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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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オカ研主任


「カガミ――なかなか興味深い姓ですね」


 といったのは、レイカ=グレイスのオフィスで、部屋の主と向かい合っていた女性だった。膚は透きとおるように白く、髪は金無垢、眼は青い。その容貌にもかかわらず、名はカナエ、という。なんでも、ソウルネームなのだとか。

 レイカは本名を調べようと思えば調べられる地位にいるが、べつにカナエ女史のプライベートに踏み込む気はなかった。彼女も財閥から資金を供与されている研究ユニットのリーダーだ。専攻はオカルト。


 雑談で口にしただけのイケメン新人警備員の名が意外な反応を呼んだので、レイカは眼をしばたたかせた。大げさな口調になるよう努めながら、訊ねる。


「カガミって、そんなにめずらしい苗字だったかしら?」

「ええ。各務や加賀美ではない、旭東皇国ライザント系でないというなら、私の守備範囲、しかも、ちょうどあなたがたから課題として研究対象にあげられている分野の話になります」


 すらすらと異国のエキゾチックな文字を書きながら、カナエはそういった。毎度ながら、レイカはそのよどみない所作を半ば信じられない思いで見ていた。

 カナエは完全な盲目なのだが、介添えも杖もなしで歩きまわり、こうして字を書くこともできる。さすがに読めはしないので補助が必要だが、オカルト研究室は実質カナエのワンマンユニットだった。平スタッフは、文字資料を音声データベースに打ち込んだり、画像資料を触覚モニターに浮かびあがらせることができるように図示データを製作しているだけだ。


 オカ研主任は、存在そのものがひとつの超常現象体なのだった。


「カガミの名を持つ人物が、不老不死伝説の関係者にいるということ?」


 レイカの質問に、カナエは少女のように双眸を輝かせた。ものを見るだけが眼の機能ではない。オカルト研究家の例に漏れず、カナエも自分の得意分野を語るのが大好きなのだ。


「カガミ家は旧大陸北方、ノルデンク公国の名門として知られていました。二〇〇年ほど前に断絶したといわれていますが、一族にはひそかにささやかれる非公式な称号があったのです。いわく『不死鳥に侍する者』と」

「ノルデンク公国って、西方連合にも加盟しないで没落するに任せてる、プライドの亡霊ってイメージしかないんだけど」

「手厳しいですねえ、レイカさん。おっしゃるとおり、()たかくてカビのはえた守旧派、最後の中世、化石みたいな国ですけど、それだけに私たちにとっては黄金郷エルドラドのようなところなんですよ。魔女審問の調査でフィールドワークに行ったときなんか、それはすばらしい資料が大漁で、もうよだれが出っぱなしだったんですから」

「……ま、まあ、学術的には貴重なのかもしれないわね。それで、カガミの一族と不死鳥の関係は?」


 陶然となっていたカナエだが、話を引き戻そうと試みたレイカの努力が実って、口もとのゆるみが収まった。


「それがですねえ、同じころまで行われていた魔女審問の資料は豊富に収集できたし、いろいろと伝え聞きの聴取もできたのに、カガミ家のこととなると、当地のご老人たちの口が途端に重くなって……。本題ではなかったので、あまり深入りもしなかったんですけどね」

「ノルデンクの不死鳥伝説はどんな話なの?」

「類型からそうはずれたものではありません。五〇〇年ごとに自ら焼死し、灰の中からよみがえる炎の鳥。その肉を食らう、あるいは血を飲んだ人間は不老不死となる――といっても、殺せば死んでしまうみたいですけど。ノルデンクには齢四〇〇歳で非業の死を遂げた人のお墓なんかも残ってます。伝承のみではなく、実際に現存物があるのはあの国ならではですね」


 不死鳥の伝説は、細部に差異はあれど主題としてはおおむね同じような話が、洋の東西を問わず語り継がれてきている。富と名声を欲しいままにする財閥総裁フランツが、最後の望みとして不老不死に興味をもち、オカルトであろうと食指を伸ばすのは、ある意味で自然ななりゆきであった。

