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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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真面目すぎる中間管理職の苦悩


 意外な訪問者に、レイカ=グレイスは手にしていたペンを指ではじいて回転させていた。

 もちろん彼女のオフィスに、しかるべき権限なき人間は近寄ることすらできない。資格を持った相手ではあったが、レイカのほうからアポイントメントを取った憶えはなかった。予定管理ツールを呼び出してみると、たしかに面談申請がされている。レイカの直近の空き時間に、自動で割りあてられていたらしい。


「今日は日曜日で学校はないし、お嬢さまに外出の予定もなし。せっかくのオフに、わざわざどうしたの、ラッツ主任」


 自らも休日勤務をしていながら、レイカはそういった。財閥令嬢さゆりの警護主任は、その恵まれた体躯を生真面目に縦方向へ長くして応じる。


「さゆりお嬢さまの警護任務にあたって、気になる点がいくつか出てきました。レイカさまにもご確認いただきたく存じまして」

「うかがいましょう。どうぞ、かけて。今日は私しかいないから、おいしいコーヒーは出せませんけど」

「お気遣いなく」


 ラッツを待たせて、レイカは自動抽出機オートバリスタのボタンを押してコーヒーを二杯作った。ラッツのぶんをテーブルにおきながら、問わず語りでいらない情報を披露する。


「いま秘書補をやってもらってる彼、みんな『顔で選んだんだろう』っていうけど、じつはコーヒーれるのが上手いから採用したのよ」

「自分にはこれで十二分ですよ。普段飲んでいるのは泥水だ」

「まあ、私が自力で淹れるレギュラーより美味しくできるのはたしかね。……さて、気楽にひとつずつ話しましょうか」


 レイカが自分のカップをソーサーへ戻すと、ラッツはすぐにひとつめの用件に入った。


「先日の襲撃のさい、警護スタッフが一名行方不明になっています。現場には痕跡のひとつも残されていない。調査課に捜索を依頼していますが、いまのところ手がかりはありません」

「こっちからも、市警に身許不明変死体が出たら照会してもらえるように要請してるけど、見つかったっていう報告はないわね」


 期待はしていない、という口調でレイカは応じる。テレシナ市警は最悪の時期に較べればまともになってきているが、検挙率は重犯罪で一〇パーセント前後をいったりきたりで、窃盗にいたっては一パーセントにも満たない。

 マフィアとの癒着の噂も絶えず、市民は警察を頼りにはしていなかった。それでも、刑事や警官がはっきりと敵視されていたひところより状況は改善している。財閥は自分たちの権利と財産を守るために警備部に警察業務を代行させており、実際に市政当局から一部法執行権限の委任を取りつけていた。警備部が管理している区画は人気があり、あらたな高級住宅街になっている。

 警備部は市警からすればシマ荒らしだが、同時に業務の一部を肩代わりしてくれる存在であり、財閥からの資金援助はテレシナ市にとって欠かせない。


 一件めの事実確認によって疑念は濃くなっていたが、ラッツは先に二点めの話に移った。


「交戦時に、さゆりお嬢さまの侍女がテロリストの一名を負傷させていました。そいつは足首を射たれただけで、捕虜にできたはずなのですが、機動課が現場を確保したときには死んでいた。差し支えなければ、その検死報告の書面を拝見させていただけませんか?」


 レイカから「気楽」さが若干減退した。それでも声音の柔らかさを崩すことはなく、問う。


「あら、だれから聞いたの?」

「私にもそれなりに友人はいますよ」


 ラッツの答えで納得したのかどうか、レイカは情報の出元を追及しようとはせず、本題の話をつづけた。


「そのものズバリはお見せできないわね。でも主任の聞いた話はたぶん正解。状況レポートでは『負傷したテロリストは流れ弾で死亡』となってるけど、その弾は襲撃グループのアサルトライフルのものじゃなかった。ただし精査するかはまだ調整中。機動課があんまりいい顔してないから。主任が彼の生存を確認していた最後の時点で、車列の警護課スタッフは全員交戦能力を失っていた。故意にせよ不注意にせよ、身柄を押さえられたはずの襲撃犯を射ったのは機動課ってことになるもの」

「ことは機動課だけの問題ではありません。警護課に内通者がいた可能性もある。たとえば姿をくらましたやつが、自分とのつながりを知るテロリストが手負いになったのを見て、口封じしてから逃げたのかもしれない」


