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手紙

 晴美が町を出てから、数ケ月が経つ。


 沙織は朝食の洗い物を終えると、玄関を出て、郵便ポストを覗いていた。

 一通の濃いピンクの封筒があるのを見つけると、取り出し、差出人を確認する。


 その差出人をみて、嬉しそうにニコリと微笑む。

 沙織は封を開けることなく、家の中へと入って行った。


「誠さーん。ちょっと降りてきて」


 沙織は玄関で、二階を見上げながら、誠を呼ぶ。

 少し待っていると、誠が階段を下りてきた。


「なに?」

「手紙が来たわよ」

「手紙? 誰から?」

「自分で見るといいわ」


 沙織はそう言って、封筒を差し出す。

 誠は階段を下り終え、玄関に来ると、封筒を受け取った。


「焦らしてないで、教えてくれればいいのに」

「だって、自分で見た方が嬉しいじゃない」

「嬉しい?」


 誠は封筒の裏の差出人を確認する。


「晴美からじゃないか……」

「ねぇ? 嬉しかったでしょ?」

「あぁ……」

 

 誠は返事をして、居ても経ってもいられないのか、その場で封筒を開けようと、ハートのシールを剥がそうとする。


「この場で開けるの? 自分の部屋に行って開けたら?」


 もしかしたら他人には見られたくないことが、書かれているかもしれない。

 沙織はそう思ったのか、気を遣って誠に提案する。


「あぁ、そうだな。あ、でも沙織さん宛てに何か書かれていたら?」

「それはそれで、後で教えてくれればいいわ。その手紙の宛名はあなた。まずはあなたが、確認しなさい」

「分かった。そうする」


 誠は返事をすると、封筒を持って二階に上がっていく。

 自分の部屋に着くと、机に向かった。

 椅子に座り、封筒のハートのシールを、破れない様に丁寧に剥がし出す。


「あ、そうか。糊付けしてあるのか」


 そう呟くと、机の引き出しを開け、カッタ―を取り出した。

 中身の便箋を切らない様に、封筒を手で押さえながら、丁寧に切っていく。

 その一つ一つの動作から、手紙を大事にしたい気持ちが伝わってくる。


 誠は封筒から、封筒と同じ色の便箋を取り出し、封筒を机の上に置いた。

 綺麗な字で書かれている手紙を見つめ、声を出さずに読み始める。


『誠君へ。 お元気ですか? 私は父の葬儀が終わり、ようやく落ち着きを取り戻し、元気に暮らしております。これで最後にしましょと、自分で言っておきながら、手紙を書いてしまい、申し訳ありません。本当、意志が弱くて困ってしまいますね』


『さて、なぜ行き成り手紙を書こうかと思ったのかというと、誠君から離れ、落ち着きを取り戻したからか、本当のことを打ち明けたいと思ったからです。私は誠君と離れる前に三つの隠し事をして、離れました』


『一つ目の隠し事は、私の本名は佐藤 サヤカということです。そう、あなたとは、あなたが高校時代に出会っていて、アルバイト先でお世話になった者です』


『あの時から、私はあなたに好意を寄せていました。だから私は、歳老いていたら見向きもされないと、若返り薬を手に入れ、谷口晴美として、あなたに近づいたのです。それが二つ目の隠し事です』


『水族館デートの時に、もう会えないと言ったのは、私が父のために元に戻らなければならない状況だったからで、本当の私の姿をあなたに見せたくなかったからなのです。身勝手な理由で、別れを告げてしまい、ごめんなさい』


『最後の隠し事ですが、これを伝えていいものか、本当に迷いました。でもこのまま抱えていたくなかったので、正直に話します』


『実は水族館デートのお昼の時、席を外したあなたのお茶に、老化薬を混ぜました。それ程までにあなたを愛し、少しでも長く側に居たかったのです。安心してください。あの時、ちゃんと思い止まり、そのお茶は私が飲みました』


『私は人に恵まれて来なかった事もあり、人に対して優しくなれない部分がありました』


『でも二人と接していくうちに、少しは変われたようで、お茶を戻そうとしたあの瞬間、あんな事をした私を受け入れてくれた優しい2人に申し訳ないと、確かに思えたから、思い止まることが出来たのです』


『距離を取ったからなのか、それとも年を取ったことによる気持ちの変化なのか、分かりませんが、誠君への想いは落ち着き、今となっては大好きな二人に、幸せになって貰いたい気持ちで、いっぱいです』


