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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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動き出す勝手連


 ユージーンと呼ばれた青年は、自分が総裁フランツの遺伝情報を基に造られた準クローンであることを認めた上で、これまでどのような役割を負ってきたのかを説明しはじめた。


 当時財閥の新総裁になって間もなかったジョセフ、そしてヨリコの夫妻をはじめとする、多くの犠牲者が出た八ヶ月前の学校襲撃事件のさい、死んだはずのさゆりが奇跡の生還を果たした――それがきっかけであった。


 かねて不老不死について調べを進めさせていたフランツは、どうやら孫娘が不死身の力を手に入れたらしいと知った。不死鳥についての断片的な情報を得たフランツは、不死者を助ける、あるいは裁くために現われるというカガミの能力者をおびき寄せるため、不死身となったさゆりを利用することにした、と。


「度重なるテロ攻撃に遭いながらも奇跡の生還をつづける財閥令嬢――その噂が広まれば、不死鳥を司る者はきっと現われる、そういう計算だった。もともとは、ぼくたちのようなダミーが反財閥主義者を引きつける囮に使われる予定だったんだが、擬似ルアーではない正真正銘の餌を使えるなら、従来の敵を掃討すると同時にあらたな待ち人をも招くことができる。ぼくは当初とは異なる役柄を演じて、反財閥主義者たちと接触した。自分はレンドール家の血縁者であり、正統な財閥の継承者である、フランツの余命いくばくもない中、さゆりがいなくなれば自分が財閥を手中にできる、第八秘書シュルツをはじめ、多くの幹部の支持を取りつけてある、残る問題は継承順位だけだ――とね。俗物どもにはわかりやすい脚本だった。財閥が内訌ないこうを起こしていると彼らは本気で信じて、向こうの手札をすべて開陳してくれた。彼らにそのすべてを賭けさせるため、ぼくは真実の内部情報を流し、ある程度アシストするために動きもした。それによって多くの危険が生じ、犠牲者が増えたことを否定はしない。……正直いって、フランツさまと同質の頭脳があるはずのぼく自身、怖気を震う計画だったよ。こんなおぞましいこと、自分なら思いついても実行には移せない。実際に、うまくいったがね。カガミの男が噂を広めるまでもなくさっさと向こうからやってきた上に、真物ほんものなのかどうか判断しかねているうちに消えてしまった点をのぞけば。もっといえば、きみたち警備部がきわめて優秀で、さゆりさまの身に真の危険が迫ったのは一度だけだったから、カガミの男に関しては、この計画ではそもそもかすりもしていなかった、ということになるかな」


 最後にラッツのほうを見て、ユージーンは長広舌を締めた。レイカとラッツのみならず、シュルツにとっても青天の霹靂というほかない事実の暴露だった。

 フランツはまさに()()()()だけで、いくら不死身であるといっても、孫娘すら囮にして独断でことを進めていたのだ。なにも知らずに戦い、あるいは巻き込まれた財閥の職員、一般市民の数は計り知れない。


「すべてフランツさまの計画であり、指示だった、というの?」

「ぼくが理解している限りではね。ぼくがすべてを知っているかどうかは、わからないが。それでも、こんなことを現実にやってのける人間が、この世界にフランツさま以外にいるというのは、考えたくないな」


 レイカの質疑に対し、ユージーンはそういって屈託なく笑った。その表情は、苦労知らずの学生といった風に見える。

 B研のケイと似たような存在だというなら、肉体年齢としては二〇代でも、まだ生まれてから何年もたっていないのだろうが。そして、レイカはロゼットチームが総裁の準クローンを制作したという報告はまだ受けていなかった。


 シュルツのほうへ視線を戻し、レイカはつづいて問う。


「ミスタ・シュルツ、彼はいつからあなたのアシスタントをしているの?」

「僕の部下ってわけじゃない。半年くらい前から、フランツさまは身のまわりをユージーンに任されていた。フランツさまからは、友人として色々教えてやってくれ、と紹介されただけだよ。……ユージーンがフランツさまの若いころの姿だなんて、僕は気づいてなかった。もしかして、フランツさまご本人だと思っていたかたも、影武者だったのか……」


