表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

もう遅いと言われた男の話

作者: 曲尾 仁庵

 魔王と呼ばれる存在が、瘴気渦巻く死の谷に宮殿を築き、魔物の軍勢を率いて世界を侵略し始めたのはおよそ一年前のことだった。魔王軍は各国の軍を次々に撃破し、侵略開始からわずか半年で世界の半分を手中に収めた。しかし人類も座して死を待つわけではない。当初はいがみ合い、主導権争いに終始していた各国はやがて連帯し、一丸となって魔王軍に対抗する。短期間に急速に版図を広げた魔王軍は各地の支配体制の構築に手こずり、戦いは膠着した。前線で両軍がにらみ合いを続ける中、一人の男の登場が歴史を動かし始める。その男はやがて勇者と呼ばれ、人類の希望を背負う存在へと成長していく。深い絆で結ばれた三人と一匹の仲間を得て、勇者は今、魔王の宮殿に向かう旅の途上にあった。




「戦士よ。今日をもってお前をパーティから追放する」


 死の谷へと続く道の途中、紫毒の沼地と呼ばれる湿地帯の入り口で、勇者は戦士にそう告げた。戦士の顔は突然の勇者の宣告に血の気を失い、信じられないものを見るように勇者を見つめる。勇者は冷酷なまでの無表情で戦士を見返していた。


 戦士は勇者と同郷の幼馴染で、旅の当初から苦楽を共にしてきた。勇者と違い魔法の才はなかったが、それを補う腕力と頑健さで、時に勇者の槍となり時に勇者の盾となる、頼れる男だった。そしてそれ以上に、その明るくお調子者の性格は、勇者の旅の苦難の救いとなっていた。勇者と戦士は互いの背を守り、笑い、泣き、ともに成長しながら旅を続けていた。二人の間には揺るがぬ絆があった。少なくとも戦士はそう信じていた。今、この瞬間までは。


「なぜだ!?」


 戦士が勇者に詰め寄る。勇者が冷笑を浮かべた。


「お前が魔法も使えない無能の役立たずだからだ」


 戦士がハッと息を飲む。勇者は嘲りの目で言葉を続けた。


「魔王の宮殿に近付くにつれて、物理が効かない敵も増えた。自分でも気づいているんじゃないか? 最近のお前は身を守るばかりで、何の役にも立ってないってことに」


 戦士は目を伏せ、唇を噛む。心当たりがあるということだろう。勇者は唇の端を歪ませた。


「お前はもう用済みだ。お前程度でも必要とされる場所を探すといい。そんなものがあれば、の話だがな」

「う、うおおおぉぉぉぉおおーーーーーっ!!」


 戦士が怒りのままに勇者に飛び掛かった。しかし勇者は軽く身を躱すと、足を引っかけて戦士を転ばせる。戦士は派手に地面に激突し、その顔は泥にまみれた。勇者は素早く剣を抜くと、戦士の顔の真横に突き立てる。


「肉弾戦でも俺に勝てないようじゃ、お前がいる意味なんてないだろう?」


 勇者はクククと笑うと、地面から剣を抜いて鞘に納める。戦士がこぶしを握り締めた。


「さよなら、相棒。俺が強くなるまでのつなぎとしては、お前は充分役に立ったよ」


 勇者はそう吐き捨て、戦士をその場に残して去って行く。地面に横たわったまま、戦士は屈辱の涙と共に憤りを叫んだ。その声は長く尾を曳き、紫毒の沼地に響き渡る。勇者が戦士を振り返ることはなかった。




「魔法使いよ。今日をもってお前をパーティから追放する」


 紫毒の沼地を越え、かどわかしの森という名の深い森の入り口で、勇者は魔法使いにそう告げた。魔法使いの顔は突然の勇者の宣告に紅潮し、不満と怒りの眼差しを勇者に向ける。勇者は冷酷なまでの無表情で魔法使いを見返していた。


