第1話 片田舎の名誉駅長
「お嬢ぢゃん、頑張ってるわねぇ」
桜の花が咲き乱れる夜
そのお客様はいらっしゃいました
ここの改札を通る方は
人のみでは御座いません
青い制帽を被ったこのお客様もそう
「最終電車さ見送ってがら来だのよぉ……
遅い時間にごめんなぁ」
柔らかな福島方言が魅力的な老猫さんです
『いえ、一向に構いません』
「身体もおごせねぇでぇ……
情げねぇ終電のお見送りになっちまったよぉ」
ご自身の足で立ってお見送りが出来ず
それが唯一の御未練……だったのでしょうね
グレーに黒色の長毛の老猫は
目を細めて背後を振り返りました
泪を零し悲しみに震えながら
彼女を見送る人たち……
彼らの嗚咽が、小さな駅舎に響いています
お客様が愛した古い木製の駅舎
其処には、愛用の小さなベッド
木製のベンチに置かれた座布団
遊んだであろう縫いぐるみが置かれてあります
『……本当に御立派でございました』
貴女は “ぽっぽ屋” として生きてきました
7子の母親でありながら
たくさんの人々を出迎え癒し
たくさんの本数の列車を出発させ見送った
そうして、貴女が大切に見送ったお客様達が……
貴女の姿を思い出とし
家へと帰って行けたのです
17年もの “ぽっぽ屋” としての歳月は
もはや、暦鎖と申せましょう
その猫生は……大変であられたとお察ししますが……
少し白くなった口元を微笑ませて
ゴロゴロと貴女は答えて下さいました
「まんぞぐしてる……うんとたのしかっだぁ」
『お疲れ様でございました……先輩』
定年退職を選ばなかった貴女へ
全ての猫生を “ぽっぽ屋” に捧げた貴女へ
同業部下である私は……
最敬礼で猫生の終焉をお祝い申し上げます
『これから何方へ?』
彼女の持っていた切符の行き先は
“芦ノ牧温泉駅←(途中下車有効)→神界”
異例中の異例である往復切符でした
眩暈がする思いです
既に神様に認められていたのですから
「なんだがねぇ……
生ぎでるうぢがら神社さ建ででぐれだがらがなぁ
折角だし、猫神様の元で有給消化しでぐるんだぁ」
微笑みながら彼女は
星の美しい空の彼方を見つめて仰いました
『行ってらっしゃいませ
どうぞ良い旅をお楽しみください』
敬礼すると
優しい笑顔の返礼がありました
2016年4月22日……検札、入鋏
貴女が愛した副駅長さんの音には及びませんが
わたしのホイッスルでお見送り申し上げます
フィーールルルルッ!
『側灯、滅!』
プァアアアン!
警笛一声、乗客一名……否、一猫を乗せ
列車のエンジンが高鳴り
ゴトッ……ゴトン…ゴトン……
車輪が大切な乗客を乗せて回り出しました
2両編成の列車がホーム先端を通過
入線信号の音が止みます
『通過よし、進路よし』
小さくなっていく列車の姿……
そして尾灯を見送ります
可愛らしい赤地に緑線の列車が
細く黒い煙を上げながら遠ざかって行きます
その進行方向には
宵闇に黒々と浮かぶ会津の
美しい山々の稜線が……
『発車、命時』
お読みいただきましてありがとうございます。
非電化列車の魅力を出すのが難しいなぁ……
魂振鐵道運行規則によるご注意を申し上げます。
「お客様」の生前の御名前にピンと来られた方でも、コメント欄を始めとした場所に記載しないようにお願い申し上げます。
「お客様」の安らかな旅のお邪魔になってしまいます……