安心
沙織は1~2分程度、気絶はしていたが、救急隊員が来る頃には目を覚ましていた。
特に外見は変わっておらず、苦しんでいる様子もなかった。
念のため救急車で病院に運ばれ、検査を受けたが、晴美の言うとおり何も見つからなかった。
救急隊員から連絡をもらって病院に来ていた誠は、別状はないことを聞き、とりあえず沙織とともに、自宅に戻ることにした。
家に帰ると沙織は、恋愛のことは隠しつつ、事情を説明した。
すると誠は携帯を手にし、晴美に電話を始めた。
「――くそっ! あいつ電話に出ない」
強い口調で、怒りを露わにし、部屋をウロウロと歩きまわる。
「ちょっと、あいつのアパート行ってくる」
誠は携帯を片手に、家を出た。
外灯が灯る夜道を夢中で走っていく。
晴美のアパートに着くと、息を切らせながら、インターホンを押した。
反応はなく、部屋の電気は消えていて、人の気配もしない。
だが誠はもう一度、インターホンを押した。
待っている間、腰に両手をあて、貧乏揺すりをしている姿から、イライラしているのが見て取れる。
しばらくしても、晴美が出てくる様子は無かった。
取っ手に手をかけ、引いてみるが、鍵が閉まっている。
「くそっ! 一旦、戻るか」
帰る間も誠は、しつこく晴美に電話をしていたが、出る様子はなかった。
家に戻り、ダイニングに入ると、椅子に座っていた沙織が立ち上がる。
「お帰り。どうだった?」
「ただいま。居なかった」
「そうよね……」
「警察に被害届を出そう」
「えっ、そこまでしなくても……」
「なに悠長なこと言っているんだよ! 殺されかけているんだぞ!」
誠が怒鳴ると、沙織が困ったように眉を顰める。
「そりゃ、そうだけど……原因は私にもある訳だし」
「あ? どういう事だよ?」
威圧するかのような誠の返事に、沙織は一瞬、ハッとした表情を浮かべるが、すぐに表情を戻した。
「うぅん、何でもない。私は元に戻れば、それで良いから、そこまでする必要ないわよ。あんまり追い込んで、自殺されても後味悪いし……」
「――分かったよ」
誠はまだ納得いかない様子だったが、そう返答した。
「俺、ちょくちょく晴美のアパートに行ってみるわ」
「分かった。無理はしないでね? 明日は講義あるんでしょ?」
「あ、あぁ……」
不安そうな顔を浮かべている誠に沙織は近づく。
頭をポンポンと叩くと、髪を撫でた。
「大丈夫。見ての通り何ともないから。薬のことはその間、調べておく」
「分かった。何かあったら、講義中でも抜けだしてくるから、遠慮なく電話してくれ」
「うん!」
沙織の笑顔をみて、誠は心配掛けまいと思ったのか、複雑な表情をしつつも、微笑んだ。
※※※
次の日
誠は朝から落ち着かない様子で、晴美が住んで居たアパートに行っていた。
インターホンを鳴らし、様子を見る。
ドアに手を掛け、引いてみるが、閉まったままだった。
誠は周りに配慮してか、それだけ確かめると、すぐに諦め、帰り道を歩いて行った。
家に着くと、ドアをソッと開け、中に入る。
音が鳴らない様に優しく閉めると、靴を脱ぎ始めた。
廊下を通ってダイニングに入ると、椅子に座る。
そこへ眠たそうにアクビをして、沙織が部屋に入ってきた。
「マコちゃん、おはよー」
誠は沙織の姿をみて、ホッとした表情を浮かべる。
「おはよう」
「昨日、ネットで調べたり、友達に聞いてみたんだけど、何も分からなかったわ」
「俺の方も駄目だった。電話も無ければ、アパートにも居ない」
「そう……そもそも若返り薬なんて存在するのかしら? あれから具合なんて悪くないし、姿だって……あ、しまった。朝から自分の姿をみていない!」
まだ余裕があるのか、それとも沙織の性格なのか、沙織は落ち着いた様子を見せる。
そんな沙織をみて、誠はクスッと笑う。
「沙織さんらしいな。大丈夫、いつもの沙織さんだよ」
「良かった!」
沙織は誠の安心した笑顔を見たからか、二コリと微笑むと、台所の方へと歩いていく。
「いま、ご飯の用意をするわね」
「ありがとう」