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 アパートやマンションが縦並ぶ住宅街にポツンとある小さな木造二階建ての一軒家。

 この家の主である沙織さおりは朝ご飯を食べ終え、台所で皿洗いをしていた。


「まったく、あの子ったら……」


 沙織は45歳とは思えぬ可愛らしい声で呟くと、皿洗いをやめ、パッパと手を払い、水を止めた。

 眉間にシワを寄せ、困ったような表情を浮かべながら、ダイニングを通り、廊下に続く扉を開ける。


 廊下を歩き、二階に続く階段の方へ行くと、上に向かって顔をあげた。


「マコちゃーん。大学は大丈夫なの?」


 誠は沙織の声で目を覚まし、掛けてあったタオルケットを退かすと、徐にベッドから起き上がった。

 寝癖を付けたまま、床に散らばった漫画本や服を避け、部屋の出入り口に向かう。


ドアを半開きにし、「今日は午後から」

と、まだ眠たそうな声で、沙織に返事をした。

 

「そう。でも、もう降りてきて。朝ご飯が片付かないから」

「分かった。いま行く」

 

 誠は目を擦りながら返事をすると、一旦ドアを閉める。

 タンスから白いTシャツとジーンズを取り出すと、着替えた。

 着ていた薄手のパジャマを裏返しのまま脱ぎ捨てると、自分の部屋から出る。


 手擦りに掴まることなく、ドタバタと勢いよく階段を駆け降りていく。


「こら、マコちゃん! 落ちたら、どうするの?」

「大丈夫だよ、沙織さん」


 誠が自分の母を沙織さんというのには理由があった。

 10年前、誠がまだ10歳の時、両親が事故で亡くなり、沙織の旦那、誠の伯父が引き取ったのだ。


「まったく……マコちゃんにまで死なれたら、この家で一人になっちゃうんだからね!」


 沙織は両手を腰に当て、怒ったような仕草を見せるが、幼い顔にホッペを膨らませ、可愛らしい表情を浮かべている。


「ごめん」

 

 誠と沙織は二人だけで、この家で暮らしていた。

 沙織は結婚していたが、二人の間には子供は出来ず、旦那は5年前に50歳という若さで、病気で亡くなっており、両親は遠い土地で暮らしているためである。


「気を付けてね!」

「あぁ」


 沙織は誠の返事を聞くとニコッと笑い、ダイニングの方へと歩いて行く。

 誠も後をついていった。


 誠は食卓に着くと、いつものように手前の椅子に座った。

 沙織は向かいに座る。


「マコちゃんが遅いから、料理が冷めちゃった。温める?」


 沙織はそう言いながら、パンと目玉焼きが乗った皿に手を伸ばす。


「いや、大丈夫」

「そう?」


 沙織は遠慮しなくて良いのにと思っているような口調で返事をして、手を引っ込める。


「頂きます」


 誠はきちんと手を合わせ、軽く頭を下げる。


「どうぞ、召し上がれ」

 

 誠はナイフとフォークを手に取ると、半熟の目玉焼きを真っ二つに切った。

 ジワー……と皿に黄身が広がっていく。


「ねぇ、マコちゃん。夏で暑いから髪の毛を切ったら?」


 誠の髪は長髪とまではいかないものの、ボリューム感があり、耳には半分以上、掛っていた。


「髪の毛? 確かに暑いけど、まだ大丈夫だよ」

「そう? お金あげるから、遠慮なく言うのよ」

「お金はバイトしているし、大丈夫」

 

 誠は食パンにバターを塗り、サクサクと美味しそうな音を立てながら、食べ進めていく。

 美味しそうに食べていく誠を、沙織は嬉しそうな笑顔を浮かべ、ジーッと見つめていた。


 誠の手が突然止まり、神妙な面持ちで食べかけのパンを皿に置き、口に含んだパンを飲み込む。


「ねぇ、沙織さん」

「なに?」

「前から気になっていたんだけど俺、大学生だよ」

「何を突然、知っているわよ」


「だからマコちゃんは、ちょっと……」

「マコちゃんはマコちゃんでしょ。それとも、誠さんって呼んで欲しい?」

 

 誠は沙織にそう呼ばれる事を想像しているのか、固まっている。

 次第に頬が緩んでいく……。


「なにニヤニヤしているの?」

「ニヤニヤなんてしてないよ」

「いいえ、していました」


 沙織は両手で頬杖をかく。


「マコちゃん。顔はカッコイイんだから普通にしていればいいのに、勿体無いな」

「カッコイイ? どこが?」

「まず大きい目に長いまつ毛、鼻が高くて筋がスッとしてるでしょ」


 沙織はまるで誰かを思い浮かべるかのように、はっきりと特徴を挙げていく。


「あとは……顎がシュッとしていて、小顔の所とか。お父さんにソックリ……」


「ふーん……こんな顔、どこにでもいるよ」

「はぁー……、もっと自分の顔に興味持ちなさい。彼女が出来るか、わたし心配よ」 


 沙織は自分達が引き取ってからずっと、女の子の気配を感じない誠に対して、不安感を抱いている様子だった。


「彼女なんていらないよ」

「またそんなこと言って……」


誠の一言が更に不安を募らせたようで、沙織は困った表情を浮かべた。

 スッと立ち上がり、誠の後ろに行くと、頭をポンポンと叩き、気持ちを落ち着かせるかのように、優しく髪の毛を撫でる。


「ちょっと買い物に行ってくるね。食べたら、片付けておいて」

「あ、あぁ……」


 誠は返事をした後、沙織の後姿を見ながら、何か言いたそうに口を開ける。

 だが結局なにも言わずに見送った。


 洗面所で、白のTシャツに黒のジーンズとラフな恰好の沙織が、お化粧をしている。

 スッピンでも若々しく、可愛らしい丸顔をしているが、化粧をすることで更に若返っていくように見えた。


「あ……」


 沙織は化粧をしている途中で、何かに気付いたようで、鏡で自分の顔を見ながら、固まっている。


「白髪……」


 そう呟くと、白色の化粧ポーチに手を入れ、ガサゴソと何かを探し出した。

 小さなハサミを取り出すと一旦、洗面台に置き、茶色の髪の毛を掻き分け始める。


 見つけた白髪を一本、左手の指で摘むと、右手でハサミを持って、他の髪の毛を切らない様に、慎重にチョッキンと切った。


 白髪をごみ箱に入れ、ハサミをポーチに戻す。


「はぁ……白髪が目立つようになったわね」


 ため息交じりに呟くと、他に白髪が無いか探しているようで、鏡を見ながら、髪の毛を掻き分け始める。

 

「最近、目も悪くなってきたし、若返り薬みたいなの無いかしら?」

 

 沙織は掻き分けるのを止めると、ポーチに手を入れた。

 口紅を取り出すと、プックリとした唇に、薄いピンクのルージュを塗り、ポーチにしまう。


「そんな物ある訳ないよね」


 沙織は願望を口にするものの、あまりにも非現実的なためか、夢を膨らませることなく、すぐに諦めた。

 洗面台の引出しにポーチをしまうと、ストレートロングの髪をなびかせ、洗面所を出る。


 廊下を進み、玄関に着くと、黒のサンダルを履いた。

 外に出ると、強い日差しが沙織を照らす。


「今日も暑いわねぇ……」

 

 沙織は不快な表情を浮かべ、細くて長い指で日差しを遮りながら、熱くなったアスファルトの上を歩きだした。


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