序話 猫の見る風景
ー登場人物ー
駅長:『お客様』の前には決して姿を現すことがない。魂振鉄道の管理者。白猫駅員からは「女性騎士」と呼ばれる。
駅員:短毛の白猫。検札、列車の発車業務担当。
ちょっとしたトラブルから“忘却の大河”に落ち、少量ながらも河の水を飲んでしまった為、駅員になった以前の記憶が無い。
お客様:いろいろな方が描かれます……貴方がこの立場にならない事を心からお祈りしています。
「……貴女の落し物はこれかしら?」
気高い女性騎士は、ずぶ濡れになりながらも
わたしの大切な物を拾い上げて下さいました
淡い蒼に輝く“石”
何故わたしがこの石を持っていたのでしょう
わかりません
ただ、この石が
とても大事なものだ、とだけ
それだけは知っています
「貴女はその石を転がして戯れて
そのまま河に落ちたのです」
その話をして下さった貴女が
とても御立腹だったのを覚えています
河……レテの大河、忘却の河とも
呼ばれる河なのだそうです
その河の水を飲むと
生前の記憶を喪う……のだそうです
その後
石の中がわたしの住まいとなりました
哀しみが凝縮したような淡く透明な
蒼色の壁、床、天井……
全てがその色なのです
でも、ここに居ると……
わたしの心はとても安らぐのです
わたしは独りではありません
沢山の方と此処でお会いできるので
その方々は、
別の駅でお乗りになり、ここで降りられた方
それから……
これから旅立たれるお客様
お客様を乗せたバスが
どこからともなく来ると
哀しい淡い蒼色が変化します
生き生きとした色になり
駅舎をはじめとした
様々なものを描きだすのです
蒼の世界自体が変化するのです
お客様の思い出深い場所へと
……夢に描いていた場所へと
お客様は駅舎の中で
想い想いの時間を過ごされます
心ゆくまで時間を楽しまれたお客様は
満足されると
わたしに切符をお見せ下さいます
わたしの胸が……キュッとなる時です
例外はございますが
切符が示す行き先は
・
・
・
此処には戻ってこない片道の旅
切符を拝見し、入鋏します
入鋏すると改札口をくぐり……
程なくして入線する列車にご案内します
本当に極めて稀に
例外もございます
入鋏して
列車も入線したのに
何か閃いて
忘れものをした……とお還りになる方
一度切符に入鋏してまうと
手続きも大変だし
本当に困るのですけれど
実は、こんな例外が嬉しいのです
またお会いできる可能性がございますから
ホームに出ると、いよいよお別れの時
黄色の線を越え
列車に乗り込んでしまったら
もう……こちらへは戻れません
もう……如何なる手続きも通用しません
万感の思いで
ホイッスルを吹き
最後のお別れを申し上げます
警笛一声
発車した列車が滑るように
最後尾がホームの先端を通過
『通過よし……進路よし』
高々と浮上した列車は
様々な光跡を描いて遠ざかっていきます
お客様の
長くうねる人生を思い描くように
客車最後尾に輝く紅の灯が遠ざかっていきます
列車の前方に見える景色は如何なるものでしょうか……
『発車、命時』
お読みくださいましてありがとうございます。
今後、どのような物語がつづられて行くのでしょうか……
ご期待頂ければ幸いです。