 魔法使いは勇者の故郷にほど近い都市に住む、魔法学院の生徒だった。創設以来の才媛と呼ばれた彼女は、自らの力に驕り、近隣の村を脅かす魔物を退治するため単身で魔物の巣へと向かった。村でそのことを知った勇者たちは救援に向かい、魔力が尽きて為す術なく座り込んでいた彼女を無事救出した。魔法使いは自己の驕慢を恥じ、命の恩を返すべく勇者一行に加わることを申し出た。プライドが高く、常に前向きで、意外に情に厚く、やや無茶をしがちな彼女は、トラブルメーカーであると同時に、勇者の迷いを払いその背を押す存在になっていく。二人の間には揺るがぬ絆があった。少なくとも魔法使いはそう信じていた。今、この瞬間までは。


「どうして!?」


 魔法使いが勇者に詰め寄る。勇者が冷笑を浮かべた。


「お前が大した魔法も使えない無能の役立たずだからだ」


 魔法使いがハッと息を飲む。勇者は嘲りの目で言葉を続けた。


「魔王の宮殿に近付くにつれて、魔法に耐性のある敵も増えた。自分でも気づいているんじゃないか? お前の魔法じゃ魔物を仕留められないってことに」


 魔法使いは目を伏せ、唇を噛む。心当たりがあるということだろう。勇者は唇の端を歪ませた。


「お前はもう用済みだ。お前程度でも必要とされる場所を探すといい。そんなものがあれば、の話だがな」

「……私の魔法が役立たずかどうか、試してみればいい!」


 魔法使いの身体を魔力の淡い光が包む。勇者が面白そうにそれを見つめた。力ある言葉と共に魔法使いが雷撃を放つ!


「はぁっ!」


 裂ぱくの気合と共に、勇者は雷撃を斬り払った。パリパリと音を立て、雷撃が大気に散る。魔法使いが呆然と勇者を見つめた。


「魔法で俺に傷一つ付けられないようじゃ、お前がいる意味なんてないだろう?」


 勇者はクククと笑うと、魔法使いに背を向けて歩き始める。魔法使いが奥歯を強く噛んだ。


「さよなら、天才さん。雑魚を一掃するぶんには、お前は充分役に立ったよ」


 侮るようにひらひらを手を振り、勇者は去って行った。声を上げぬよう必死に口を結ぶ魔法使いの目から、抑えられぬ悔し涙がこぼれた。勇者が魔法使いを振り返ることはなかった。




「僧侶よ。今日をもってお前をパーティから追放する」


 かどわかしの森を抜け、冥魔の洞窟という名の迷宮の入り口で、勇者は僧侶にそう告げた。僧侶の顔は突然の勇者の宣告にも動揺せず、ただ悲しげに勇者を見る。勇者は冷酷なまでの無表情で僧侶を見返していた。


 僧侶は神都と呼ばれる教会の聖地で生まれ、聖女として大切に、あるいは厳重な監視下で育てられた娘だった。聖女はその身に神を降ろすことであらゆる奇跡をこの世に顕現する、いわば教会の切り札であった。魔王軍の手が神都に及んだとき、大司教は『神降ろし』を決断する。しかし本来神にしか為し得ぬ奇跡は、その代償に聖女の命を要求するものだった。勇者は儀式に乱入して僧侶を救うと、神都を襲う魔物をも駆逐して場を治めた。面目を潰された教会は秘密裏に勇者の暗殺を企てる。そのたくらみに気付いた僧侶は勇者に危険を知らせ、そのまま魔王討伐への同行を申し出た。穏やかで慈愛に満ち、しかし芯が強く、悪を許さぬその正しさは、勇者に確かな指針を与えることとなった。二人の間には揺るがぬ絆があった。少なくとも僧侶はそう信じていた。今、この瞬間までは。


