、勝手に条件を足したのは先輩ですよ。元々の報酬とは別です」

「せっっっこ!!」

「あれあれ!?先輩ともあろう方が前言を撤回するんですか!?さっきビックリするほど白けること言ったばっかりなのに!?先輩風はどこに吹き散らかしたんですか!?」

「ぐわあああああ!」


 確かに勝利の景品としての権利を使うとは言っていない。

 そして流石に男が二言は、ダサい。

 ていうか滑ったのは関係ないだろ。


 たかが一食、されど一食。

 一食分の悔しさが胸に募った。ちくしょう。




「そろそろ良い時間ですね、晩御飯に行きましょうか」

「そりゃお前だけだ。俺からすればバイトだよ」


 あれこれ喋っていたが、時計を見ると十七時半を過ぎている。

 潰すはずだった時間も、起きた時のノスタルジックな空気も、あっという間にどこかへ行った。

 西日が運んだ温度も今はもうない。

 少し冷えてきた気温は、高揚した体には気持ちよかった。


 さっきの放課後らしい喧騒も好きだが、自分達以外他にいない、この物寂しい空気も好きだ。


 ご機嫌な後輩を連れて、余人の気配が消えた廊下を歩く。


「で、何食うんだよ?」

「今日はガッツリですかね。パスタ系のセットメニューとかいいかもです」

「そっちじゃなくて」


 隣を歩く荻窪の頭上に、ハテナが踊った。


「晩飯じゃなくて、正しく罰ゲームの方だよ。何がいい?」


 合点がいったと、荻窪が手を叩く。静かな廊下に思いがけず大きな音が響き、背の低い黒髪がピクリと震えた。変なところでも小物な後輩だな。


「逆に先輩は何食べたいですか?」

「ラーメン」

「じゃあ、ラーメンでいいですよ。明日空いてます?」

「バイトは午後からだから、昼なら」

「決まりですね」


 どこにしようかな、と明日の予定に思いを馳せる荻窪。

 ニマニマと嬉しそうなちゃっかりした後輩だが、ただの金づるでも喜ばれれば悪い気はしない。

 喜色ばんだ笑顔を見ていると何となく照れ臭くなって、外を見る。



 夕焼けで赤い空の反対、暗い空には月が昇っていた。


 ついでに、暗い窓に反射した俺の顔に、赤色のハートマークの落書きがあった。



「なぁ荻窪」

「はーい?」


 教室でのやり取りを振り返る。


『心を込めた悪戯をしました』

 何か仕込まれたと思ったが、握った手の中にあったのは、俺の消しゴム。

『私が来た時から握ってましたよ』

 つまりクイズのくだりに関して、コイツは悪戯など何もしていなかったということ。


 では、悪戯はどこに?


「ちょっとトイレ寄ってもいいか?」

「え、勿論いいですけど……時間大丈夫ですか?バイト先でもいんじゃないです?」

「お前の横で外を歩く前に、寝癖とかないか心配になってな」


 カチーンと、音がなりそうなほど荻窪の笑顔が固まった。

 そうだろう、そうだろう。

 トイレには鏡があるからな。

 ていうかこれ水性だよな?


「あ、じゃあ、先に昇降口で待ってますネ。あんまり遅かったら先に行っちゃいますから」

「大丈夫、すぐに行くから待ってろ。絶対、待ってろよ?」

「でも先輩、寝癖とかないですよ?いつもよりイケメンです」


 ちょいちょいと手を伸ばし、いじらしく俺の頭を撫でる荻窪。

 白々しいセリフはともかく、不意にドキリとさせられる仕草だったので、俺も真似することにした。


「せ、先輩?どうしていきなりアイアンクローを?」

「ああすまん。可愛い後輩があんまり可愛いことしてくれるもんだから、可愛い顔を独り占めしたくなったんだ」

「先輩が大好きな後輩の可愛い顔が歪んじゃいますよ!いたいいたい!」

「そうだなー、可愛さ余って憎さ百倍だなー。どれだけ可愛いかアピりたいから、名前書くものとか持ってるか?油性ペンでいんだけど」

「す、水性のペンならありますけど!水性ペンしかないです!」

「なら良し。独占欲は発散された」

「よかったです。お茶目な先輩ですね」

「お前これで落ちなかったら覚えてろよ」



 とりあえず落書きが消えたことだけ確認すると、荻窪は律儀に昇降口で待っていた。

 まぁ逃げたところでどうしようもないんだが。


「怒ってます?」

「こんなんで腹立ててたらキリないわ」

「ごめんなさい」

「許してやろう」

「でも先輩の顔が落書きしやすそうなのも悪いんです。油断しすぎです」

「それやった側が即レスするのどうなの?」

「だから言ったじゃないですか。『心を鬼にして愛を込めた悪戯をしました』って。場所が場所なら見ぐるみ剥がされてますよ」


 確かに教訓とか言ってたが、え、俺のせいにするの?どんだけ図太いんだよ。


「あの程度で済ませる、私でよかったですね」

「……まぁ、そうかもな」


 どこからその自信が湧いてくるのか、晴れ晴れとした笑顔を見せる荻窪。

 まだ物申したいところもあるが、こうも清々しく微笑みかけられると毒気も抜かれるのだから不思議だ。


「どうしたんですか、溜息なんかついて」

「これからのバイトが憂鬱になったんだよ」

「可愛い後輩が応援に行きますよ」

「客じゃねーか。むしろ仕事増やしてんだろ」

「いいじゃないですか。私が食べるサンドウィッチが先輩のお給料になるんですよ」

「その一食分、俺の奢りって話じゃなかった?」

「やりがいを感じられる素晴らしい社会経験ですね」

「ひどい搾取だ、ノせられる俺も俺だが。ていうかお前、他に何もしてないだろうな?」


 バイト先が近付くと、もしやまだ何かあるのではと不安になってきた。

 流石に好んで恥をかきに行きたいわけでもない。

 身嗜みを気にして挙動不振になる俺を、荻窪がくすくすと笑う。


「大丈夫ですよ。いつも通りの先輩です」


 いつも通りの荻窪が答えにならない応えを返す。軽く睨むと、小物な後輩は慌てたように言葉を継ぎ足した。


「ちゃんとカッコいいですよ」

「そうじゃないけど、そりゃ良かった。で、他には何もしてないだろうな?」


 念を押すと、荻窪は少し考える素振りを見せた。

 やがて心が決まったのか、小鳥のような声が答えを紡ぐ。


「それは秘密です。今日のヒントは全部、使ったので」


 そう言って、面倒な後輩は、いたずらに可愛い笑みを深めた。

気が向いたり要望があったりすれば後輩目線も書きます。

ほんとにこれラブコメか?

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― 新着の感想 ―
[一言] テンポも良くて読みやすく最高でした! 2人の関係性が良いですね!
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