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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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突入する勝手連


 ケイとクレスは地下駐車場からライフラインをメンテナンスするための共同溝に入り込み、さらに古代の皇帝が掘らせた港から宮殿までつながる地下大路へ――崩落の心配がない一部は観光コースになっているので人目につかないよう注意が必要だ――出て、そこから地下鉄のトンネルとマフィア戦争時代の狭苦しい秘密通路を経由してまたべつの時代の遺構を伝わり、建設途中の地下調整池へと達した。


 起伏があまりない草原パンパが広がっているこの一帯は、ひとたび洪水に見舞われると水はけが悪く、何週間も沼地になってしまうことがしばしばだった。大雨が降るのはおおむねはるか彼方の山のほうで、都市化が進行すると同時に水源開発のために黄金の川(リオ・デ・ラ・オロー)水系の上流にダムが複数建設されたのでここ三〇年ほど洪水は起きていないが、観測データによると、近年の気候変動によって降水地域が遷移しつつあると示唆されていた。

 財閥は、実際に水害が発生する前に対処するべくあらたな地下空間を整備している途上だった。つまるところ、まだほかの下水管や河川には接続されていないので、いきなり水が流れてくる心配はない。


 コンクリート打ちっぱなしの床面を歩きながら、地上の暑さが嘘のような肌寒さにクレスはわずかばかり首をすくめた。


「もうだいぶん財閥テレシナ支社ビルに近づいてきたはずだが、ここはいわゆる大深度地下ってやつだ。あのビルはたしか地下六階まであったかな、それでもフロアいくつかぶん距離があるだろう。……どうすんだ?」


 その声を受けて、すこし先を進んでいたケイが一度立ちどまった。しばらく周囲を視覚、聴覚、嗅覚その他でさぐっていたようだが、クレスのほうへ取って返すと、預けていたカバンを鼻面でつつく。


 ケイの意図を了解したクレスはカバンを背中越しに放った。見られていても気にはしなかっただろうが、ケイは人間の姿に戻って手早く服装を整える。それでも三分ほどかかった。


「おまたせ。――あの柱を登って天井に穴を開ければ、テレシナ支社のビルにつながってる排水溝に出られる。これまでと違ってぶ厚いから、〈傘〉だけで掘るのは時間がかかるわね。あっちの鍵がかかってるコンテナに発破の爆薬が入ってるみたい」


 クレスの視界内に入って、ケイは頭上と左方向へ指差しながら説明した。


「またトンネル工事か。しかし任意で変身できるんなら、これまでも面倒がすくなくてすんだ場面が多かったのと違うか」

「最初からできたワケじゃないわ。この前からよ」

「あのときからか」

「そう」


 もちろんただ立ち話だけをしているのではなく、クレスはここへ到るまでも道を切り開いてきた〈傘〉を取り出してコンテナの錠を熔断している。束ねられた筒とリード線に、大きなビニール袋に入った土くれのようなものが入っていた。


「プラ爆の使いかたは知ってるが、産業用爆薬はよくわからんな」


 クレスがそういうと、ケイがすぐに横から注釈を入れる。


「袋に入ってるのはANFO爆薬ね。雷管で直接起爆はしないから、ダイナマイトを起点にするの。RE(相対有効性)係数の比はC4に対して一・六七五よ」

「おまえは便利だな」


 さまざまなデータを頭に詰め込まれている、歩く百科事典としてのケイにクレスは率直に感心した。「C4」とは軍用プラスチック爆弾のことである、というような、聞き手にとっては既知の事項を省略してくれる点も電子辞書より気が利いている。

 ダイナマイトがどれかは教えてもらうまでもなくわかるので、結束をほどいて筒を一本取り、リード線を肩に巻く。ANFO爆薬の袋を小脇に抱え、クレスは柱の表面に梯子状に埋め込んである鉄骨の横棒に手足をかけて登りはじめた。

 なにもいわれるまでもなく、ケイもつづいてくる。狼の姿から戻ったのは、口頭で伝えるべきことがあっただけでなく、人間の手足がないと梯子の昇降に不便だったからのようだ。


 天井に取りついたクレスは重たいANFO爆薬の袋をケイに支えてもらって〈傘〉でコンクリートを斜めに穿孔した。袋を開け、空けた穴の内側に粘土のようにANFO爆薬を詰めていく。

 実際、肥料の主原料である硝安と燃油の混合物であるから、質感としてそうかけ離れたものでもない。C4で開削するのに必要な推定量の一・七倍弱を投入する。


 ダイナマイトをANFO爆薬中に埋め込み、雷管をセットしてリード線をつなぐ。リード線を引きながら梯子を降って、破砕されたコンクリートに潰されないよう柱の裏手に退避。


