翔んで神奈川?
「どうします、知事?」
助役のホワッツ・リーチマイケル3世が、大量失点の末ノーサイドの笛が鳴った直後のラガーマンのように精根尽き果てた表情で、知事のコーイズミ4世に尋ねた。
「マイケル君、そう心配する事はないよ。前世紀に世界を揺るがせたサーズやコロナも結局のところ、数万人の死者で収束している。」
先祖代々浮世離れしたコーイズミ知事は笑って応える。
「ですが知事、今回のフォースウイルスは横浜が発生源です。今のうちに明確な方針を全国いや世界に発信しておかないと100年前の武漢みたいに叩かれますよ。」
コーイズミ知事は眉をひそめる。彼はおだてられるのは大好きだが、批判されるのは大嫌いな分かりやすい性格をしている。
「そんなこと言われても、まだ詳しい分析結果が出てないんだから、どうにも仕様がないだろう。第一、この段階でいったい何を発信すればいいんだね。わかりませーん!って世界に発信したら私がバカ呼ばわりされる事くらいは、いくら鈍感な私でもわかるよ。しかしまた何で寿司ネタから新型ウイルスが見つかったんだ?」
「今のところ発生源はサーモンではないかとの事です。発生したのは横浜市内の寿司屋が出したカルフォルニアロールだったのですが、アボカドをはじめ、農産物からはウイルスは発見されていません。」
「サケといってもおそらくカナダかノルウェーからの輸入品だろう。」
「しかし、他国の海産物からは検出されていませんから、恐らく北海道産の脂の乗った極上品だと思われます。」
「しかし日本産から新型ウイルスなんて信じられん。ロシアとのハーフじゃないのかね。まさか餌にコウモリを食べているなんてこと、ないだろうな?」
「知事、サケが食べるのは動物性プランクトンかせいぜい小魚の類いです第一コウモリは海中を泳いでいません。それからサケは回遊魚ですが基本、生まれた川に戻ります。人間のように海外行って、子供が出来ちゃったって事は無いんですよ。」
「では尚更新型ウイルスの入り込む余地などないだろう!」
「知事、発生源が何であろうと、横浜が発生源である事実は変わりません。東京都は昨日、神奈川県民の入国禁止を発表し、既に六郷橋、高島屋二子玉川店、ユニクロ稲城矢野口店に検問所を設けています。」
「将来の総理候補と目されている私に対して何て無礼な。マイケル君、直ちにオーイケ都知事に抗議をしなさい。」
「しかしコーイズミ知事、オーイケ都知事のコメント、まだお聞きになっていないんですか?」
助役はタブレットで今朝のオーイケ都知事の会見を再生する。
コーイズミ知事はその画面を凝視した。
画面上では報道陣が都知事に質問を投げている。
「都知事、今回の多摩川閉鎖に至った心境をお聞かせ下さい。」
「私もこんな事はしたくありません。しかし、あの無策で脳天気な神奈川県知事の元では、今後も危機管理ができないのは目に見えています。恐らく横浜は1月後には死の街になります。そうなってからでは遅いのです。しかしあのおバカな神奈川県知事は昨日も箱根でゴルフに興じていると言うじゃありませんか。私が都知事である限り、東京を横浜のような惨状には絶対にしない。よって、バイオハザードはやむを得ない措置です。」
コーイズミ知事は怒り心頭だ。
「何がやむを得ない措置だ、横浜市民は皆、普通に生活しているよ。多摩川の関所が何だと言うんだね。いくら東京が関所を設けたところで、マスクだろうがトイレットペーパーだろうが、静岡からジャンジャン入って来ている。それに静岡県知事とゴルフをして何が悪いんだ。ビジネスだよ。横浜が嫌がったIRを熱海に譲る話をしていただけだよ。」
「コーイズミ知事、お気持ちはわかりますが、大切なのは、ウイルスを根絶することと、県の対応を世論がどう思うかという事です。とにかく多摩川の川崎側には行き場を失った横浜市民で溢れかえり、武蔵小杉のタワマンには難民が押し寄せています。」
「しかし、マイケル君。来年はいよいよ横浜オリンピックが開催される。会場は全部出来上がったし、チケットも完売だ。御家芸の箱根駅伝や剣道の決勝はみんな10万円単位のチケットだ。キャンセルになったらたまったもんじゃない。」
「しかし、下手をすると返って高くつくこともあります。ここはオリンピック返上も視野に入れて決断をすべき時ではないでしょうか?」
「そんな事はわかっている。マイケル君、総論はいいよ。あくまでオリンピックを敢行することを前提に具体的に何をどうすればいいんだね?マイケル君、君だったら何から手をつけていくんだね?」
「ですから、私には判断がつきかねるのでここに来ているわけでして。」
「おいおい、国会の予算委員会の答弁じゃないんだから、逃げても仕様がないだろう。これだからお役人は困るんだ。ここに来るんだったら、選択可能な具体策とその効果とそこから導き出される優先順位を私に提示すべきじゃないのかね?」
