遊園地
日曜日の朝。
誠と沙織は朝食を食べ終え、コーヒーを飲んでいた。
「ねぇ、沙織さん。誕生日に何が欲しい?」
「そっか、もうすぐ私の誕生日だったわね。歳を取ると、忘れやすくて」
「その姿で言われても」
誠はどこか抜けたような沙織の発言に苦笑いをした。
「そうね……どこかに出かけたいかな」
「どこが良い?」
「日頃行けない場所が良いな……そうだ、遊園地に行きたい」
「遊園地か……行くのはいつにする?」
「そうね……」
沙織はダイニングの壁に掛っているカレンダーを確認した。
「私の誕生日が平日だから……いっそのこと今日にしない?」
「え? 今日?」
「うん。今から準備したって間に合うでしょ?」
「そうだけど、どこにする?」
「近くで良いわよ」
「分かった。じゃあ○○遊園地に行こうか?」
「うん、それで決まり。私、準備してくるね」
「俺も」
「あそこだったら、ラフの恰好でも良いよね」
「大丈夫だよ」
二人は自分たちの部屋に戻り、楽しそうに笑顔を浮かべてながら、服を選びだす。
遊園地の時間を少しでも確保したいのか、早めに服を選ぶと、着替え始めた。
数十分が経ち、階段から二人が降りてくる。
「あら、見事に被ったわね」
デザインは違うものの二人は黒いTシャツに、デニムのジーンズを履いていた。
「変えてくるか?」
「なんでぇー。別に良いじゃない」
「そう? 恥ずかしくない?」
「全然」
「じゃあ、そのまま行こうか」
「うん」
二人は出掛ける準備を済ませ、自家用車の黒のコンパクトカーに乗り込む。
下道を数十分走り、高速を使い、一時間ほど走らせると観覧車が見えてきた。
「ねぇ、誠さん。観覧車が見えてきたよ」
沙織は興奮を隠せない様子で、ニコニコしながら、窓の外を指差した。
誠はチラッと窓の外を確認する。
「本当だね」
更に数分走らせ、目的地の遊園地に到着する。
誠は入場料を払い、チケットを2枚とパンフレットを一枚、受け取った。
「チケットと、パンフレット貸して、私が持ってる」
「分かった。お願い」
沙織は誠からパンフレットと、チケットを受け取ると、白色のハンドバッグにしまった。
二人は肩を並べて歩き出す。
「さーて、何から乗る?」
沙織は遊園地の入口を通ると誠に質問した。
「何からにしようか……」
「観覧車は一番、最後が良い」
「分かった。じゃあ……正面に見えるジェットコースターにしようか?」
「うん」
二人はジェットコースターがある場所へと向かった。
日曜という事もあり、列をなしている。
「どうする?」
「特に急いでいる訳でもないし、並びましょ」
「そうだね」
二人は、ゆったりとした時間を楽しむかのようにそう言うと、最後尾に並んだ。
「ねぇ、あそこに身長制限のパネルがあるよ。沙織さん、大丈夫?」
「あんなに低くないわよ」
二人は行列を苦にすることなく、冗談を交えながら、会話を楽しんでいた。
二人の番になり、ジョットコースターの一番前に乗り込む。
「特等席ね」
「うん。沙織さんは、ジョットコースターは大丈夫の方?」
誠が質問すると、ジリリリリ……と、出発の合図が鳴る。
ガタっとジェットコースターが動き出した。
「うん、割りと平気」
「そう」
二人の体が斜めになり、ゆっくりと上がっていく。
誠はギュッと、安全バーを握った。
「俺は苦手な方なんだ」
「え? そうだったの?」
沙織はそう言うと、誠の左手の甲に右手を乗せた。
「じゃあ、こうしていてあげる」
「ありがとう」
ジェットコースターが頂上に達する。
沙織は嬉しそうに左手を上げた。
ジェットコースターは凄まじい速さで一気に下っていき、蛇行やアップダウンを繰り返す。
誠は目も開けていられない程に怖いのか、目をギュッと瞑っていて、沙織は楽しそうに終始、笑顔で乗っていた。
ジェットコースターを乗り終え、二人は階段を降りていく。
