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未練

 その日の夜。

 晴美は自分の部屋で、ベージュのカーペットの上に座りながら、例の緑色の薬が入った透明の小瓶を左手に持ち、見つめていた。

 

 薬は半分に分けられており、もう一本の小瓶は机の上に置いてある。


「あれから誠君の事を意識せずに過ごせていたのに、手に入れてしまったらまた、あの頃の気持ちが蘇ってしまった」


 晴美は一人でそう呟く。

 右手で頬杖をかき、左手で小瓶のトップを持ちながら、クルクルと円を描くように混ぜ始めた。


「本当、未練がましいわね……私が付けいる隙なんて、どちらかが愛想を尽かさない限りないのに」


 か細い声でそう言うと、小瓶を持った手を止め、中身のドロドロの液体が止まるまで、ジッと見つめた。


「でも楓ちゃんのことで、二人の関係が荒れたら、どうかしら?」


 良からぬ考えを振り払うかのように首を振る。


「――って、何を考えているんだろ」


 小瓶をコトッと、テーブルの上に置く。

 机の上にあった携帯を手に取ると、誰かに電話を始めた。


「あ、沙織さん。いま大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫よ」


「明日の昼間、家に行っていいですか?」

「いいわよ。何時ぐらいに来る?」


「そうですね……」


 晴美はそう言って、顎に手を当て考え始める。


「一時ぐらいに行きます」

「分かったわ」

「ところで楓ちゃんのこと、誠君から聞きました?」


「えぇ、聞いてみたわ。本人は仕事だけの関係っていうけど、社交的で可愛いって言うから、ちょっと心配になっちゃった」


「確かに社交的で、顔も可愛いですよ。それに積極的だから、お客さんに慕われていました」


 意図的なのか、晴美は沙織が不安になるような事を口にする。


「ちょっと、心配になること言わないでくれる?」

「ごめんなさい。二人なら、大丈夫だと思って」


「そう? まぁ、もう少し何も話さずに、様子を見てみるわ」

「そうですね。では、また明日」

「えぇ、明日ね」


 晴美は電話を切り、テーブルの上に置く。

 顎に手を当て、考える仕草をした。


「それでも二人の動向ぐらいは、探ってみようかしら……」


 今の会話で、自分にも可能性があるかもしれないと感じたようで、晴美の気持ちは少しずつ動き始めていた。


 ※※※


 次の日の朝。

 誠は朝礼が終わると、いつものように製造現場へと向かった。

 

「あれ? 何でこのライン、止まっているんだ?」

 

 不思議に思った誠は、近くにいた製造担当者に近づく。


「すみません。このラインの製造は、まだ予定数量に達していないですよね?」

「え? 俺が見た生産の計画だと終わっているよ」

「え、そんなはずは……まさか!」


 誠は何かに気付いたようで、担当者に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 御礼を言うと、早足で二階にある間接部門フロアへと向かった。

 生産管理課がある部屋に入ると、石田に近づいていく。


「おい、石田」

「何だよ」


 石田はまだ不機嫌なようで、誠にきつく当たる。


「予定数量に達してないのに、製造が止まってるぞ」


 そんなことに構うことなく、誠は話を続ける。


「そんな訳ないだろ?」

「嘘だと思うなら、現場見て来いよ。休み前に俺が指摘したところ、ちゃんと修正したのか?」


 思い当たる節があったのか、石田の顔が青ざめていく。


「やべっ、忘れた」

「やっぱり……まずはお互いの上司に報告だ」

「あぁ」


 二人は互いの上司に報告し、謝罪をした。

 その後の指示を受けると、テキパキと仕事をこなし、何とか仕事を繋ぐことは出来た。

 精神的にクタクタに疲れた二人はその日、顔を合わすことなく、帰宅した。


 ※※※


「ただいま」

 

 誠は家に帰りダイニングに入ると、居間にいた沙織に声を掛けた。

 

「お帰りなさい。今日はいつもより遅かったね」


 沙織が居間の方からダイニングへと移動する。


「あぁ、ちょっと仕事でトラブル」

「そう……ねぇ、誠さん」


 沙織は何か不安なことがあるのだろうか。

 どことなく元気のない声で、誠に話しかける。


「ん?」


 誠は返事をし、疲れた様子で作業着を脱ぎ捨てていく。

 沙織は何かを考えているのか、何も言わずに作業着を拾い上げた。


「うぅん。疲れてそうだし、やめておく」

「そう? 大丈夫だよ」


「大したことじゃないから。それより、お風呂にするの?」

「うん、ゆっくり湯船に浸かりたい」


「分かった。ゆっくり食事の準備するね」

「うん、ありがとう」


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