脈あり?
数分が経ち、ボロい木造のアパートの前に差し掛かると、部屋から誠と同じ大学に通う谷口 晴美が出てきた。
晴美は沙織に気付き、会釈をすると、元気よく駆け寄っていく。
沙織は笑顔で手を振っていた。
「沙織さん、おはようございます。お出掛けですか?」
「おはよ。えぇ、そうよ。晴美ちゃんは今から講義?」
「いいえ、今日は午後からなんです。だから今から、食料の買出しに行こうと思って、外に出た所だったんですよ」
「そう、私も丁度、買い物に行く所だったの。御一緒していい?」
「はい、もちろん!」
晴美は笑窪ができる可愛らしい顔で、元気よく返事をした。
そんな笑顔をみて、沙織は元気が貰えたようで、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、行きましょうか」
「はい」
誠と同じ大学に通う女の子ということもあり、二人は知り合いで、こうして一緒に買い物をすることは、割りとあった。
二人は気が合う方で、今もお互い笑顔で、会話を楽しんでいた。
二人が買い物するスーパーマーケットは、アパートから歩いて五分で行ける。
大型スーパーマーケットではないが、近くに大学があるので、種類と安さは保障されていた。
カートを押しながら、晴美が先を歩き、沙織が後ろを歩いている。
精肉売り場に差し掛かると、晴美は立ち止まり、沙織は晴美を避けて横に並んだ。
「あ。この肉、安い」
晴美は嬉しそうに豚肉の入ったパックを手に取って、カートの中に入れた。
「晴美ちゃん、一人暮らしで大変じゃない? 大丈夫なの?」
「はい、大丈夫ですよ。一人暮らしは慣れているので」
「そう? 何かあったら言ってね」
「ありがとうございます」
「そうだ。今日も暑いし、向かいの喫茶店で涼んでいかない? 奢るわよ」
「え、いいんですか?」
「うん」
「ありがとうございます!」
※※※
二人は買い物を済ませると、向かいの喫茶店に入った。
店員に案内され、窓際の席に座る。
平日の朝方のためか、店内はチラホラと客がいるだけで空いていた。
「何がいい?」
「そうですね……じゃあ、アイスコーヒーで」
「私もアイスコーヒーにしようかな」
沙織はメニューを閉じて、呼び鈴を押した。
店員がお冷と、おしぼりが載ったお盆を持ち、二人に近づく。
「お待たせ致しました」
店員はテーブルにお冷と、おしぼりを二つ置いた。
「アイスコーヒーを二つ」
「アイスコーヒーを二つですね?」
「はい」
「かしこまりました」
店員が戻っていくと、晴美はコップを手に取り、水を一口飲んだ。
「涼しいわね」
「そうですね」
何気ない世間話が始まり、数分が立つ。
「ねぇ、晴美ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「つかぬことを聞くけど、晴美ちゃんは彼氏いるの?」
「え? いませんよ」
晴美はキョトンとした顔をして答えると、手に持っていたコップをテーブルに置いた。
「お待たせしました。アイスコーヒー二つです」
店員は二人の前に、ガムシロップとミルクが入った容れ物と、アイスコーヒーを置いた。
「ごゆっくり、どうぞ」
店員が会釈をして、また戻っていく。
「そう、良かった。うちの息子なんてどう?」
「え!?」
いきなりの沙織の勧誘に、晴美は急にソワソワし、艶のある綺麗なセミロングの黒髪を撫で始めた。
「晴美ちゃん、可愛いし。うちの子を拾ってくれたら嬉しいな。ちょっと性格は変わっているけどね」
沙織はニヤニヤしながら、晴美の様子を見ている。
「えっと……」
晴美はポーションタイプのガムシロップとミルクを手に取ると、蓋を開けた。
アイスコーヒーの中に、ミルクを半分入れ、続いてガムシロップを半分入れる。
容器をテーブルに置き、ストローを手に取ると、クルクル混ぜ始めた。
困った表情はなく、ただアイスコーヒーを一心に混ぜているように見えるが、込み上げてくる感情を抑えきれなかったのか、一瞬、頬が緩んだ。
「ごめんなさい。いきなりだったわね」
「いえ、そんな……」
「少し安心した。気が無さそうな雰囲気じゃ、無さそうだもん」
晴美はハッとした表情を浮かべるが、黙って俯く。
「今日のことは内緒にしているから、大丈夫よ」
沙織の満面の笑みをみて、晴美は心配そうに眉を顰めて見つめていた。
「応援しているからね」
沙織はミルクだけをアイスコーヒーに入れると、飲み始めた。
「うん、美味しい」