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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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真の開幕


 テレシナ市周辺で一夜のうちに勃発した同時多発的な武力衝突は、巻き込まれた一般市民がごく少数であったため、その規模ほどには大々的に報じられなかった。


 エル・アンゼリーナ国防省スポークスマンは、テレシナ近郊に潜伏していた、隣国マティーノの反政府武装勢力に対する掃討作戦がマティーノ共和国軍特殊部隊とエル・アンゼリーナ国防軍の合同で遂行され、成功を収めたと発表した。


 テレシナ市警は、麻薬組織どうしの抗争が市内で発生し、フリューデ・カルテルの幹部の娘を狙った誤認攻撃で同級生とその友人の姉が犠牲になったと会見を開き、反社会勢力を非難した。

 当事者に近い人物は、実際に狙われたのはカルテル幹部スピノーラの娘ではなく、F財閥令嬢であったとわかってはいたが、あえて真実を訴えようとはしなかった。彼女たちにせよ、じつはエレミアを殺したのがウェンディなのだという事実までは知りようもないことであり、その裏になにがあったのかにいたっては、推測する材料すらないのだ。


 一連の情報工作によって最大の恩恵があったのは、おそらくはウェンディの家族であろう。犯罪者としてではなく、被害者あつかいのまま幕が引かれたのだから。もっとも、それで娘を、孫を、妹を喪った痛みが軽くなるというわけではないが。


 もちろん、完了したのは公式発表だけであって、事後処理は無数に残っていた。作戦に参加して負傷した警備部要員の補償から、捕縛した武装勢力の構成員に対する法的取扱の整合性に関して当局と調整することまで。


 そうしたあと片づけもあらかた終わった、事件から二週間たった日の午前、総裁付第一秘書のレイカ=グレイスは警護課のエドワルド=ラッツを伴って、第八秘書ロバート=シュルツのオフィスを訪れた。

 アポイントメントなく押しかけた先から常にはない鋭い口調で人払いを命じ、シュルツの秘書補たちを室内からたたき出す。部屋に三人だけになると同時にラッツが動き、妨害電波と低周波シールドを発生させる装置をデスクの上においてから、警備モニタを無効化し、遠隔監視装置になりうるモバイルやコンピュータの電源を次々とオフにした。盗聴器があったとしても、軍用の指向性集音マイクを用いたとしても、もうこの部屋から音声を聞き取ることはできない。


「ずいぶん仰々しいね。秘密の相談? それとも、取り調べかな」


 さすがにこの程度では動じないシュルツへ、レイカは真剣な眼を向ける。


「私の独断よ。法的にでも、内規に基づいてでも、あとでどこへ訴えてもらってもかまわないわ。でも、まずはこちらの話を聞いていただくし、質問に答えてもらいます」

「ふうん、取り調べってことなんだ。容疑はなにかな」


 しらばっくれているにしてはふてぶてしさのない態度で、シュルツは居住まいを正した。自分にどんな嫌疑がかかっているのか、興味を持っているように見える。レイカに代わって、ラッツがプリントアウトされた用紙を並べながら口を開いた。


「ここ二ヶ月ほどのあいだつづいた、さゆりお嬢さまの身を狙ったテロ攻撃に、一定の背後関係があると強く示唆する調査結果が出ました。シュルツさまからも情報提供をしていただけると助かるという意味であって、あなたの関与を断定しているわけではありません」


 そういって、ラッツは一枚ずつプリントについて陳述をはじめた。

 ショッピングモールでの襲撃事件、さゆりが実際に拉致された先日の事件、そのいずれにも、一時ヴァンガード・フォース・サプライに籍をおいていた人間が襲撃側に加わっていたこと。ヴァンガード・フォース・サプライは、ヘンプ・サービスが所有する合法低用量大麻を生産している農園の警備という名目で、同社へ武装保安員を派遣する契約を結んでいること。

 ヴァンガード・フォース・サプライは、最近になって東ヌロンドの外国人部隊から退役軍人を大量に受け入れていること。その悪名高き人狩り部隊(マンハンターズ)の解体は、東ヌロンド和平協議の条件のひとつであったこと。かなりの巨額にのぼった、現役特殊部隊を丸抱えするその資金は、おおむねは財閥系列の民間軍事会社であるゼネラル・セキュリティから出ているが、旧大陸で反財閥運動を支援してきたと疑われる某財団からも間接資金が流入している可能性のあること。

