秘めたる想い
二人は入口で入場料を払うと、水族館の中へと入って行く。
薄暗い部屋の中、鮮やかな水槽の光と、色彩豊かな海の生物達が二人を出迎える。
二人は目を輝かせながら、黙って水槽を見つめていく。
何メートルあるのか分からないぐらいの大きな水槽の前で、晴美は立ち止まる。
誠は晴美の隣で立ち止まった。
「大きいね……まるで海の中に居るみたい」
「ほんとだな」
巨大水槽ではサメやエイ、ウミガメ、そして多種多彩な魚達が、自由気ままに泳いでいる。
自由故に飽きることなく楽しめる幻想的な世界を、二人は吸い込まれるかのように、見つめていた。
しばらくして周りにいた人が次の水槽へと移っていく。
誠は目の前の手すりに手を掛けた。
それに気付いた晴美がスッと、誠の手の甲に自分の手を乗せる。
「誠君」
「なに?」
二人は青く透き通る水槽を見つめながら、会話を始めた。
「実は私……この町を出るの」
「え?」
誠は突然、別れを告げられ、驚きを隠せず目を見開きながら、晴美の方を見る。
晴美は不安で誠の顔を見ることが出来ないのか、悲しげな表情で、水槽を見たままだった。
「いつ?」
「明日」
「何でそんな急に」
「ちょっと時間が無くて」
「時間がない? ――まさか病気とかじゃないよな?」
「うぅん、そういうのじゃないの」
「良かった。じゃあ、またいつか会えるよな?」
晴美は俯き、黙り込む。
誠は心配そうに眉をひそめ、晴美を見つめていた。
しばらくして、気の強そうな晴美が、今にも泣き出しそうな表情で誠の方を向く。
「うぅん、もう会えない」
「どうして? 薬のことを気にしているのか?」
「それもある……それもあるけど、もっと違う理由」
「違う理由って何だよ?」
きっとその先の答えは、晴美にとって触れて欲しくない領域。
晴美が自分から誠をデートに誘うのではなく、沙織にお願いしたのは、真相に踏み込まれたくないという気持ちがあったのかもしれない。
だがその思い空しく、若返り薬を飲んでいる真実を知らない知りたがりの誠は、晴美の触れて欲しくない領域まで踏み込もうとしてくる。
晴美は黙って誠に近づき、誠の胸に顔を埋めた。
「ごめん、あなたには言いたくない。だからそれ以上、聞かないで」
晴美は誠の質問の答えを、濁すことしか出来なかった。
「――分かった。これ以上は聞かない」
「ありがとう……ごめん、しばらくこうしていてくれる? 周りの人に泣いてるって気付かれたくないの」
「分かった」
誠は優しさからか、晴美の顔が周り見えない様に、髪に両手を置き、包み隠した。
「えへへ……何だか落ち着く。まるでお母さんのお腹の中みたい」
「上手いことを言うね」
「本当だよ?」
「分かってるよ」
周りにいる客にチラホラ見られても、二人は気にせず、数分程このままでいた。
「そろそろ、大丈夫だよ」
晴美がそう言うと、誠はスッと手を離した。
「本当はもっと、くっついていたかったけどね」
晴美は照れ臭そうに微笑みながら、手櫛で髪を整える。
「俺の手が疲れちゃう」
「うん、そうだと思った。次に行きましょ」
「あぁ」
二人は順々に水槽を眺めていく。
歩く速さは、最後の一時を噛みしめるかのように、とても遅かった。
水族館内の薄暗い部屋が終わり、売店に出る。
「誠君。少し買い物に付き合ってくれない?」
「あぁ、全然構わないよ」
「やった」
晴美は嬉しそうに、小走りで御土産コーナーに向かっていく。
誠も嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと追いかけた。
「どれにするんだ」
「せっかくだからね。思い出が形として、残るものが良いの。うーん……どれも可愛くて迷うな」
晴美は順々にキーホルダーを眺めていく。
手にとっては戻しを繰り返し、本当に選べない様子だった。
最後にピンクのイルカが付いたキーホルダーを手にする。
「定番と言われるかもだけど、やっぱりこれかな」
「ちょっと貸して」
「うん」
晴美は誠にキーホルダーを渡した。
誠は受け取ると、そのままレジに向かう。
「ちょっと、自分で買うよ」
晴美は誠に駆け寄って、そう言った。
「買ってもらうのも、思い出だろ?」
誠は晴美にそう言うと、レジにキーホルダーを置いた。
会計が済むと、誠は晴美にキーホルダーが入った袋を渡す。
「そんな申し訳なさそうな顔するなよ」
「だって……」
「今日はデートなんだろ? 楽しもうぜ」
「――うん、ありがとう」
晴美は嬉しそうに、誠から袋を受け取った。
早速、中身を開け、ハンドバッグに取り付け始める。
「ちょっとだけ、待っててね」
「うん」
晴美はバッグに取り付け終えると、二コリと笑った。
「ふふふ、良い感じ」
「本当だな。さて、そろそろお昼にしようか?」
「そうね」
二人は肩を並べて歩き出す。
館内にあるレストランを見つけると、中に入った。
店員に案内され、向き合って座る。
「何にする?」
晴美はメニューを開き、誠に聞いた。
「何にするかな」
「せっかくだから、海鮮丼にしない?」
「良いね。他に何か頼む?」
「うぅん、とりあえず大丈夫」
「すみませーん」
「はい、少々お待ちください」
誠が店員を呼ぶと、店員が返事をする。
少しして、店員が御盆に湯呑に入った緑茶とおしぼりを載せて、二人に近づく。
湯呑とおしぼりをテーブルに置き、注文を聞くと、調理場へと歩いて行った。




