早く大人になりたい
その日の深夜。
舞はトイレに行きたくて起きたのか、ベッドから起き上がった。
電気も点けず、部屋の中を進むと、ドアノブに手を掛ける。
――だが、ドアを開こうとはしなかった。
「パパとママ、また言い合ってる……」
舞の両親はドアが閉まっていても分かる位の声量で、喧嘩をしていた。
舞はドアに背中を預け、スゥーッと座り込む。
「――トイレ、行きたい……でも二人が喧嘩している所なんて、見たくもない」
舞は足を抱えると、項垂れる。
「和也……舞、早く大人になりたいよ」
舞は切なる願いを口にしてポロポロと、大粒の涙を零していた。
※※※
次の日の夕方。
理恵は公園のジャングルジムで遊んでいる舞を見つけ、ゆっくりと近づいていく。
舞は遊びに夢中で、理恵に気付いていない。
理恵はジャングルジムの下に来ると、上を見上げた。
「舞ちゃん」
優しく声を掛けられ、舞はようやく理恵に気付く。
「あ、理恵さん」
舞はジャングルジムの一番上から、笑顔で手を振った。
理恵も笑顔で手を振る。
「ねぇ、遊んでいる所、悪いんだけど、少し話をしない?」
「うん。舞も丁度、話をしたいと思っていたの。いま下に行くから待っていて」
「分かった」
舞はジャングルジムを降りると、向かい合うように理恵の前に立つ。
「お待たせ」
「ベンチに座って話そうか?」
「うん」
二人はいつもの古びたベンチの前に着くと、ゆっくり座る。
理恵はバッグから缶のオレンジジュースを取り出すと、舞に差し出した。
「ジュース、飲む?」
「うん、ありがとうございます」
舞は御礼を言うと、ジュースを受け取った。
「どう致しまして」
舞は早速、蓋を開けると、飲み始める。
「ねぇ、舞ちゃん。渡した薬、試してみた?」
舞は口に含んだジュースをゴクリッと飲み込む。
「うん、試してみたよ」
舞は缶を両手で握り、暗い面持ちで答えた。
理恵はその表情をみて、悲しげな表情を浮かべる。
「上手くいかなかったの?」
「うーん……どちらかといえば、上手くはいかなかったのかな? でも大きくなった私に、興味がない訳じゃないのは分かった。それだけでも、試してみて良かったと思う」
「そう……」
理恵はその言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべた。
舞は空を見上げ、ゆっくりと流れる雲を見つめる。
「――和也はね、ゆっくり大人になって欲しいって言うの。でも私は早く大人になりたい。興味があるって分かったからこそ、その気持ちが他の女の子にいかないうちに、繋ぎ止めたいの」
舞は真剣な眼差しで自分の気持ちを打ち明ける。
「じゃあ……私と一緒にあの薬、完成させる?」
理恵は舞の気持ちを汲み取るかのようにそう言って、舞の小さな手に、自分の手を乗せた。
「うん!」
舞は理恵の方を向くと、元気よく返事をした。
「でも何をすればいいの?」
「それは私が教えるわ。今度、家にいらっしゃい」
「分かった」
※※※
数日して、舞は理恵と待ち合わせをして、家を訪れる。
理恵の家は、見かけは平凡な一軒家だが、中は研究室が存在した。
部屋は広くはないが、器材が少ないためか、どこに何があるか分かるぐらい、さっぱりしている。
「ごめんなさいね。薬品、臭いでしょ?」
理恵はそう言って、部屋の入口付近にある換気扇のスイッチを押す。
「うぅん、ほとんど臭いしないよ」
「そう? 良かった」
舞は部屋の中に興味があるようで、キョロキョロと辺りを見渡している。
「ここで、あの薬を作ったの?」
「そうよ」
理恵は舞の後ろから近づくと、肩にポンっと手を乗せる。
「見るのは良いけど、勝手に触ったりしないでね。中には強い薬品もあって怪我しちゃうから」
「うん、分かった。ねぇ、理恵さん」
「なに?」
「理恵さんは何をしている人なの?」
「ふふ、薬の研究をしている人」
「へぇー……だから、こんな部屋があるんだ」
「この部屋があるのは、ちょっと違うかな。老化薬を作っているのは趣味なの」
「ろうか薬?」
舞は老化の意味を知らなかったようで、首を傾げる。
「あぁ、舞ちゃんが飲んだ年を取る薬のこと」
「あぁ」
舞は返事をすると、薬品棚を指差す。
「ねぇ、あそこにある綺麗なピンク色の薬は何?」
「あれはね。老化薬の反対の若返り薬」
「へぇ……どうして反対の薬を作っているの?」
「それはどちらかの薬を飲んだ時、急に元に戻りたいってなった時に必要だからよ」
「あぁ、なるほど」
舞はそう言って、両手をポンッと軽く合わせる。
「あれは完成しているの?」
理恵は首を横に振る。
「まだよ。材料が足りなくて、まだ作れていないの。さて、今日はこの辺にして、部屋を出ようか? 美味しいクッキーがあるから、食べて行って」
舞は甘いものに目がないようで、円らの瞳を輝かせ、嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
こうして舞は、一日でも早く薬を完成させたい気持ちを表すかのように、理恵の家に通い詰めるようになった。