 テレシナでの最初の襲撃事件である、お嬢さまの登校車列への攻撃に使われたアサルトライフルとロケットランチャーは、東ヌロンドとその周辺で広く使われているモノである――もっとも、こちらの大陸の反体制武装勢力も以前から西太洋を渡る密輸船で仕入れている、めずらしくはない程度のタイプだが――こと。


 そして東ヌロンド情勢に深く関与しており、ヘンプ・サービスとその母体であるフリューデ・カルテルとも太いパイプがある財閥の重要人物といえば、ロバート=シュルツその人であること――


 並べ立てられた状況証拠を前に、シュルツはむしろ同調するようにうなずいた。


「まあ、これだけ出てくればだれだって疑うよね。僕でもあやしむ。フランツさまに確認は取ったんだよ、本当にVFSでいいのかって。ヘンプ・サービスはいちおう合法企業なんだから、ゼネラル・セキュリティから直接武装警備員を出したって財閥のイメージがそう悪くなるものじゃない。わざわざ迂回措置を講じてさゆりさまの近辺に胡散くさい連中が寄ってくるようなことをする必要はないと思いますが、とね」

「ヴァンガード・フォース・サプライが経糸になって、反財閥主義者の武器と人材がこちらの大陸に流入するような措置をあえて進めたのは、フランツさまだというの」


 レイカが再度(ただ)すと、シュルツは眉間にしわを寄せて肩をすくめた。


「僕にフランツさまのお考えはわからないよ。しがらみや恨みつらみの薄い新天地で一大拠点を構築するにあたって、以前からの因縁のある相手はできる限り遠ざける――普通の発想ならそうなるはずなんだけど」


 そこで、ラッツが懐へ手を差し入れながら突如椅子を蹴って立ちあがった。おどろくふたりを背後にかばうよう動いて、ラッツはオフィスの出入り口へ正対しながら抜き出した銃を擬した。人払いを厳命されたはずだが、ドアを向こうから開こうとする者がいるのだ。


 ゆっくりと扉が動き、姿を現したのは、シュルツより若くレイカと同年輩とおぼしき青年であった。

 記憶している関係者名簿には連なっていない顔に警戒の色を強めるラッツに対し、青年はひざでドアを支えながら両手をかかげて口を開閉させる。低周波シールドの外側なので、声が聞こえないのだ。

 ラッツが銃身をわずかに下げて入ってくるよう促すと、青年は恐れる様子もなく、しかし警察業務ひとすじのラッツを刺激しないよう、抑制された大きな挙措ですり足に歩いてくる。声の届く範囲に入ってきて、手をあげたまま一度立ちどまる。


 青年を知っていたのは、シュルツだった。


「……ユージーン」

「ぼくから説明したほうが早いだろうからお邪魔することにした。ボビィ、きみに黙っていたこともある」


 ユージーンと呼ばれた青年の声と、そのかおにレイカの眼が見開かれた。ラッツも、己が覚えた違和感の理由に思い至って愕然となる。


 優秀な捜査官の資質のひとつに、容疑者の顔写真一枚から、その後姿を、場合によっては数十年後の容貌を想像できる能力がある。

 半世紀ぶりに逃亡犯を逮捕する執念の捜査を支えるのが、定年を迎える先輩刑事からの引継だけで犯人を己の宿敵として心に刻みこむ共感力と、写りの悪い手配書から老いた犯人の貌を思い浮かべ、雑踏の中から見つけ出す狩人の勘だ。人間の面相を時間経過タイムトリップさせるその能力は、未来方向のみに働くわけではない。


「まさか、あなたは……」


    ****


 レイカとラッツがシュルツのオフィスに押しかけていたちょうどそのころ、さゆりは財閥テレシナ支社の最上階、総裁フランツ専用のフロアにやってきていた。


 今朝になって、フランツから召し出しがあったのだ。学校へ行く準備をしていたさゆりは、侍女でありクラスメイトでもあるケイに、課題のノートを代わりに提出してくれるよう頼んで預けると先に出発させ、いまとなってはふたりしか残っていないが一族の長に会うのにふさわしい恰好を時間をかけて整え、祖父の待つ市の中心地へと向かった。