 レイカは合理主義の塊であって、オカルトは民俗学研究の一種にすぎず、不死伝説は長寿に資する民間療法を大げさに表したものであろうと考えているが、調べる価値自体は否定していない。


 なので、口から出るのはこんな軽い科白であった。


「カガミの一族が不死鳥を喚び出す能力でも持っていてくれれば、それであのクレスがその血筋を曵いていてくれれば、話が楽にすんでいいわねえ。フランツさまを不老不死にしてもらって、任務完了ミッションコンプリートだわ」

「あらら、そうなったら、私たち、みーんな用ずみになってしまいますねえ」


 カナエも冗談で応じたが、眼は存外笑っていない。


「心配ないわ。フランツさまだって、自分が死にたくないなんてだけの理由で不老不死イモータル計画プロジェクトを進めさせてるわけじゃないもの。研究成果はいろいろとフィードバックされてるし、実際の製品やサービスにも応用されてる。……そりゃあ、ジョセフさまのことがあったから、さゆりお嬢さまが成人なさるまでは、あるいは見込みのある婿を決めるまでは、死ねない、ボケられない、とは思ってらっしゃるでしょうけど」

「さすが第一秘書。総裁のお心をよく理解しておいでなのですね」


 今度のカナエは素直に感心する口調だったが、


「……あのかたは謎よ、いろいろな意味でね」


 と、レイカがつぶやいたので小首をかしげることになった。


 自分の顔を見られていなかったことに内心で安堵の吐息をつきながら、レイカは表面上の声色を平常のものに戻すと、ノルデンク公国に伝わる不死鳥の説話、その他の不老不死の伝承に関するレポートを次回までにまとめてくるようにオカ研主任へ要請して、ミーティングを切りあげた。


    ****


 二六分と一五秒で、ケイは戻ってきた。

 どうやらほかの警護スタッフたちに先に配ってきたようで、大きなビニール袋の中身はほとんどなくなっていた。


 飲み物にしてはいやに広口のスチロール容器を受け取ったクレスだったが、やはりというべきか、フタを開けて絶句することになった。


「……おい、なんだ、これは?」

「おでん。知らない? 旭東皇国ではすごくポピュラーなんだって。買い物いく前に説明したとおり、ここは旭東皇国の文化が根づいてるから、コンビニにも普通においてあるの」


 と、自分用のカフェオレのパックを手にしながら、ケイはこともなげだ。


「そうじゃねえよ。俺は飲み物を頼んだよな?」

「カフェインレスで甘すぎない、注文どおりの飲み物をこうして買ってきましたが?」


 これにはさすがに、クレスから常のクールさとニヒルさが失われることとなった。もっとも、当人としては意識して斜に構えようと努めたりしているわけではないのだが。


「これのどこが飲み物なんだ!?」

「カレーは飲み物です。おでんは飲み物です。あたしもこの街にくるまで知らなかったけど。そういうことらしいよ?」


 なにが「そういうこと」なのやらまったく納得のいかないクレスはスチロール容器の中身をもう一度確認したが、やはりどこからどう見ても飲み物ではなかった。いや、たしかに液体が最大の容量を占めてはいるようだが。


「……ていうか、鍋用スポンジと、平皿用スポンジと、グラス用スポンジが醤油汁に浸かってるようにしか見えないんだが」

「こんにゃくと、はんぺんと、がんもどき。おいしいよ?」


 ケイは無邪気な表情で無邪気に説明する。新人いびり、あるいはいやがらせ―というほど陰湿ではないにしろ、確実にいたずらというか、ドッキリで買ってきたのはあきらかなのだが、まったく悪意があるようには見えなかった。クレスは仕方なく付属の串を手に取って、手はじめに平皿用スポンジもどき……はんぺんとやらを突き刺し、口へと運ぶ。

 ――たしかに、けっこううまかった。こんにゃくなるものの、ゴムのような食感にはすこし当惑したが。


 しかし、断じてこれは飲み物ではない。


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