決着
「どうして、調整をしたんだ?」
今度は誠が質問をする。
「最初から殺すつもりは無かった。若返り薬を使って、あなたを手に入れたかっただけなの。それだけのために? って、思うかもしれないけど、私にとって、それが全てだった」
晴美が発した言葉は、すべてを擲ってでも、誠と結ばれたかったことを物語っていた。
「そのために、こんな事までしてしまって、申し訳ないと思っている。だから、しばらくあなた達の身の回りの手伝いもするし、お金だって用意する。もし恨んでいるなら、警察に連絡しても構わない」
必死にスラスラと言っている様子から、取繕うために言っているようには見えない。
晴美はこうなることまで想定して、罪を償う事まで覚悟していたのだろう。
「沙織さん、どうする? 俺はバイトを辞めただけだから」
「そうね……こんな姿になってしまったから、たまに買い物に付き合ってくれないかしら? 私がもう少し大きくなるまで良いから」
死ぬ騒ぎまで起きたのに、拍子抜けをしているのか、怒っている素振りも見せず、晴美を受け入れる。
「それだけで良いの?」
「うん。誠さんに危害があった訳じゃないから、警察に言うほど恨んでないわ」
「ありがとう」
晴美は涙声になりながらも、お礼を言った。
「うん」
二人が同時に返事をする。
「晴美の用はそれだけか?」
「うん」
「分かった。それじゃ、用がある時にはまた連絡するから」
「うん。分かった」
電話が切れる。
「やっぱりウソでしたって事にはならないよな?」
晴美が起こした罪は簡単に拭えないもの。
誠が疑うのも無理もない。
「多分、大丈夫よ」
「どうして?」
「あの子が私に見せた若返り薬、少し残っていた。本気で殺すつもりだったら、全部入れない?」
「うーん……逃げるためだけかもしれないぜ?」
「そうね……でもあなたを想う気持ちは、本当だったと思う。私はあの子を信じてあげたい」
若返り薬を自分で飲むということは、その後の弊害も覚悟をするという事。
きっと、その先が不安だった事もあるはず。
それすら受け入れ、誠と結ばれたいと思う晴美の強い気持ちを、沙織は知っている。
それにこんな形になってしまったとはいえ、この一件が起こる前は仲良く過ごしていた。
その思い出は色褪せることなく、沙織の心の中に残っている。
そんな晴美をもう、疑いたくなかったのかもしれない。
「――分かったよ」
誠は沙織の気持ちは察したようで、納得いかない雰囲気はあったものの、それ以上は何も言わなかった。
「ところで、誠さん」
「なに?」
「この誠さんの欲望丸出しのTシャツは何?」
沙織はニヤニヤしながら、そう言った。
Tシャツには、ど真ん中に大きく黒文字で、アイ・ラブ・パパと書かれていた。
文字の背景には大きな赤いハートが描かれている。
誠は色々なTシャツが店内に並ぶ中、あえてこれを選んでいた。
沙織はいくつも買ってきてもらったTシャツの中から、これを選び、着て来ていた。
いまの沙織の大きさからして、少しサイズが小さく、おヘソが見えていたが、これにしたのだ。
「それは……似合うかと思って」
「だったらママでも、良かったんじゃない?」
「考えてみたら、そうだな」
薄暗かった部屋に夏の強い日差しが入ってくる。
静かな部屋の中に、二人の笑い声だけが響き、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。
このTシャツをあえて選んだ二人は、どんな結末になろうとも、この瞬間を味わい、思い出として残したかったのかもしれない。
「ねぇ、これ言って欲しい?」
「これ?」
沙織はTシャツの文字を指出す。
「こーれ!」
「あぁ。――言って欲しいかなー」
誠はニヤニヤと沙織を見つめる。
沙織は照れ臭そうに、自分の髪の毛を撫でた。
「もう、仕方ないな……一回しか言わないからね!」
「分かった。あ、せっかくだから録音していい?」
「駄目に決まってるでしょ!」
「冗談だよ。そんな全否定しなくても」
誠は椅子から立ち上がると、沙織と向き合うように立った。
沙織はスゥー……っと、鼻から息をし、口から吐き出す。
「ちょっと、そんな見つめないでよ。恥ずかしいな」
「だって目をそらしちゃ、勿体ないだろ?」
「そうだけど……まぁいいわ」
沙織は覚悟を決めたかのようにそう言うと、誠との距離を詰めた。
吐息を感じるぐらいの近さに誠は体を強張らせ、ドキドキしている様子だった。
「私“も”誠さんを愛しています」
沙織は囁くように告白し、誠をスッと抱き締めて、誠のお腹に顔を埋めた。
誠は沙織の告白を受け入れるかのように、スッと背中に手を回し、沙織を包む込んだ。
沙織の頭に頬をよせ、目を瞑る。
「ありがとう」