第2話 おそらくは真実に最も近づいた人
長く苦しまれたことでしょう?
何度もホームから列車に乗りかけたでしょう?
貴方は、その度に
照れ臭そうに笑いながら
ホームから改札口へ戻って来られました
「ごめん、また閃いてしまったんだ……」
機械を通した声でそう言って
わたしの頭を撫でて
でもね……
最後に貴方が改札前で車椅子の進路を返した時、
知ってしまったんです
もう貴方の運命の鎖は
僅かしか無いって
それでも言うしかありませんでした
『後悔無き現世の旅を!』
「いつ心臓が停止しても後悔しないようにはしているよ」
機械の声でそう仰って
貴方は車椅子を巧みに操作して
わたしの頭を撫でて還って行かれました
暫く経った時……
貴方は76年の運命の鎖を使い果たして
ボロボロになったチケットをお見せ下さいました
入鋏できるスペースに迷うほどです
「お嬢さん、まだチケットは有効ですか?」
機械を通した声ではなく
お客様の肉声でした
『もちろんです、またお会い出来ましたね』
そして
もう、お会い出来ないんですね……
「しかし……私が発表した “時間順序保護仮説” は
間違っていたのでしょうか……」
一瞬、困ったような貌で
とても難しい学説の話を持ちかけられ
わたしも困ってしまいます
「何のことはない……
何故私が車椅子にも乗らず
君と口頭で話ができるのかと云うことですよ」
ニッコリと魅力的な微笑みで……
それはそれは、素敵な御貌で
『では、改めて……切符を拝見して入鋏致します』
“ケンブリッジ ➡︎ 事象の地平面”
『どうぞ、良き旅を!』
2018年3月14日……検札、入鋏
列車は、レテの大河を超えました
その進路には、見ているだけで楽しくなりそうな数式の海
一つ一つの意味が解らなくても、何かの事象を明確にする数式は
私の目にも、とてもきらびやかに映っています
ーーーーーふぉぉぉぉおおおお〜っ……
遠くから聞こえるそれは、別れの汽笛……
ゆったりとした曲線を描き、尾灯が遠ざかって逝きます……
その列車の前方には
広大なる星空
お客様の目には
事象の母たる宇宙が
見えているのでしょうか……
『発車、命時』
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