「……なぜ?」


 僧侶が静かに問う。勇者が冷笑を浮かべた。


「お前が自分の身も守れない無能の役立たずだからだ」


 僧侶は悲しげな表情を変えない。勇者は嘲りの目で言葉を続けた。


「魔王の宮殿に近付くにつれて、敵の攻撃は激しさを増している。自分でも気づいているんじゃないか? お前が俺の足を引っ張っているだけだってことに」


 僧侶は小さく首を横に振る。


「皆を追放し、たった一人で、いったい何をしようというのですか?」


 勇者は不快そうに鼻を鳴らした。


「うぬぼれるなよ。お前たちがいようといまいと、俺にとっては何の違いもない。だが、そうだな……」


 勇者は何かに気付いたように、にやりと嫌な笑いを浮かべると、僧侶に近付く。右手で顎を持ち上げ、無理やりに上を向かせると、勇者は小柄な僧侶の目を上から覗き込んだ。


「夜に俺の隣で子守唄でも歌ってくれると言うなら、側に置いてやってもいい。戦いには何の役にも立たないが、お前の白くすべらかな肌にはその価値がある」


――パシィッ


 僧侶の手が勇者の頬を打つ。その顔は屈辱に紅潮し、目には涙が滲んでいた。


「おお、痛い」


 勇者がおどけた様子で僧侶から距離を取る。そしてつまらなさそうに彼女を一瞥すると、冷淡な声音で言った。


「お前はもう用済みだ。お前程度でも必要とされる場所を探すといい。そんなものがあれば、の話だがな」


 僧侶が無言で唇を噛む。勇者は僧侶に背を向けると、


「さよなら、聖女様。俺がまだ弱かったころに命を助けてくれたことには、感謝してるよ」


 嘲りと共に去って行った。僧侶が固く目を閉じる。その目から一筋の涙がこぼれた。やがて僧侶は膝をつき、両手で顔を覆って泣き始めた。その泣き声を背に受けても、勇者が彼女を振り返ることはなかった。




「ねぇ、旦那。そろそろ教えちゃくれませんかね」


 冥魔の洞窟を踏破し、いよいよ魔王の宮殿がある死の谷の入り口に差し掛かった勇者は、焚火を挟んで一匹の妖魔と向かい合っていた。蝙蝠の羽根を持ち、丸みを帯びたその形状は、妖魔であるにもかかわらずどこか憎めない愛嬌を持っている。勇者は重たいものを持ち上げるようにゆっくりと顔を上げた。


「何をだ?」

「とぼけないでくだせぇ。苦楽を共にしたお仲間を、片っ端から追放した理由ですよ」


 ああ、とつぶやき、勇者はぼんやりと焚火の炎を見つめた。


 妖魔はもともと、魔王軍に属する末端の兵士だった。勇者に遭遇し、戦い、敗北し、命乞いをして、命を拾った。次から次へと口から飛び出す言い訳の嵐に、勇者は根負けし、あるいは呆れたのだ。逃がしてやるからどこにでも行け、という勇者に、変なところで義理堅いこの妖魔は感激し、恩を返すと言い張って強引に一行に加わった。妖魔は戦いに関してはまるで役に立たなかったが、勇者たちにとって役に立つ能力をひとつだけ持っていた。それは『伝達』の力。妖魔はどれほど離れた場所であっても、勇者の言葉を仲間たちに伝える力を持っていた。その力は乱戦の中でも勇者たちの連携を可能にし、様々な場面で勇者たちを助けた。裏方として、妖魔は勇者たちを支えていたのだ。


「……魔王を倒した後の世界のことを、考えたことがあるか?」


 勇者は炎を見つめたまま、独り言のようにつぶやく。


「そんなの、考えたこともありやせんねぇ」


 妖魔はのんきに答えた。勇者はかすかに苦笑いを浮かべる。


「魔王を倒した後、人はおそらく三つに分裂して争い始める。騎士団を擁する王侯貴族、魔法で魔物たちを退け権勢を増した魔法学院、魔王軍の侵略で荒廃した地方で勢力を伸ばす教会の三つ巴だ。魔王という脅威を前に表向き手を結んでいるが、実際には今でも裏で暗闘を繰り広げているような奴らさ。魔王がいなくなればその争いは表面化し、今よりもっと悲惨な戦禍が世界を覆うだろう。人間同士の戦は、魔物との戦よりはるかに酷いもんだ」