 己の目に対する自信を失ったか、シュルツは弱々しくかぶりを振った。これにはユージーンが口を開きかけたが、レイカの声が先んじる。


「すくなくとも私が最後にお会いしたとき、先月の時点でのフランツさまは間違いなくご本人だったわ。いまはどうだか、直接お目にかからないとわからないけど」

「さすが。ミス・グレイスのことをフランツさまはいたく評価していらしたが、納得だね。あの時点までのフランツさまは、生まれ持った肉体ですごされていたよ」


 つまり現在のフランツはもう以前の肉体ではない、と言外に含んでいるユージーンの科白に、レイカとラッツは天井のほうを仰ぎ見ていた。さゆりが総裁に呼び出されていることは、ふたりとも知っている。


    ****


 ケイは本来の通学経路の途中で路線を乗り換えて、テレシナの市街へやってきていた。駅のトイレで、制服から、持ち出しておいた私服に着替えている。


 課題の提出日ではなかったはずなのにお嬢さまがノートを預けてきた時点で、ケイは事態が尋常ではないということに気づいていた。

 登校の準備をしながらノートを開いてみると、さゆりの筆跡で「あなたの助けが必要になるかもしれない」と走り書きがしてあった。そのゆえに、ケイは学校へ行くと見せかけて、さゆりが呼び出されたであろう財閥のテレシナ支社の近所へとやってきたのだ。


 しかし、どんな助けができるのか、ケイ自身にはあまり考えが浮かんでいなかった。


 さゆりの護衛の任務がないときは銃を携行できないし、そもそも護身用の小型拳銃ひとつではたかが知れている。ケイに限っては狼の姿に変身したほうがはるかに強い。

 とはいえ、銀狼になったところで財閥テレシナ支社ビルへ突入してその最上階まで行けるのかといえば、たぶん無理だった。エレベータも階段室のドアも、最高幹部のIDカードがなければ開かないだろう。周囲のビルの屋上や外壁を伝っていったとしても、大きな狼の体あたりでは強化ガラス製の高層建築の窓を割ることはできまい。

 動物の突撃で破るなら、もっとサイズと重量が必要だ。カバとか、シャチとか。そもそも、財閥テレシナ支社のビルは広い敷地の中央に単独で建っていたはずだ。空を飛ばないと上層に直接アプローチはできない。


 さゆりのほうから連絡をしてくるのだろうか――ケイがモバイルを手にしたところで、通りを徐行してきたらしい車のエンジン音がとなりに並んできた。

 タクシーに用はないぞ、と画面を見ているふりをしながらケイは歩道を建物のほうへ斜行したが、軽くクラクションを鳴らされる。どうやらタクシーではなかったようだ。そういえば、エンジン音がぜんぜんエコではない。ひょっとしてナンパのつもりなのか?


 あきれたケイは手近な建物に入って――駐停車禁止エリアなので車を降りて追ってはこれないとわかっている――やりすごそうとしたが、いちおうは車道へ横目をやって、そのまま足がとまった。

 自分の見ているものがなんなのか、一瞬確信が持てなかったので。


 いかにもガールハントに使われそうな、軽薄な赤いオープントップツーシーターのハンドルに手をかけているのは、緑の黒髪をした、しかしサングラスをかけていて眼の色がうかがえない若い男だった。

 服装は麻の涼しげなサマースーツで、ノーネクタイ。警備部の制服姿だったときと同様、だらしなく着崩しているのだが、腹立たしいことに決まっている。


「乗ってけよ」


 声は間違いなくクレス=カガミのそれだった。ケイはドアを開けることなくジャンプして、器用にも助手席に収まった。

 美少女と超がつくスーパーカーに乗った美青年――その取り合わせに周囲の好奇の視線が集まる前に、推力比が地上車よりは飛行機のほうに近い、軽量大出力のスポーツカーはたちまち法定速度をやや超えるスピードになって走り去る。


「なに、このクルマ」


 そういうケイの問いに、


「グレイス秘書のマイカー。風光明媚なエル・アンゼリーナの海岸線や平原を飛ばす機会があるんじゃないかって、期待してこっちに持ってきたんだとさ。ところが現実はそれどころじゃなかった」


 とクレスはしれっと答えた。


「こんな防弾性皆無のオープントップに財閥のナンバー2が乗るなんて、問題外ね」

「だろうな」

「……そうじゃなくて、レイカさんのクルマってのはなんとなくわかるけど、なんであなたが乗ってるの」

「だいぶ前にキーを預けられた。ドライブに連れてけって意味だったのかもしれねえが、そんなヒマはけっきょく一度もなかったな」

「姿をくらましておいてまだテレシナに残ってる理由は?」

「さゆりは本来ならあと二年は不死身でいられたはずだった、ちょっとは様子を見るのが義理ってモンだろう」

「意外に殊勝なところがあるのね」


 感心半分、しかしケイの声にはまだ疑いも残っていた。

 たしかにこの男は、これまで嘘はついていないように思われる。だが、事実のすべてをあきらかにしているのかはわからない。そもそも、荒唐無稽で裏の取りようのない話ばかりだ。


