祖父と孫娘
さゆりもまた、フランツ本人から話を聞かされていた。
財閥に敵対する組織をあぶり出すための計画の存在。さゆりを囮にしようという発想が最初からあったわけではなく、フランツは自ら矢面に立つつもりであったこと、しかし学校襲撃事件によってジョセフが喪われたために情勢が変わり、またさゆりが不死身の力を身につけたため、計画は修正された――
「……きみの友人には悪いことをしたと思っている。私自身が思っていた以上に警備部の体制が堅牢だったので、搦手からでないと出し抜くことができなかったのだ。財閥令嬢の身柄を実際に確保しなければ、やつらは乗ってこなかったのでね」
自身の準クローンであるユージーンにウェンディをそそのかさせたことを認め、フランツは形ばかり悔やんでみせた。もっとも、まったく悪びれている様子はないが。
フランツの足もとで白目を剥いている老人へ視線を遣って、さゆりは祖父へ問うた。
「では、そこにいるのは抜け殻なのですか」
「いや違う。私が若い肉体に適合できなかった場合を想定し準備していたスペアだ。私の以前の肉体はもう存在していない。人格移植には細胞ひとつの単位に至るまでの徹底したスキャニングが必要だそうでね」
科学の粋を結集し、まさに転生を果たした新時代の帝王はこともなげにそういった。
生まれ持っての肉体が消失したのなら、狭義においてフランツ・ジェイド=レンドールは死亡した、といえるだろう。しかし眼前の青年が間違いなくフランツであると、じつの孫娘であるさゆりにはわかっていた。
否定してやりたいのが本心だったが、理性以外の部分がはっきりと告げている。
フランツへ目を戻し、さゆりは口を開いた。
「あなたはありとあらゆるものを手に入れてきた。若さすら取り戻して、これ以上なにを望むのですか、お祖父さま」
「私はなにかを手に入れようとしたことはないのだよ。私は世界の支配者ではないし、支配を望んだこともない。ある時期からは、財閥を支配しようとする者たちにその資質を問うようにはなったが」
「そうでしょうか。あなたは自分の地位と権力を保つためなら、なにが犠牲になろうとも当然のことだと思っていませんでしたか。わたしの両親を殺したのは、事実上あなたです。あなたにとっては、じつの息子とその妻だった」
祖父であり家長であるフランツに対し、さゆりは真っ向から指弾の言葉をぶつけた。フランツのほうは、まったく動じる様子もない。
「あのとき、ジョセフとヨリコだけを、そしておまえだけを救う方法がなかったとはいわない。そのほかのすべての人々の生命、財産、自由、尊厳、その他諸々を差し出せば。その選択は、真に責任ある立場の者が採ってはならないものだ。たとえあの場に私自身がいて、銃を突きつけられていたとしても、変わりはせぬ」
「その立場というのは、あなたが勝手に自ら任じたものでしょう」
「私の両親、きみからすれば曾祖父母は、その種の立場にいた人間たちのゲームによって殺されたのだよ」
フランツの貌に、はじめて肉親への感情が現われた。さゆりにとっては、意表を突かれたといえば意表を突かれた、ある意味では、祖父が本当に自分と同じ血の流れている人間なら、どこかに隠しているはずであり、しかしこれまで見たことのなかった、目のあたりにする機会を待ちづつけていた貌であった。
沈黙に代えて先を促す孫娘に対し、フランツはふた親を喪い、己の力だけで立つことになった、そして財閥を築くにいたった、これまでの自らの行動の核心について言及した。
「私は、両親がなぜ死ななければならなかったのか、いや、遺体はおろか、痕跡のひとつも残すことなく消えてしまったのはなぜなのか、なんとしても突きとめようと誓った。何年かかったか、真相に近づき、私は悟った。ゲームの駒に甘んじていてはならない、プレイヤーにならねばならないと。ひとりでも多くの人々を救うには、私がプレイヤーとなって勝利し、ほかのすべてのプレイヤーに、ゲームをやめさせなければならないと」
「そしてあなたは、自らが同じ立場となったとき、駒としてわたしの両親を、友人たちを見殺しにした、ちがいますか?」
「違わない。だがそんな理不尽も間もなく終わりになる。ゲームを継続させるためだけに人々が犠牲に供されるようなことは。私が唯一のプレイヤーとなり、そしてゲームそのものを終わらせる」
さゆりの指摘を首肯しながらも、フランツはいささかも揺らがなかった。さゆりは下がっていた腕に力を込め直し、祖父の心臓へ銃口を擬す。
「わたしがいまここで両親の仇を討ったとしても、あなたからそれを咎められるいわれはありませんね」
「構わんぞ。私の跡を継ぎ、すべてを背負う覚悟があるのなら、思うさまに行動したがいい。だが、単に復讐をしたいというだけなら、この生命をくれてやるわけにはいかんな。私は両親を殺した相手が憎くてこの途を歩んだのではない。そもそもだれが、なぜ殺したのかもわかっていなかった。あのとき、四三三人の生命を奪った相手は、強いていうならばこの世界そのものだ。もちろん仇を討とうというなら不可能ではない。望めば世界そのものを滅ぼすこともできるところまで私はやってきた。しかしそんなことに意味はない」
「あなた自身がもはや世界そのものだからですか」
「それは違う。いっただろう、私は世界の支配者ではないし、そうなるつもりもない。私は世界をより良くしようだとか、そんな神のようなことは考えていない。世界規模の大戦は起こらなくなるだろうが武力紛争はなくならんし、全人類に幸福がおとずれるなどということもない。犯罪も不正も消えはしない。ただ、人々が己のまったくあずかり知らない、因果の外から、他者の恣意に玩弄されることだけはなくなる。勝手に他人をゲームの駒に仕立てるような真似は許されなくなる、それだけだ。……もしも両親の死の真相が通常の航空事故であったなら、私はホテル・レンドールの支配人以上のことはなにもしなかっただろう」
神のごとく振る舞うつもりはない、といいはしたが、フランツの視点は普通の人間の域ではなかった。巨人なのか、異星人なのかはともかく、同一の線での会話が成り立っているとはいえない。
それでも、さゆりは問わずにはいられなかった。
「あなたの恣意が現に多くの人々を翻弄していることは、どう説明するのですか。あなただけは例外的に、人々の運命に干渉することが許されるというのですか?」
フランツはひとつため息をついて、応じる。
「権利もなく他者の人生に干渉する連中に対抗するには、同じ力を手にして、振るうしかなかったのだ。一時の方便だよ。もちろん、私自身も最終的にはこの力を手放す。だがそれには時間がかかる。そのためにこうして老いさらばえていく肉体を捨て去ったのであり、そろそろやってくるだろう、きみの従者の力が必要になるのだ」
その言葉に、さゆりは自分がやってきたほうへ振り返った。なにも見えないし聞こえないが、たしかに気配を感じる。フランツのいう「従者」とはケイのことだろうか。どうも違う気がする。しかし、カガミは去ったはずだ。
もちろん、さゆりはクレスがテレシナにとどまっていることをまだ知らずにいる。