 大講堂の体裁となっている――傘下の各企業体の最高責任者が集い、総裁に忠誠を誓う幹部総会はまだこの地で開かれたことはない――会議室へ踏み込んで、さゆりは大きくはないがよくとおる声で呼ばわった。


「さゆり、まいりました」


 この階へ通じるエレベータに乗るまでは案内の者がついていたが、その先はずっとひとりだ。無人の廊下を、扉が開かれているほうへと歩いてきた。

 まったく、祖父の人間嫌いは病的なまでに悪化しているのではないかと、さゆりは内心にため息をついていた。素顔を知る人間を極限まですくなくしているからこそ、財閥総裁の得体の知れなさ、神秘性は高められているのだろうが。


「よくきてくれた。直接顔を合わせるのは本当にひさしぶりだな。かまってやることができなくてすまなかった、さゆり」


 声とともに、演壇のうしろにかかっている幔幕の切れめから老人が現われた。もっとも、頭こそ白いが背は曲がっていないし、貌も険しいのであって、老いで肉が落ち骨ばっているわけではない。


 さゆりはすり鉢状の会衆席の段を降りきり、王者のもとへつながる階のようになっている演壇のほうへ昇っていった。


 一〇歩ほどの間近に迫って、目の前の老人がたしかに実体を伴っていることを確認する。もっとも、立体映像ではないにしろ、ロボットの可能性はあるのだが。


「お祖父さまはどこですか?」


 さゆりの口調はごく自然だった。その問いに、()()()()は穏やかに笑う。


「なにをいっておるのだ、さゆり。あまりにひさしぶりでわしの顔を忘れたのか?」

「あなたはフランツ・ジェイド=レンドールではない」


 というとともに、さゆりは忍ばせていた小型拳銃を抜き出していた。

 この二週間、ケイに使いかたを教えてもらっておいたのだ。もちろん、総裁の孫娘にボディチェックをするような不躾な者のいるはずもなく、さゆりが銃を隠し持っていることはだれにも気づかれなかった。


 銃口を向けられ、(·)(·)(·)(·)が一瞬パニックに陥りかかっていたのをさゆりは見逃さなかった。怯えるということは、ロボットでもないらしい。


「どうしてそんな危ない玩具を。おまえには必要ない、さあ、渡しなさい……」


 手を伸ばしてこちらへ歩み寄ってこようとする(·)(·)(·)(·)へ、さゆりは躊躇せず引き金を絞った。乾いた軽い音とともに、最高級スーツをほんのワンポイントながら蛍光グリーンの染みが台なしにする。


 弱装の上にペイント弾、子供でも倒れ込むようなものではないが、(·)(·)(·)(·)は尻もちをついて完全な恐慌に捕らわれていた。


「……ひ……ひぇわっ……」

「模擬弾は一発めだけだと聞いているわ。つぎは実弾よ。もう一度訊きます、お祖父さまはどこですか?」

「あ……ひゃしゅひぇ……」


 銃の威力が期待以上にすぎ、さゆりは柳眉をひそめて哀れな老人から狙点をはずした。これでは尋問にもならない。


「そうご老体をいじめるものではないよ、さゆり」


 今度の声は、若く張りがあった。教わったとおりの標準射撃姿勢で、身体ごと向き直って両手に把持した銃を突きつける。


 しょせんはつけ焼き刃、いつの間にか側面にまわり込まれていること自体はおどろくに値しなかったが、相手の姿にさゆりは引き金にかかる指がふるえかけた。恐怖ではなく、怒りで。青年の表情は、楽しげですらあった。


「その声……その顔……!」

「ユージーンのことを見かけていたのか。外見では区別がつきづらいだろうが、あれと私は同一人物ではないよ。きみのケイと、そのマスターの関係に近い。試験体プロトタイプだ」


 さゆりとケイをさらわせ、ならず者どもに指示を与えていた、そしてさゆりの推測が正しければ、ウェンディにエレミアを殺させた挙句に彼女自身をも害した男と同じ顔と声の人物は、当然のようにそういった。

 もちろん、聡明なさゆりには、それだけで充分に意味が通じる。


 この男が、フランツ・ジェイド=レンドールだ。


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