手伝い
数時間後。
洗濯物を外から取り込んだ沙織は、洗濯物が入った洗濯カゴを持って、廊下を歩いていた。
誠の部屋の前で立ち止まると、洗濯カゴを廊下に置き、ノックをする。
「誠さん? 入っていい?」
「どうぞ」
沙織はゆっくりドアを開け、誠の部屋に入る。
沙織は何かに驚いているようで、その場に固まっていた。
「あら、誠さん。部屋が綺麗だけど、どうしたの?」
ベッドで横になり漫画を読んでいた誠はムクッと上半身を起こす。
「そんな疑問に思うほど、綺麗にしてないよ」
「だって、いつも足の踏み場もないくらいだから……」
「――まぁ、否定はしないけど。ただ邪魔だったから、片付けただけ」
「そういうことか。よく一人で片付けたね、偉い」
「別に褒められるような事してないんだけど? ところで、何の用?」
「あぁ、洗い終わった洗濯物を持ってきたのよ」
誠はベッドから降り、沙織の方へと歩いていく。
「ありがとう。受け取る」
「え?」
「なに?」
誠は驚かれたことに腹を立てたのか、少し強い口調でそう返した。
「ご、ごめん。いつも私がタンスにしまうから」
「それぐらい、たまには自分でやるよ」
「そうよね。私の洗濯物もあるから、ちょっと待ってね」
沙織は、しゃがむと自分の洗濯物をカゴから取り出し、両手に抱え、そのままスッと立ち上がった。
「あとは誠さんのだから、カゴは洗面所に戻しておいてくれる?」
「分かった」
誠は返事をすると、パタっとドアを閉める。
沙織はまだ動こうとせず、ドアの前に立っていた。
「なにあの子、イライラしているのかしら?」
沙織は不思議そうにそう呟くと、腕から零れ落ちそうな洗濯物を必死で抑えながら、廊下を歩きだす。
「――まぁ、たまにはイライラする日もあるか。ソッとしておきましょ」
※※※
次の日の夕方。
誠は大学から帰ると、居間に向かい、テーブルの上に置いてあったテレビのチャンネルを手に取り、テレビを点けた。
特に見たいものがあった訳ではないみたいで、立ったまま、少し見ては番組をパッパッパッと替えている。
そこへ二階から下りてきた沙織が、ダイニングへ入ってきた。
「あら、誠さん。帰っていたのね。お帰りなさい」
誠はチャンネルを持ったまま、振り向いた。
「ただいま」
「誠さんが帰ったら、忘れないうちに聞いておこうと思っていたことがあって、そういえば、もう少しで夏休みよね? 予定とかあるの?」
「特にはいよ」
「アルバイトは?」
「――バイトはしばらくいいや」
「そう。もし私に遠慮しているなら大丈夫よ」
「そんなんじゃないよ」
誠はそう言うと、チャンネルでテレビの電源を切った。
チャンネルをテーブルに戻すと、ダイニングに向かって歩いていく。
「面白いテレビやってないし、俺、上に行ってるわ」
「分かった。いつもの時間になったら、ご飯にするから、下りて来なさいね」
「うん」
※※※
数日が過ぎ、誠は夏休みに入る。
誠は本当に夏休みに入っても、予定は入れていないようで、外に遊びに行く事は、ほとんどなく、バイトもせずに、家で沙織の手伝いに時間を使っていた。
若返る前はそんな事、ほとんど無かったのに。
沙織はそう思っているのか、少し不安を抱えている様子だった。
「誠君、ハンガ―取って」
今日は晴美が休みということで、手伝いに来ていて、ベランダで洗濯物を干していた。
誠はその手伝いをするため、一緒にベランダに出ている。
沙織は手伝って貰って申し訳ないと思っているのか、それとも焼き餅を焼いているのか、そんな二人の様子を、ベランダの出入口で、不満な表情を浮かべて見ていた。
誠は物干し竿に掛けてあったハンガーを手に取り、晴美に渡す。
晴美は手を伸ばし、誠からハンガーを受け取った。
「ありがとう。もうすぐ終わるから、誠君は先に、中に入っていいわよ」
「分かった」
誠は晴美の後ろを通り、ベランダの出入口へと向かう。
沙織が邪魔にならない様に一旦、部屋の中に入ると、誠も部屋の中に入った。
「俺、自分の部屋に戻ってるわ」
「うん」
誠は沙織にそう言うと、部屋の方へと歩いて行った。
沙織は誠を見送ると、ベランダに出る。
「晴美ちゃん。終わったら、お茶にしましょ」
「ありがとうございます」
晴美は御礼を言いながら、空になった洗濯カゴを右手に持つ。
「ねぇ、沙織さん」
「ん?」
「誠君っていつもあんな感じ?」
「あんな感じって?」
「手伝いを良くするんですか?」
「あぁ……昔は全然しなかったわよ」
「ふーん……」
「ねぇ、男の子が急に手伝いをし出すのって、どんな意図があるのかな?」
「そうね……」
晴美は左指を唇にあて、考え始める。
「好かれたいとか?」
唇から指を離すと、首を傾げながらそう言った。
「それなら褒めたり、お礼を言われたりすれば、嬉しそうにするじゃない?」
「嬉しそうじゃないの?」
「まったくでは無いけどね」
「ふーん……まぁ気にする事なんてないんじゃない? 今の姿でも誠君は受け入れてくれた訳だし、手伝いだって、好意があるからしてくれるんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
沙織はまだ納得いかない様子で、眉を顰める。
晴美はそんな沙織の姿をみて、腹が立ったようで、眉が吊りあがった。
「煮え切らない態度ね。そんなに気になるなら、本人に確認しなさいよ。私はいつでも誠君をあなたから奪っても、良いんだからね」
本気で言っているようにも見えるが、後押しをしているようにも捉えられる言葉を言い残すと、晴美は部屋の中に入って行った。
沙織はまだベランダに残り、考え事をしているようで動こうとしない。
「――そうよね。ウジウジ考えていても、仕方ないよね」
沙織はそう呟くと、部屋の中に入って、ガラス戸を閉めた。