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向かう

 理恵は白衣のポケットから白いハンカチを差し出し、舞に差し出す。


「大丈夫?」


 舞は受け取らず、ポロポロと涙を零していく。


「ごめんなさい、大丈夫じゃないです。和也が……和也が癌で危篤だって」


 錯乱しているのか、舞はそう言ったきり、呆然と立ち尽くしている。


「舞ちゃん、しっかりして。病院の名前は覚えている?」

「あ……うん」

「病室は?」


「あぁ……どうしよう。頭が真っ白になって、はっきり覚えてない」

「分かった。とりあえず、今からその病院に送ってあげるから、受付で病室を聞きなさい」

「うん、分かった」


 舞は返事をすると、急いで部屋を出ようとする。


「あ、ちょっと。上着をちゃんと着ないと! 外は寒いわよ」

「あ、そうだった」


 理恵は椅子に掛けてあった舞の灰色のロングコートを手に取る。

 舞に早足で近づくと、差し出した。


「ありがとうございます」


 舞は御礼を言って、理恵から上着を受け取る。

 すぐに羽織ると、前のボタンも留めずに部屋を出た。

 理恵も後に続く。


「あっ」


 舞は廊下を少し進んだ所で、何かを思い出したかのように、急に立ち止まる。

 理恵も、舞を避けて立ち止まった。


「どうしたの?」

「薬……」


 理恵は悲しそうな舞の瞳をみて、舞が何を言いたいのか察したようで、優しく微笑む。


「いいわよ。瓶ごと持っておいで」

「ありがとう……その、若返りの薬もいい?」

「え? でも、わ――」


 理恵は何かを言い掛けるが、すぐに止め、首を縦に振る。


「うん、いいよ」

「ありがとうございます!」


 舞は急いで研究室へと戻る。

 作業台に置いてあった老化薬と、薬品棚に置いてあった若返り薬を回収すると、スカートのポケットに入れた。


 すぐに部屋を出て、玄関へと向かう。

 玄関では理恵が靴を履いて待っていた。


「ごめんなさい。お待たせしました」

「大丈夫よ」


 舞は急いでスニーカーを履くと玄関を出た。


「車の鍵を開けておいたから、先に乗っていて」

「うん」


 理恵は舞が車に向かうのを確認すると、直ぐに外に出て、玄関の鍵を閉めた。

 駆け足で自家用車の白の軽自動車に向かい、乗り込むと、エンジンを掛ける。

 シートベルトをして、舞の方に顔を向けた。


「舞ちゃん。分かっていると思うけど、薬を使うなら必ず、薄めて使いなさい」

「うん」

「それじゃ、行くよ」

「はい」


 車が動き出す。

 舞は祈るように両手をギュっと握っていた。


「和也……お願い、私が行くまで耐えていてね」

 

 ※※※


「あら、雪が降ってきたわね」

 

 理恵はワイパーのレバーを動かす。


「うん……」

 

 舞は不安な表情を浮かべながら返事だけして、それ以上は何も言わなかった。

 数分、車を走らせていると、追い越し禁止の直進道路に出る。

 そこはなぜか、渋滞していた。


「え、何で? いつもはこんな所、渋滞しないのに」


 理恵は驚きの表情をみせ、車を止める。


「ちょっと寒いけど、ごめんね」


 理恵はそう言って車の窓を開けると、顔を出した。

 冷たい風が車内に入ってきても、舞は微動だにせず、一点を見据えていた。

 

「先が見えないわ。もしかして、事故かな……」


 顔を車内に入れると、窓を閉める。

 

「もう! 何でこんな見通しの良い直進道路なのに、事故なんてするかな!」


 理恵が眉間にシワを寄せながら、強い口調でそう言うと、舞はシートベルトを外す。


「理恵さん。私、降りる」

「え?」


 理恵は驚いた表情で、舞の方に顔を向ける。


「こんな調子だったら、いつになるか分からないもん。だったら、走って病院に向かう」

「――分かった。場所は分かる?」

「うん」


 舞は返事をすると、車のドアを開け、外に出た。


「舞ちゃん」


 理恵が呼びとめると、舞は体を理恵の方へと向ける。


「きっと、この事故。スリップ事故だから、路面に気を付けて」

「分かった」

「追い付くようなら、車を停めるから」

「うん。ありがとう」


 舞は御礼を言ってドアを閉めると、真剣な表情で走りだす。

 その走りは一分……いや一秒でも速く和也の元へ辿り着きたい想いが伝わる程の全力疾走だった。

 数秒が経過して、舞の走る速さが、段々と遅くなっていく。


「駄目……もう肺が痛い……」


 舞は呟くと、足を止め、肩で息をする。


「こんな事なら、もっと運動をしておけば良かった」


 後悔を口にしながら、ゆっくりと歩き始める。


「――こんなんじゃ駄目だ。かえって遅くなる。もっと走るペースを考えて進まなきゃ」


 そう言って、また走ろうとグッと地面を蹴ったとき、舞は凍った路面に足を奪われ、態勢を崩す。

 舞は必死に踏み止まり、転ばずに態勢を戻した。


「危なかった……」


 大きく息を吸い込み、吐き出す。


「転んだりして、薬の瓶を割らない様にしなくちゃ……」


 舞はそう呟くと、走る速度を抑え、歩道の状態を見ながら、慎重に走りだした。


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