「それとお仲間を追放したことと、何か関係が?」


 妖魔は難しい顔で眉を寄せた。勇者は淡々と言葉を続ける。


「魔王軍との戦いは、ある意味で単純だ。魔王を倒せばそれで終わる。だが、人の争いは力ずくってわけにいかない。相手を皆殺しにするわけにはいかないからな。だから、魔王後の世界には、争いを鎮める誰かがいてくれないと困るんだよ」

「それが、あの三人だと?」


 勇者は小さくうなずいた。


「戦士はどこかに仕官するだろう。魔法使いは学院に、僧侶は聖地に帰るはずだ。それぞれの場所にあいつらが居れば、くだらない争いを必ず食い止めてくれる」

「そんなまだるっこしいことしねぇでも、皆で魔王様を倒してから、旦那がビシッと言ってやりゃいいじゃねぇですか。魔王を倒した勇者の言葉だ。誰も文句は言えねぇ」


 納得できない妖魔の声に、勇者は首を横に振った。


「それじゃ魔王が勇者に変わっただけだ。表面上は従う振りをして、腹の中に不満を溜め込む。俺が死んだらやはり互いに争い始めるだろうよ。必要なのはカリスマじゃない。利害を調整して決定的な衝突を回避するシステムなのさ。『魔王を倒した英雄』は声が大きすぎて、システムの構築には邪魔なだけだ」

「何だか難しすぎてあっしにゃよくわからねぇが……」


 妖魔は渋面で小さく唸ると、勇者の顔を見てニカッと笑った。


「旦那は、あの三人を信じていなさるんですね」


 どこか生気のなかった勇者の瞳が誇らしげに輝く。


「当たり前だ。この俺の仲間だぞ? 役立たずがいるはずがない」


 あまりに素直な物言いに、妖魔は思わず吹き出した。勇者もまた声を上げて笑った。薪が弾け、パチパチと音を立てる。炎が揺らめき、勇者と妖魔の影を地面に浮かび上がらせた。死の谷から見上げる空に星はない。勇者はぽつりとつぶやいた。


