手伝っていた理由
晴美は沙織と先程のやり取りが無かったかのように平凡に、お茶を飲みながら数十分、世間話をすると、帰って行った。
沙織は晴美を見送ると、その足で二階へと向かう。
誠の部屋の前に来ると、立ち止まった。
スゥー……と深呼吸をすると、コンコンと優しくドアをノックする。
「入って大丈夫だよ」
誠の返事を聞くと、ドアノブを握り、ドアを開けた。
誠はベッドに座り、テレビゲームをしていた。
コントローラーをベッドに置くと、沙織の方に顔を向ける。
「晴美は帰ったの?」
「うん」
「あいつ、本当に反省しているみたいだね」
「そうね」
沙織は緊張しているようで、強張った表情を浮かべながら、部屋の中に入る。
「ねぇ、誠さん」
「なに?」
「少しお散歩に行かない?」
「良いけど、今から」
「うん」
「分かった。準備したら下に行くから待っていて」
「うん、分かった」
沙織は返事をすると、部屋の外に出る。
ソッと部屋のドアを閉めると、廊下を通り、一階へと向かう。
ダイニングに着くと、奥側の椅子に座り、誠を待つ。
聞いてみると決心はしたが、不安なようで髪を撫でている。
数分して階段から下りて来る音が聞こえ、沙織はスッと立ち上がった。
誠がダイニングへと入って来る。
「お待たせ、どこに行くの?」
「そうね……家の近くの公園に行きましょ」
「池のある方?」
「うん」
「分かった」
※※※
二人は数十分歩き、木々が生い茂る池のある公園へと到着した。
池が見えるベンチまで歩き、立ち止まる。
「この辺で休憩しようか」
「うん」
二人は隣り合うようにスッと座る。
「ここはいつ来ても静かで良いわね」
「そうだね」
二人が居るベンチは遊具から離れているため、子供の声は微かに聞こえる程度で、気にならない。
人通りも少なく、他のベンチと距離もあるため、のんびりと過ごせる場所にあった。
二人はそれ以上、何もしゃべらず、池をジッと見つめている。
数分が経つが、沙織は質問することを躊躇っているようで、口を開こうとしない。
「そろそろ、行こうか?」
誠は飽きたようで、そう言いながら腰を上げる。
「ごめん、ちょっと待って」
沙織は慌てた様子で、誠の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「実はね、話したいことがあったから、散歩に誘ったの」
「あぁ……そういうこと。早く言ってくれれば良かったのに」
「ごめんね」
誠がまた座ると、沙織は手を離す。
「話って何?」
誠が沙織の方を向きながらそう言うと、沙織は誠の顔を見て話すのが怖いのか、俯いた。
「大した話じゃないの。ここ最近、誠さんが私のお手伝いをしてくれる様になったじゃない? 何でかな……って思って」
誠はそれを聞いて、表情を曇らせた。
「もしかして、迷惑だったかな?」
沙織は直ぐに大きく首を振る。
「うぅん、そんなことない。凄く嬉しいし、助かってる。理由を聞いたのは、私のために無理をしているんじゃないかって、心配になっちゃったからなの」
「そういうことか……」
誠の顔はまだ晴れず、顔を正面に向けると、池を見つめる。
沙織は顔を上げ、誠の方に顔を向けた。
「俺さ。二十歳をなっても、ずっと沙織さんに甘えてばかりで、自分の事も、ろくすっぽやってこなかったでしょ?」
「手伝う気持ちになったのは今回、あんな事が起きて、慣れない体で頑張っている沙織さんをみて、自分の事は自分でやらなきゃ、沙織さんの事もフォローしなきゃ って気持ちになったからなんだ」
「――実は俺、沙織さんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「謝らなきゃいけないこと? どうしたの?」
誠は申し訳なさそうに眉間にシワを寄せ、沙織の方を見る。
「言うのが恥ずかしいだけど、俺あまり手伝いも自分の事もしてこなかったから、上手く心のコントロールが出来なくて、小さな事でも、ついついイライラして、沙織さんに当たってしまったことが何回かあるんだ。――悪かった」
沙織は誠を見つめながら優しく微笑む。
「イライラしていたのは気付いていたけど、そういうことだったのね。私、小さくはなったけど、中身は大人だよ? ちょっと工夫すれば、大抵のことは出来るから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ」
「あとね、焦らなくても、いつかあなたを頼りにしなくちゃいけなくなる日はきっと来る。その時になったら頼りにするから、いまは遠慮せずに私を頼ってくれればいいの」
沙織はそう言うと、誠の肩に手を乗せる。
「それに、自分の事も一気にやろうとしなくていいのよ。あの時と違って、時間はまだあるんだから、少しずつやれるようになればいいのよ」
「誰だってそう。失敗して落ち込んで、イライラして反省して、そうやって経験を積んで、大人になっていくの。誠さんだけじゃないんだから、安心していいのよ」
「沙織さん……ありがとう」
誠は沙織の優しい言葉に心を打たれたようで、涙目になりながら、お礼を言っていた。
「うん!」
沙織は力強く返事をすると、スッと誠の肩から手を離し、立ち上がる。
後ろで手を組みながら、ゆっくり二、三歩進み、クルッと体を誠の方へ向けた。
「ほらあの時、この場所で、二人で乗り越えようと約束したじゃない。忘れてないよね?」
沙織は誠に向かってスッと手を差し出す。
誠は沙織の手の上に、自分の手を乗せると立ち上がった。
「うん、忘れてない」
「それなら、よろしい!」
沙織の満足そうな笑顔を見て、誠も笑顔を返す。
二人はあの時のように、ギュッと手を繋ぎ、歩き出した。
「ねぇ、沙織さん」
「なに?」
「話をする前、何で躊躇っていたの?」
「――えっと、怖かったからかな」
「怖かった?」
「うん。話をすることで話が拗れて、あの時みたいになったら嫌だな……って」
「あの時って、中学の時のこと?」
「うん……」
誠は歩きながら、空を見つめる。
「そっか……ごめんね。もうあの時みたいに傷つけたりしないから」
「うん、私も」
互いを傷つけ合ったあの時の思い出は、今後も色褪せることなく残るかもしれない。
でも今の二人なら、きっとそれを糧にして生きていけるだろう。
そう思わせるほど二人の顔は、青く澄んだ空のようにスッキリしていた。
「ねぇ、もう一つ聞いていい?」
「なに?」
誠は返事をし、沙織の方に顔を向ける。
「私のこと、自分の子供のように見てないよね?」
「どうだろ? 意識はしてないけど、そんな風に思ったことはないかな」
「良かった……」
沙織は安堵し、誠の方を見つめる。
「これからも私の事は、恋愛対象として見て欲しいな」
照れ臭そうに髪を撫でながら、頬を赤らめてそう言う沙織を見て、誠はニコッと微笑む。
「分かった。そうする」
沙織も嬉しそうにニコッと微笑み、笑顔を返した。