 ため息をつきつつもラッツは究明の必要性を論じたが、レイカは難しい顔をしている。


「どちらにせよ、あるいは両方にせよ、明けっ広げに内部調査はできないわ。マフィアやテロリストと内応している可能性が高いのは当地雇用の新規スタッフということになるけど、ビジネスを展開していく上で現地出身者の活用は欠かせないし、軍や警察当局と協力関係やパイプを築くには、出向者や退官後の再雇用の受け皿を提供するのが一番だもの。彼らを頭から疑ってかかるのは賢くない。それに、彼らはまだ重要任務に就いていないでしょう」

「たしかに現場スタッフに地元出身者は入っていません。ですが護衛ルート選定などの支援要員には含まれていますから、さゆりお嬢さまのご通学経路が漏れている可能性は否定できません。行方不明になっている警護課所属の人間は、このあたりが植民地だったころの旧宗主国出身でした。組織に遠い親戚がいるかもしれない」

「可能性をあたればいくらでも疑う余地はあるわ。でも、ありえるかもしれない、でいくのなら、今回の襲撃の最大の容疑者は以前から財閥関係者に対するテロを繰り返している、反グローバリストということになる。連中がこっちの大陸にも組織的戦力を保持してるなんて情報は出てきたことがないけど。すべてを疑うなら、調査をだれにやらせるかっていうところから懐疑的にならなきゃいけない」


 レイカは「聖域」などないと指摘して、ラッツの短兵急な発想をたしなめた。ジョセフとヨリコが殺害された半年前の事件と、つい先日のさゆり襲撃に関連性があるかどうかはあきらかでない。しかし第一容疑者としては、以前から反財閥活動を展開してきた組織が想定されてしかるべきだ。その線であやしいのは、新規採用者ではなく古参スタッフということになる。


 警備部内の組織防衛や主導権争いでは収まらない話だと察して、ラッツは素直に白旗をかかげた。


「自分の手にはあまる事態のようです。レイカさまの判断にお任せします。なにかお役に立てることがあったら声をかけてください」

「在テレシナの警備部要員で一番信頼できるのは主任よ。だからさゆりお嬢さまをお任せしてる。……ほんとに、量産型主任とか作れればいいのに。そしたらお嬢さまの安全を確保しつつ、警備部内の調査もやってもらえるんだけど」


 冗談まじりの口調で、レイカは表情をゆるめた。ラッツはまだ用件が残っているので、任務中と同様の面相のままだ。


「すこし話が変わりますが、レイカさま、クレス=カガミについておうかがいしてもよろしいですか?」

「凄腕のスナイパー、という以上には説明しがたいわね。私もそれしか知らないし」


 あっけらかんとレイカは答え、さすがのラッツの顔からも生真面目さがすべり落ちる。


「……は?」

「スカウトしたのはたしかに私だけど。ここのプロジェクトを統括するのに決まったとき、護身用に銃を持っておくようにっていわれたから、取りあつかい方法をレクチャーしてもらうために射撃場へ行ったのよ。そしたら、やたらと人だかりができてて。なにかと思ったら、そこは長距離のライフル射撃のブースで、ちょうどクレスが射ってるところだった。まわりの反応もあって、ど素人の私にも、すぐに腕の良い男だってことがわかったわ」

「それだけで?」


 どうやら売り込みがあったわけではなく、レイカのほうから声をかけたらしい。

 出先でたまたま見かけただけの単なる射的の名人に、世界のF財閥、その実質ナンバー2が興味を抱くというのは普通に考えればできすぎで、なんらかの作為を勘ぐるところだが、レイカの性格を知っているラッツは話に裏はなさそうだと判断した。男ぶりが良くて腕の立ちそうなクレスを目にして、軽い気持ちで接触したのだ。

 とはいえ、イケメン無罪で正体不明の男を不用意に懐へ収めてしまうような迂闊な女に、財閥総裁の第一秘書が務まるはずはない。


「もちろん身許照会はしたわよ。でもなにも出なかった。良い意味でも悪い意味でもね。公的な記録や競技会での実績を持った、信用できる男というわけではなかった。反面、要注意組織のヒットマンだったということもない。ときたま俗な調査を頼んでた、私立探偵のレンって人が、クレスの仕事はお墨つきを出せるっていうから、なら問題ないだろうと思ってうちで働く気がないか訊いてみたのよ」