「……だから、死なせるわけにいかないのさ」


 妖魔が笑いを収め、じっと勇者を見つめる。そして殊更に声を張り上げた。


「ま、旦那にゃあっしがついてまさぁ。魔王様のところまでしっかりお供させていただきますんで、どうぞ何でも頼っておくんなせぇ!」


 妖魔が胸を張り、自らの拳でドンと叩いた。勇者は微笑む。少しだけ、寂しげに。


「……どうして、こんな話をお前にしたと思う?」

「はい?」


 妖魔が訝しげな視線を勇者に向けた。勇者は妖魔に向かって手をかざす。


「お前とはここで、お別れだからだよ」


 妖魔の足元から光の柱が立ち上る。柱は妖魔を取り囲み、あっという間に檻を形作った。勇者が意地の悪い笑顔で言った。


「妖魔よ。今日をもってお前をパーティから追放する。……ま、実際は追放じゃなくて封印だけどな」

「ま、待ってくれ旦那! なんで!?」


 妖魔が光の檻の柱を掴み、勇者に向かって叫んだ。勇者はあいまいな表情を浮かべる。


「死なせるわけにいかないと言ったろう? お前だって俺の仲間だ」

「だ、ダメだ旦那っ! 誰を追放したっていい! 一緒にいるのがあっしじゃなくても構わねぇ! だけど、独りはダメだ! 独りじゃきっと、魔王様には勝てない!」

「魔王に勝つのは簡単だ。生きて帰るつもりがないならな」


 妖魔が目を見開き、言葉を失う。勇者はごまかすように笑った。


「安心しろ。十年もすれば封印は自然に解ける。十年なんて、お前たちにはあっという間だろう?」


 勇者がかざした手をゆっくりと閉じる。その動きに合わせて光の檻が小さくなっていく。檻の中にいる妖魔も、檻が小さくなる比率と同じに小さくなっていった。


「ダメだ! ここから出せ、出してくれ! あんたが死んでどうすんだ! あんたのいない世界に、いったい何の意味があるってんだ! 旦那ぁ!!」


 勇者が完全にその手を閉じ、光の檻は手のひらに載るほどの大きさになった。檻の中では妖魔が何か言っているようだったが、もはやその声は聞き取れないほど小さいものだった。やがて檻は輝きを失い、卵のように滑らかな形状の石に変じた。勇者は死の谷の壁面に穴を穿つと、宝を隠すようにその石を安置した。重い荷を下ろした安堵を浮かべ、勇者は独り言ちる。


「魔王後の世界に勇者はいらない。死ぬのは、俺だけでいい」




 谷間を風が渡り、悲鳴のような音を立てる。生きる者の気配のない谷底で、勇者は魔王と対峙していた。剣の柄に手を掛け、勇者は魔王に言った。


「お出迎えとは驚いたぜ。魔王ってのは玉座で勇者を待つものだと思ってたよ」


 魔王は勇者の軽口に眉をひそめる。


「城で暴れられてはかなわぬ。それに――」


 魔王はやや声のトーンを落とした。


「――無駄な犠牲を出す必要はあるまい」


 勇者は意外そうに目を見張る。そして「そうだな」とうなずいた。


「仲間はどうした? 勇者のパーティは四人と一匹と聞いたが」


 世間話のように魔王が問う。勇者はその問いに答えず、別の問いを返した。


「そっちこそ、王のくせに独りじゃないか」


 勇者と魔王の視線が交錯する。ふと、ふたりが同時に笑った。


「俺が勝てば人間の勝ち」

「私が勝てば魔物の勝ち」


 勇者が剣を抜いた。魔王の魔力が凝集し、漆黒の大剣となって現れる。


「始めようか」


 宣言し、勇者が魔王に向かってゆっくりと一歩を踏み出し――


「ちょっと待った!」


 背後から聞こえた、憶えのあるありえない制止の声に、勇者は思わず後ろを振り返った。




「どう、して……?」


 勇者は魔王がいることも忘れたように、突然現れた乱入者を呆然と見つめる。その視線の先には、訣別したはずの戦士、魔法使い、僧侶、そして封印したはずの妖魔の姿があった。妖魔はどこか得意げな顔を勇者に向けた。


「ざまぁねぇぜ旦那。あんたはあっしの能力をまるで忘れてる。あっしの能力は『伝達』。どんなに離れた場所にいても、旦那の言葉をお仲間に伝えるのがあっしの役目だ」


 勇者はハッと息を飲む。


「まさか、あのとき……!」


 死の谷の入り口、妖魔が勇者に追放の理由を問うた時、妖魔は三人に勇者の言葉を伝達していたのだ。勇者の真意を知った三人は死の谷に駆け付け、妖魔の封印を解き、そして今、ここにいる。