『自分の都合で離れた身ですが、もし許して貰えるなら、会って話がしたいです。そして、二人の幸せな笑顔をもう一度、見てみたいです』


『それでは、長くなってしまいましたが、お二人とも御身体に御気をつけてお過ごしください。 晴美(サヤカ)より』


「伝えてくれて、ありがとう」


 誠は優しくそう言うと、手紙を綺麗に折り畳んで封筒に戻した。

 その封筒を机の一番上にソッとしまう。

 椅子から立ち上がると、真っ直ぐ部屋から出た。


 誠が外に出ると、沙織は落ち着かなかったのか、廊下で待っていた。

 誠はニヤリと微笑む。


「晴美ちゃん、何だって?」

「会って話がしたい。あと体に気を付けてくださいって書いてあった」

「そう……」


 誠は沙織に近づき、見つめる。


「どうしたの?」


「前々から思ってはいたんだけど、なかなか言い出すタイミングが難しくて、言えなかった事があるんだ」

「なに?」

「そろそろ結婚を考えないか?」

「え……」


 誠は晴美の力を借りるかのように突然、結婚を申し込む。

 沙織は驚きのあまり、目を丸くして固まっていた。


「もう家族だけど、このままダラダラと、曖昧のまま過ごすのは嫌なんだ。結婚式を挙げて、入籍して、俺は君と夫婦として過ごしたい」


 沙織は嬉しかったようで、両手で口を覆い、目を潤ませている。


「嬉しい……でもね、それは法律上、出来ない事になっているの」

「え……そうなの?」

「うん、だから気持ちだけ受け取って、これからは夫婦のように暮らそうね」

「うん、分かった」

 

 誠は誠実さが伝わるほど、元気な返事をし、大きく頷いた。


 二人はその日、返事の手紙を綴り、晴美に送った。


 数日後。

 晴美は自宅のダイニングで、紺色のパジャマ姿のまま椅子に座り、楓と電話をしていた。


「突然、どうしたの?」

「御礼を言いたくて」

「御礼?」


 晴美は思い当たる節はないようで、首を傾げて、足を組む。


「私、サヤカさんのおかげで、彼氏が出来ました」

「あら良かったじゃない。――でも何で私のおかげ?」

「サヤカさんが若返り薬を分けてくれたから、私は自信が持てたんです。あの時、サヤカさんに出会わなければ、私は年齢に悩んで、動けないままでした」


「あぁ……そういうこと。そんなの無くたってあなたなら、いずれは出来ていたわよ」

「そんな事ないです」


 晴美は素直に御礼を受け入れるのは苦手のようで、困ったように眉を顰め、ポリポリと頬を掻く。


「あなたからはお金を貰っているから気にしなくていいのに」

「私はそれ以上のものを貰いました」


 楓はそう言うとクスッと笑う。


「どうしたの?」

「ごめんなさい。素直じゃないのが相変わらずだなって思いまして。たまには素直に気持ち、受け取ってくださいね」

「素直じゃないと言うか、ただ本音を言っているだけよ? ――まぁ、そこまで言うなら、受け入れるけど」


「はい、そうしてください。では、また電話しますね」

「はい、またね」


 晴美は返事をすると、電話を切った。


「まったく……変わって無いのはあなたも一緒でしょ」


 文句がありそうにそう言いつつも、晴美の表情は何だか嬉しそうだった。

「さて、今日は届いているかな」


 晴美はそう呟くと、玄関に向かう。

 サンダルを履くと、外に出てポストを覗いた。

 手紙を送ってから、すぐに届かないのは知りつつも、晴美はこれが日課になっていた。


「あった」


 白い封筒を手に取り、差出人を確認すると、満面の笑みを浮かべる。

 大事そうに両手で手紙を持ち、家の中へ入ると、玄関でサンダルを脱ぐ。

 電気が点いていない薄暗いダイニングを進むと、窓際へと向かった。


 急いで読みたくて、電気を点けることさえ手間なのか、サッと緑色のカーテンをめくると、 背の高さ以上ある大きな窓に背中を預け、日差しを浴びながら、その手紙を読み始めた。


 日差しの影響からか、その表情はとても温かく、太陽のように明るいように思える。

 

 手紙には、打ち明けてくれた事の感謝の気持ち。

 そして晴美が居なければ、この結末に至らなかった事に対する感謝の気持ちが綴られていた。


「良かった……許して貰えて」


 そう呟くと、ゆっくりと手紙を畳んでいき、封筒を開けると、手紙をしまった。

 手紙が入った封筒をスッと胸の上に持っていき、抱き締めるように両手で抑えつけ、温かい気持ちに浸るかのように天井を見上げると、鼻で深呼吸をする。


 ソッと目を閉じると、目に溜まっていた涙がスゥーッと頬を伝い、零れ落ちた。


 晴美が今、どんな気持ちでいるのか、それは本人にしか分からない。

 でも――。


 若返り薬を使って、あなたを手に入れたい。

 そんな想いから始まったこの物語は、舞の薬に翻弄されながらも、納得いく形で終われたのかもしれない。



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