 レイカは大雑把な経緯を述べ、ラッツは不信こそ覚えなかったものの、クレス=カガミの来歴に解せないものを感じていた。


「軍人だったこともなければどこかの警察のSWAT隊員だったわけでもなく、射撃競技の選手ですらない……? だが裏社会の人間である可能性も低いとなると……どこであんな射撃の腕を」

「そうなのよね。不思議っちゃ不思議」


 ラッツは半ば以上独り言だったが、レイカもあいづちを打った。


「どこで手に入れたのかわからないといえば、あの骨董品もそうだ。あんなモノをわざわざ自前で買ったりはしないだろうし、そもそも今日び売ってやしない」

「あ、そんな話、射撃場でしてたような。『その年代物は祖父さんの形見か』『まあそんなところだ』……って。実家が猟師だったりするんじゃないの?」


 そう、レイカはさして深くも考えていない口調でいう。彼女と違ってクレスの仕事を一度目のあたりにしているラッツは心中で首を左右に振っていた。

 ――いや、あんなにあっさりと人を射てる猟師なんていてたまるか。やつは確実に人間どうしで生命のやりとりをしてきている。


 やはり、あの男はテロリストとは別種の脅威なのでは……と、ラッツが脳内の「危険人物リスト」を更新しかけたところで、


「そういえば……クレスの採用を決めたあと、めずらしくフランツさまからお褒めの言葉をいただいたっけ。『よい人材を掘り出してきたな』って。さゆりお嬢さまの身辺警護陣にはそれだけ気を遣っておいでなのかなって思ってたけど、妙といえば妙ね、個別の採用案件程度で」


 と、レイカが思いもかけないことをつけたした。ラッツも、総裁の気難しさは知っている。赫々たる戦功を重ね、勲章を一〇個も授与された某国特務部隊の生ける伝説的英雄が退役するという情報を聞きつけ、競合民間軍事会社との争奪戦を制して迎え入れたときでさえ、フランツは英雄どのの存在自体を知ってすらいなかったのだ。


 中途採用の上にまともな前歴すらない警備員ひとりのことなど、歯牙にもかけないはず。


「その、フランツさまが、レイカさまにも伏せたまま、なんというか……」

「かもねえ。私に内容を教えないで、テレシナプロジェクトのガワで別件の極秘を進めてるって線」

「ありえるのでしょうか、そのようなこと」


 自分から可能性に言及したにもかかわらず、いざレイカがにべもなく首肯すると、ラッツは気後れしたような表情になった。


 レイカのほうは、さして意外でもなさそうにさばさばとこんなことをいう。


「第二、第三、以下各秘書がフランツさまからなに振られてるか、私知らないわよ? 逆もしかりだと思うけど」


 コーヒーをひと口すすってから、女秘書は大胆な予想を付言した。


「いわれてみると、クレスはたしかにあやしいわね。私がちょっと推薦しただけですんなり警備部に、しかもさゆりお嬢さまの警護陣員に配属って、よく考えたらおかしかったか。財閥製の人造人間だったりするのかも」

「クレス=カガミが財閥によって仕組まれている存在だというのですか? だとすると、カガミはなぜ、わざわざ骨董品を準備して、まあレイカさまのスケジュールを事前に知っておくことはできたとしても、あなたの目にとまる保証もないのに射撃場に先まわりして自分の腕を披露していたのでしょうか。そのようなまどろっこしい手順で入り込んでくる理由はないと思いますが」


 カガミに得体の知れないところを感じはするものの、レイカの発想は飛躍しすぎているだろうと、ラッツはいたく冷静な分析をしたが、彼女はすでに聞いていなかった。


「今度アムちゃんに聞いてみるかな。イケメントルーパー作れるなら、私も一体手配してもらおう」


 ……エドワルド=ラッツ、テレシナを擁するここエル・アンゼリーナ連邦のとなり、ムルグナイ共和国に生まれ、一般警官を経て麻薬取締官となり、三年間に渡って組織と戦った。

 正義を実現することの難しさを知り、F財閥警備部へ転身して一〇年め、久しぶりに生まれた大陸へと戻ってきた。

 その男が、これまでの自分の忠勤はいったいなんだったのかと、にわかに遠くを見る眼になっていたことに、敏腕女秘書のほうは気づかなかった。


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