「知事、私は苦節35年.地方公務員として働いてきました。いまさら民間企業のような、合理的手法で解決策を探る能力はありません。それに湘南ボーイですから、カッコ悪い事はしたくありませんよ。」
「きみ、開き直ってもらっても困るよ。それに君は確か磯子出身で、今住んでいるのも逗子だろう。湘南じゃない。湘南は鎌倉から西だろう。」
「知事、大磯が中心だという説もありますが。」
「嘘つきなさい。あそこは西湘だよ。」
そこに総務部長のカヤマユウイチ三世が血相を変えて知事室に飛び込んできた。
「知事、川崎市が多摩川南岸まで避難してきた横浜市民を鶴見川まで追い返し、そればかりでなく、鶴見川北岸にバリケードを築いているそうです。」
「なんだって?川崎市は何を考えているんだ。そもそも鶴見川は横浜と川崎の境界じゃないだろう。それは横浜市民を追い返したんじゃなくて、川崎市が占拠したと言うことじゃないか。機動隊は何をやってるんだね。」
「第一機動隊は、八景島で病人の看護にあたっています。第二機動隊は、川崎市中原区への日頃のご愛顧に感謝して川崎側につきました。」
「まったく。川崎市は何を考えているのかね。」
「情報によると、東京都知事と川崎市長とが秘密裏に談合し、横浜市民を鶴見川以南に追い出した暁には川崎市を東京都に編入するという裏取引をしたそうです。」
「だから川崎市は信用ならんのだよ。
「しかし、川崎150万人がいなくなると、神奈川は総人口で大阪に抜かれてしまいますよ!」
「人口なんてどうでもいい。とにかくこれ以上東京に隣接する市町村が離反しては、格好がつかない。」
「知事、そのためにも新型ウイルスに対する政策を実行しなくてはなりません。」
「マイケル君、何度も言うようだがそんなことはわかっている。総論はいいから具体案を示しなさい。」
「ですから何度も言うようですが、私は地方公務員です。そんな問題解決力と実行力があったら、民間の一流企業に就職してますよ。」
「そう言えば横浜市長はどうしたんだね。一番の当事者じゃないか。」
「知事、忘れたんですか?先週申し上げた通り、自身の大学病院で治療にあたっていたところ、二次感染で集中治療室です。」
「市長である前に1人の医者だったとでも言いたいのかね。医者というものは自分の立場も考えず人命救助に向かってしまうのかね?本当に困ったものだ。仕方がない。戒厳令だ。マイケル君、10時から記者会見だ。明日から神奈川県全域に戒厳令をひく。県民は外出禁止だ。」
「知事、それは極端すぎます。経済活動がストップすれば神奈川県民の生活は維持出来ません。公共機関 はどこまでストップするんですか?病院は?学校は?」
「公務員は除けばいいじゃないか!あとは出たとこ勝負。県庁も老害著しいが、幸いにも、若い職員たちは皆優秀だ。なんとかしてくれるだろう。」
「何か先行き不透明な公的年金制度を前に、若者たちよ、あとは宜しく」みたいなかなり捨て鉢な感じですね。」
コーイズミ知事とマイケル助役は大きくため息をついた。
翌日神奈川県に戒厳令が引かれ、県民の移動が著しく制限されたことにより、もともと神奈川県民が県内だと誤解している町田市、御殿場市、熱海市など、一部の地域を除いて、県外への感染の拡大は招かれた。
さて、それから半年後、東京都川崎区の川崎駅近くのコンサートホールで、東京24区と25区の発足式が開催されていた。
舞台右手に都知事が座り、左には川崎区長と相模原区長が神妙な趣きで鎮座している。
都知事のオーイケがスピーチを始めた。
「半年前、ウイルスが横浜市内を凌駕し始めた頃、川崎市民には身を呈してウイルスの多摩川超えを防いで頂きました。これはシンゴジラの時には成就できなかった偉業です。また、相模原においても座間市や愛川町の反乱を納めて頂き、その甲斐もあって、東京都内での犠牲者はゼロとなり、来年には横浜に変わってオリンピックを開催することなりました。今般、兼ねてからの御約束通り、両自治体を東京23区、いや25区の一員としてお迎えしたいと思います。」
拍手が鳴り響く。
「また、人口が半減した横浜に統治能力がない事は明らかです。神奈川県民の生活をしっかりと守るためにも、近い将来、東京との対等合併を考えております。」
来賓の川崎区長と相模原区長はエサをもらったばかりのラブラドール・レトリーバーのように御満悦だ。
「そこで合併の暁には横浜と藤沢に総督府を置きますので、ここにいる川崎区長及び相模原区長には総督になって頂きたいと考えております。」
川崎区長と相模原区長はまた尻尾を振っている。
こうして1868年に成立した神奈川県は200年の歴史に幕を閉じた。
神奈川のゴーイズミ元知事は地元横須賀に潜伏していたが、久里浜花の国でラベンダーソフトを売っているところを地元の豪族、ヨッシー・ミウラに発見され、国外追放となったが、妻の実家のパリでファッションブランド、ウマニュエル・エンガロを立ち上げ、密かに神奈川再建を目論んでいるという噂が飛び交っている今日この頃である。