「苦手だったら、何で提案したの? 強がる事なんてないじゃない」
沙織は誠を見ながら、苦笑いを浮かべる。
「強がりじゃなくて、怖かったのは昔だったから、大人になったら大丈夫かと思って」
「あー、そういうことね」
二人は階段を降り終えると、邪魔にならない位置へと移動し、立ち止まる。
沙織はバッグからパンフレットを取り出し、広げた。
「次は何処に行こうか?」
「あっちこっち行っても疲れちゃうから、右か順番に行こうか?」
「そうね」
沙織はパンフレットと折り畳むと、バッグにしまった。
二人は歩きだし、最初はお化け屋敷へと向かった。
お化け屋敷を出ると、次は売店に向かい、ホットドックとフライドポテト、そしてコーラを買い、近くのベンチに座った。
「あのお化け屋敷、卑怯よ」
「何が?」
「怖いって言うより、ビックリさせるだけなんだもん」
「あー、そうだね。沙織さんが引っ付いてきた時は一瞬、びっくりしたよ」
「もう……それは言わないで」
沙織は照れ臭そうに髪を撫でる。
そんな沙織をみて、誠は満足そうに微笑んだ。
「――さて、行こうか?」
「うん」
二人はゴミを抱えて立ち上がる。
そのまま歩き出し、ごみ箱を見つけると、ゴミを捨てた。
二人はメリーゴーランド、ゴーカート、コーヒーカップと、順々に回っていく。
どれを乗っても、二人は笑いが絶えなかった。
コーヒーカップの次は売店に向かい、塩味のポップコーンを一つ購入する。
近くのベンチに座ると、二人でつまみ始めた。
「もう14時30分か」
沙織が腕時計を見ながら呟く。
「楽しかったから、早く感じるな」
「ねぇ」
「これ食べたら、どうする?」
「誠さん、明日仕事だよね?」
「うん」
「じゃあ、そろそろ観覧車にしましょうか?」
「いいの? 俺はまだ大丈夫だけど」
「大丈夫、気にしないで」
「分かった。観覧車乗ったら、御土産買って帰ろうか」
「そうね」
観覧車の乗り場に着き、先に沙織が乗り込む。
続いて誠が乗り込んだ。
係員がドアと鍵を閉めると、お互い向かうようにスッと座る。
観覧車がゆっくり上がっていく。
「マコちゃん、じゃなかった誠さん」
「わざわざ言い直さなくても良いのに」
「だって、あなたとは大人として接していたいから」
沙織のその言葉には、もうあなたは私の子供ではない。
大人の男性として、誠を見ているという気持ちが含まれているようだった。
「そっか……」
誠は名残惜しそうにも感じる表情で、その言葉を受け止めた。
「今日はありがとう。こんなに楽しかったの久しぶり」
「楽しんでもらえて良かった。俺も楽しかったよ」
お互い見つめて笑顔を浮かべる。
「ねぇ、そっちに行っていい?」
「どうぞ」
誠は返事をすると、もう一人座れるスペースを作る。
沙織はゆっくり、立ち上がった。
観覧車が少し揺れる。
「大丈夫?」
誠は沙織が倒れても掴めるように、手を差し出す。
沙織はゆっくり誠に近づき、隣に座った。
「うん、大丈夫」
誠が手を降ろすと、沙織は誠の右肩に頭をポンっと乗せた。
「いっぱい遊んで、疲れちゃった。しばらく、こうしてて良い?」
「あぁ、大丈夫だよ」
ゆっくり回る観覧車の中、二人は手を繋ぎ、互いの温もりを感じながら、静かな時を過ごしていた。
観覧車を降りると、二人は御土産を買って、車に乗り込んだ。
帰りの車内の中、沙織は疲れているのか無表情で、しゃべることなく、ずっと外を眺めていた。
「どうかした?」
ずっと黙っている沙織を心配して、誠が声を掛ける。
沙織は無表情のまま、誠の方に顔を向けた。
「何が?」
「ずっと黙っているから」
「あぁ……ちょっと疲れちゃって」
「そうか。じゃあ、夕飯を買って帰ろうか?」
「そうね」
沙織はそう答えると、また窓の外を見始める。
ボォーッと眺めるその姿は、楽しかった一日が終わることで気持ちが沈み、この先の未来に、不安を抱いているようにも見えた。