「くだらねぇ気を回してんじゃねぇぞこの大馬鹿野郎が!」


 戦士が怒りを込めて大声で叫ぶ。


「私たちが簡単に死ぬと思ったの? まったくもって心外だわ!」


 魔法使いが静かな怒りを込めた視線で勇者を射抜いた。


「まして自分は魔王と刺し違えるつもりだなんて、愚かにも程があります」


 呆れた表情で僧侶は勇者を見つめた。その目はかすかにうるんでいる。


「死なせるわけにいかないなんてなぁ、そんなのこっちの台詞なんだよ!」

「私たちがあなたのことを何とも思っていないと、本当にそう思っていたの!?」

「あなたを失ってしまったら、世界が救われても意味がないじゃありませんか!」


 三人は勇者にそれぞれの想いをぶつける。言葉もなく呆然とそれを聞く勇者に、三人は挑むような鋭い眼差しを向け、そして言った。


『今さら帰れなんて言われても、もう遅い!!』


「俺たちはもう、来ちまったんだからな!」


 戦士の言葉に魔法使いと僧侶が大きくうなずく。妖魔が楽しげにケケケと笑った。


「諦めなよ旦那。あっしらは皆、あんたのことが大好きなんだからさ」


 妖魔の言葉に勇者は脱力したように吹き出した。三人と一匹は勇者に駆け寄る。ずっと彼らを見ていた魔王は、どこかがっかりしたように勇者に言った。


「なんだ。結局、仲間がいるのではないか」


 勇者は魔王を振り返り、楽しそうに笑って言った。


「いるさ。どんな時だって信じられる、最っ高のバカどもがな」


 勇者たちが魔王に向かい、各々の武器を構える。その姿は自信に溢れ、負けることなどみじんも考えていないようだった。魔王は表情を消し、漆黒の大剣を構える。


「数が増えたところで同じことだ。私ひとりで何の問題も――」

「まおうさまぁーーーっ!!」


 言葉を遮られ、魔王は思わず背後を振り返る。大勢が地を踏み鳴らす音が地鳴りのように聞こえてきた。現れたのは魔物の群れ。魔王の配下の魔物たちだった。


「我々も一緒に戦わせてください!」

「魔王様に比べれば何の力もないけれど!」

「魔王様と一緒に戦いたいのです! お役に立ちたいのです!!」


 魔王は魔物たちを戸惑いと共に見つめた。魔物たちは強い決意をみなぎらせている。その様子を見た勇者は、魔王の背に声を掛けた。


「……どうやら俺たちは、似た者同士らしいな」


 魔王は勇者に身体を向け、苦笑しながらうなずく。


「大バカだ、というところまで、そっくりだ」


 勇者がおかしそうに吹き出した。魔王もまた笑い始める。戸惑う魔物たちや勇者の仲間たちを横目に、ふたりは大きな声で笑った。ひとしきり笑い終え、勇者は魔王に言った。


「俺たちは、戦う必要などないのかもな」

「……だが、人と魔物は古来よりの仇敵。ずっと相争ってきた過去がある」


 魔王が首を横に振る。しかし勇者はまっすぐに魔王を見据えた。その瞳に迷いはない。


「だったら、今、変えればいい。歴史上初めて、人間と和解した魔王になればいい。俺も初めて魔王と手を携えた勇者になろう。過去で未来を縛る必要はない。未来はいくらでも変えればいい。正しい方に。善い方に」


 魔王は勇者の目をじっと見つめ返すと、小さく「そうだな」とつぶやいた。そして漆黒の大剣を捨て、右手を勇者に差し出した。


「一度だけ信じよう。お前を。人を」

「ありがとう」


 勇者は剣を地面に放り、差し出された手をしっかりと握った。


 こうして人と魔物はその血みどろの歴史に終止符を打ち、和解と共存の道を歩み始めることとなった。その道にはまだ数多の困難が待ち受けていた。しかしこの日を境に、いたずらに命が失われることはなくなったのだという。もう遅いと言われた勇者は、歴史上初めて魔王を倒さなかった勇者となり、歴史の最後の勇者となり、そして歴史上もっとも偉大な勇者としてその名を刻んだのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最高でした。。 題名でざまあかと思いきや、中盤では切なくも美しい話で泣けましたが、最後にはハッピーエンドになり、とても感動しました!! 読み終わったときに心が温かくなりました(*´︶`*…
[一言] 魔王雄と勇者雄が結婚するんですね分かります
[一言] 全オレが泣いた!! 追放二人めから勇者の思惑に気付いたけど、まさか魔王までとは 妖魔の能力から仲間に伝わってるのは気付いてたけど、まさか駆け付けるとは そして決め台詞 良い意味で予想を裏…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