 財閥テレシナ支社のある中心街へ通じる道に入り、混雑してきた。クレスがギアを落とすと、エンジンが不服そうに低くうなる。


「フランツじーさんは、不死鳥に関してなにかを知ってる。その知識が中途半端でなけりゃいいんだがな」

「さゆりさまがまだ不死身だと思って、血を取ろうとするとか?」

「まあそんなところだ。ところで、さゆりがじーさんに呼び出されたらしいってことは俺にもわかってるが、おまえはどうやってお嬢さまのもとに行くつもりでいたんだ?」


 無計画で行動していることを看破されたケイだったが、通学カバンからさゆりのノートを取り出してしめしつつ、抗弁する。


「さゆりさまからメモ書きを預かったから、学校に行ってる場合じゃないと思って、とにかくきてみただけよ。あなたこそ、いまは警備部内の情報とかは手に入ってないはずよね。このクルマを無断拝借してるのも、ヘリとかで移動はできないから足に使ってるからでしょ」

「だいたいそのとおり」

「あなたも具体的な作戦はないってことじゃない」


 考えなしはお互いさま、と開き直るケイに対し、クレスはため息をついて指を一本ずつ立てていった。


「行きあたりばったりと出たとこ勝負は似て非なるものだぞ。侵入路くらいは想定しておけよ。プランA、正面強行突破――俺とおまえでガチでいけばどうにでもなるが、警備員に怪我人が出るのが問題。プランB、チャーターなりハイジャックなりで小型機を調達して屋上に強行着陸――たぶんうまくいくだろうし、さゆりとじーさんがいる最上階に一番近いが、しくじると痛いだろうな。プランC、インフラ共同溝と地下遺構を伝わって潜入――隠密度は一番だが最上階からも一番遠い」

「Aは論外。Bって、失敗したら痛いじゃなくて死なない?」

「じゃあCか。多少のトンネル工事が伴っても支社の地下まではいけるが、そこから最上階まであがる方法があるのかは知らねえぞ」


 どうやらさゆりが持っている〈傘〉の同型を仕入れてあるらしく、クレスはそういった。アレがあれば、並の厚さの鉄板やコンクリートの壁はくり貫いてしまえる。


「まずはテレシナ支社のビルに入りましょう」


 ケイがうなずき、クレスは摩天楼の建ち並ぶ区画へ向けハンドルを切った。映画館とショッピングセンター、レストラン街が入っている複合商業ビルの地下駐車場で車を降りる。


 トランクを開けて突入作戦の準備をはじめたクレスだったが、ケイが通学カバンから自分の制服を取り出し、空にして押しつけてきたので目をしばたたかせた。

 意味がわからないでいるうちに、ケイは身に着けているものを脱ぎはじめる。靴が飛んできて、ソックスが飛んできて、ブラウスが飛んでくる。


「……なんで脱ぐ」

「この服はさゆりさまに選んでいただいたものだから、台なしにしたくないの。それに、またあなたに上着借りたり剥ぎ取られたりするのもいやだし」


 かといって制服に着替える、というわけでもないらしい。どうやら、狼に変身するつもりのようだが。


「ほら、はやくあたしの服カバンにしまってよ。しばらく預かっててもらうからね」

「……パンツまで持たすなよ」

「よろこびなさい!」

「あーはいはい。わーぱんつだうれしー。なんなら被ってみせるか?」


 誠意も喜色もゼロのクレスの棒読みに、ケイはブラを投げつけながら白眼を向けた。


「やめなさい。……もう、若いのはやっぱり見た目だけなワケ? ちんちんは二〇〇歳でもう萎びてるってこと?」

「さゆりお嬢さまのお付として、もうちょっと品のある言葉遣いをだな」


 クレスの二五〇パーセントの正論に、ケイはこの場では引さがることにした。全裸でいようが、銀狼の姿だろうが、人目につく可能性があるので早く立ち去るに限る。クレスにしろ、いまは正当な理由なく銃器を保持しているのだ。


「ついてきて」


 そういったつぎの瞬間、ケイは巨大な狼に変化している。クレスは肩をすくめ、ケイの着ていたものをカバンに詰めると手についたものだけをスーツのポケットに入れ、車のトランクを閉めた。


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