「いくぞ」


 耳をふさいだケイが無言でうなずくと、クレスは〈傘〉の刃でリード線を切断した。発生したスパークが、雷管が起爆するだけの電気ショックを与える。


 そう大した規模の発破ではなかったのだが、地下空間で反響して轟き渡った爆音はすさまじいものだった。山ひとつ吹き飛ぶのではないかと錯覚するほどの音だったが、振動はさほどでもなく、一瞬で収まる。

 巨きなコンクリ片が降ってきて、そちらが地面に激突する衝撃のほうが大きかった。


 柱の陰から出て上を眺めてみると、人がとおるには充分なサイズの穴がのぞいていた。排水溝に達した証拠に、細い滝のように水が流れ落ちてくる。


「あーあ。穴ふさぐ前に大雨降ったら、テレシナの地下街から地下鉄から古代遺跡まで全部水没しちまうな」


 これまでも「工事」を繰り返してきたクレスはそういったが、


「雨の予報は来週、今日中に決着つけば一日で塞げるわ。いきましょ」


 とケイは気にしようともせず、するすると上へ昇っていく。


「パンツ見えるぞ」

「見たいなら勝手に見なさい。あたしはシュミじゃないんでしょ」

「そういうデリカシーのないところがそそらねえな」


 ありがたみがないから、というわけではないのだが、クレスはすぐにはつづかず下で待った。ANFO爆薬の威力では破断せず、コンクリートの断面から露出して残っている鉄筋にうまく飛びついて、ケイは頭上の穴の奥へと消える。


 念のためにダイナマイトを一束ぶん――一本使ったのであと五本――ベルトに挟んで、クレスも再び梯子を昇りはじめた。


    ****


 ラッツが持っている警備部要員の端末がけたたましい警報音を発しはじめたのは、シュルツとユージーンを伴い、レイカとともに最上階へ向かうべくオフィスを出たところだった。ほかの三人がなにごとかと見守る中、ラッツは端末を取り出して警報音をとめ、通知を確認する。


「――地下フロア外壁が爆破されただと?」


 ひとりごつラッツの声に、レイカはユージーンとシュルツを見遣った。ふたりともに、唐突な事態の展開についていけているような顔ではなかった。ユージーンに視線を絞って、レイカは口を開く。


「あなたたちは関与していない、正真正銘の反財閥主義者による攻撃かしら」

「いや、彼らの手もとにはもうなにも……それどころか『彼ら』と称するべき実体そのものが、もはや形をなしていないはず。ありうるとしたら、思想に共鳴した第三者の独自行動だろう」


 ユージーンの答えに、レイカは肩をすくめた。


「そうだとしたら、あなたたちは巧くやりすぎたということね。反財閥主義者をまとめあげるどころか、自然発生してくるほど思想を普遍的なものにしてしまった」


 宗教原理主義による終わりのないテロ攻撃に手を焼いている先進諸国と同様、財閥も反資本主義者、反グローバル主義者、原始共産主義者から打倒すべき悪の総本山とみなされるようになるのだろうか。もちろんいまでもすでに敵視はされているが、彼らがスローガンの記されたのぼりや横断幕の代わりに、自動小銃や自爆ボタンを手にしてくる近未来の光景というのは遠慮したいものである。


「彼らが一切の手引きなしに、独力で財閥の中枢へ直接攻撃をしかけてきたとすれば、また違うレベルの問題になる。だが、ここまで昇ってくることはできないはずだ。いまはとにかく、フランツさまの真意を直接確認しよう」


 そういったのはシュルツだった。現に、地上七〇階層のこのフロアには地下での異変などまったく伝わってきていない。財閥首脳を脅かすにはまるで威力の足りない爆発であるし、ビルの内部に侵入してきているとしても、警備部に任せておけばいい。


 レイカも、足もとの問題はひとまず棚あげすることにした。フランツが永遠の若さを得て、手足として動く人材すら自分自身に等しいユージーンのような者を使うというなら、財閥の組織は根底から変容する。

 フランツに対する忠誠が揺らいだ、薄らいだ、という段階ではまだないが、その形は異なるものになりうる。たとえば、フランツと同質ではあるが別人格であると自認しているユージーンのような相手とはどのような関係であるべきなのか、総裁自らからはっきりとした見解を述べてもらわないと、おちおち仕事にも身が入らない。


 ――最上階へ向かうべくエレベータのコンパネに触れたところで、レイカは柳眉をひそめることになった。最上階まで通じているエレベータは一基だけ、フランツのほかには、現在テレシナに滞在している人間で使うことができるのはレイカとシュルツのみで、直近で利用したのはさゆりお嬢さまのはずなのだが、何者かがカゴを呼び出そうとしているのだ。しかも下のフロアから。


「だれかいるの?」


 これまで使ったことのなかったコンパネの通話ボタンを押してレイカが誰何すると、乾いた発砲音の連続をBGMに、応答があった。


『ケイ=ヴィネットです。クレス=カガミもいます』

「……ケイちゃん? どうしてこんなところにいるの? しかもクレスもって――まさか、あなたたち」

『そうです、壁吹き飛ばしてお邪魔したのはあたしたちです。ちょっとこれ開けてもらえませんか? 警備部の人に、できるだけ怪我はさせたくないんですけど、このままだと――』


 半秒だけ考えて、レイカは自分のIDカードをコンパネに読み込ませ、顔認証のセンサーへウインクしてみせた。エレベータが起動する。


「いまリフトを下ろすわ。三〇秒くらいかかるけど。……クレスに代われる?」

『ちょっと待ってください……レイカさんが、代わってだって――さす――む――か……って、うわっ!?』


 ノイズで切れ切れになり、最後に爆音で通話は途絶えた。五秒ほどして、声が蘇る。


『なんだ、こっちは忙しいんだがな。〈傘〉が電池切れたから安置もねえし』

「クレス、私がどれだけ心配してたか、わかってる? 死んだふりなら、ちゃんとそう教えてちょうだい」

『そんなくだらねえ用件で呼び出すなよ。あんたら財閥側から身を晦ますための死んだふりなのに、なんで教えなきゃならないんだ。――ラスト一本、これ見よがしにぶん投げろ』


 おそらくケイに向けたのだろうクレスの声のあとに、再度爆発音が響き、耳障りな音割れを残して通話がまた切れた。


 先ほどより長い沈黙だったが、今度はクリアな声が聞こえてきた。到着したカゴに乗り込んだのだろう。


『助かりました、ありがとうございます』

「あなたたちは、どうして地下からそんな物騒な方法でここに入ってきたのかしら?」

『もちろんさゆりお嬢さまをお守りするためです。あたしは、フランツ総裁が孫娘に危害を加えるとまでは思っていませんが。さゆりさまがあたしを必要とされているなら、いかなる手段を用いようとお嬢さまに従います』


 ケイの答えには微塵のためらいもなかった。さらに、クレスの声がつけ加える。


『俺たちはお嬢さまを優先することになる。気に食わないならこいつを停止させればいい』

「さゆりさまをお願いするわ。あなたたちに任せます」


 レイカは迷うことなくふたりのイレギュラーな行動を追認した。実際、このふたりはいかに阻まれようとも障害を突破するだろう。やるだけ無駄なら、支社ビルがこれ以上損傷したり、殉職者や怪我人が出るようなことをする必要はない。


「……レイカさま、よろしいのですか?」


 三人の男たちはずっと口を開くことができないでいたが、ようやくそういったのはラッツだった。レイカは、ごく平静な声でとんでもない応えを返す。


「そうね、私はさゆりお嬢さまを担いで、フランツ体制に対してクーデターを起こした――見ようによってはそうなるかも」

「レイカくん……!? いや、きみがそんなことを本気で考えているわけではないだろうけど。しかし……フランツさまは若返りに成功なさり、ユージーンたち信頼できる自身のコピーをも手になさった。そう考えれば、たしかに僕らのような人間は用ずみになるのかな」


 と、シュルツは身の振りかたを考えあぐねるような顔になった。


「フランツさまは自らの危険性も熟知されている。無闇やたらに自分と同じ能力を持つ者を増やしはしない。網から取り逃がしかけたカガミの男が戻ってきてくれた、それで満足なさるよ。ミス・グレイスが咎められることはないさ」


 ユージーンがわけ知りにいい、あとの三人はそれぞれの表情で視線を交わした。こんなところに居合わせてはいるが組織の末端から数えたほうが早いラッツはともかく、これまで上位者は総裁フランツその人だけだったレイカとシュルツにとって、ユージーンのような者は微妙な存在だ。


 最上階でフランツとさゆりがどんな話をしているのか、レイカたちは知るよしもなかったが、そこへケイとクレスが乗り込んでいくことを許容した結果、いかなる事態が生ずるのかはわからない。

 場合によっては、レイカが口にした、冗談ともそうでないともつかない科白が現実味を帯びてくるのかもしれなかった。


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