ケイの秘密
おろしたてのメイド服を着込んだケイが部屋に入ってきたのを視界のすみに認めて、さゆりは人払いを命じた。ケイひとりを残し、使用人たちはうやうやしく退出する。
ドアが閉まるのを見届けるや、さゆりはこの街へ越してくると同時につけられた自分の侍女へ眼をすえた。
「ケイ、あなた何者なの?」
お嬢さまがそう質問してくることは予想の範囲内だったろう。ケイはさゆりの座っている椅子のかたわらまで進み出て一礼し、両手をエプロンの前でそろえた待機姿勢で主人の下問に答える。
「おおむね、お嬢さまのお察しのとおりの存在だと思います」
「……財閥が作ったのね、あなたを」
「正確には、財閥から資金供与を受けた研究ユニットの試作品ですけど。財閥がスポンサーになってくれなければ、机上のみで実際に作られはしなかったでしょうね」
さゆりは柳眉をひそめただけで黙っていた。ケイへ嫌悪感を覚えたというわけではなく、人倫を軽んじる研究を平然と行う連中と、それに資金を与える財閥、ひいては自分の祖父への複雑な想いが浮かんだのであろうか。
ケイはしばらく待っていたが、さゆりが口を開かないので話をつづけた。
「あたしには、自分がどうしてこうなっているのかはわかりません。質量保存の法則とかどこいったんだとか我ながら思いますけど、細かい仕様はクローズドですから。変身しないと戦闘力不足っていうのは、警護要員としてはどうなのって感じですが」
「それでよいの?」
「アイデンティティの問題ですか? それは気になりません。普通の人間だって、自分の全身の細胞がどんな生化学反応を起こしているのかなんて、いちいち意識しながら息をしてもいないし、まして己の遺伝子配列を丸暗記なんてしていない、それと同じことです。あたしはさゆりお嬢さまにお仕えするのが任務、それ以上のなにかは必要ありません」
「……でも馘にはされるかもしれないの?」
安全な車内から銃撃戦の渦中に飛び出していったときのケイの科白を思い出し、さゆりは小首をかしげた。
「研究費の出どころが財閥といっても、財閥の資産目録に載っている備品ではないですからね。べつに忠誠プログラムを先天的に書き込まれているとか、そういうワケでもないです。あたしが財閥のマッドサイエンティストなら、迷わず設定する思いますけど、その手の仕組み」
「プログラムで動いているのではないでしょう、ロボットでもないのだし」
人為操作が加えられているが、ケイも人間は人間―という、さゆりの常識的で健全ではあるが安直な発想は、裏切られることになる。
「あたしが人間と機械、どちらに近いかといえば機械のほうです。クローンとか、遺伝子操作された人間とは根本的に異なります。主に人間由来の素材で組み立てられた、有機自動人形ですから。あたしは胚から母胎を経て新生児として生まれ、成長したのではありません。いまのこの姿で造られました、三年前に」
「……人間じゃ、ない……?」
これまでは淡々と説明口調でいたケイだったが、さゆりの言葉を受けてうつむき、かすかにトーンのさがった声に変わった。
「申しわけありません。あたしの存在がご不快になりましたか? お嬢さまの侍女からははずれるように致しますが」
「ちがうの! そうじゃないわ」
はじかれたようにさゆりは半ば立ちあがり、ケイのほうへ顔を突き出していた。その行動と鋭い語気に、ケイも、そしてさゆり自身もおどろいていた。ケイは、はじめて見るお嬢さまの感情的な姿に、さゆりは、自分にこんな振る舞いができたのか、という、忘れていたなにかがよみがえりかける感覚に。
「……ちょっとびっくりしただけ。ケイ、あなたは今後もわたしの侍女よ、よいわね?」
椅子に腰かけなおしながら、さゆりは語を接いだ。ケイはうやうやしくうなずく。
「さゆりお嬢さまがお望みであれば、よろこんで」
だが、ケイにとっては、さゆりに仕えることに、あらたな意味が加わっていた。ただ与えられた役割として、女王に従い、その身を守るため自分の生命を捨てる兵士の務めではなくなった。さゆりが無感情に見えるのには、なにか原因がある。そして、さゆりは己の感情を殺していたいと思っているわけではないようだ。
この娘の本当の姿、あたしに取り戻すことができるか、やってみるのも悪くない――
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アムウェルは素人であるレイカにわかりやすよう、できるだけ平易な言葉で有機自動人形について説明をしていった。
即席コピー兵士は安易に作れないということ。受精卵から誕生を待って赤ん坊を育てるという手間は省けるといっても、それはあくまで成長時間の短縮であって、身体はオトナ頭脳は赤子の状態で生まれてくるバイオロイドを目的どおりに教育するのは簡単ではなく、また手法も確立されていないということ。映画のように、科学者がボタンを押せばカプセルから出てきた人造自動兵士が目的に合わせて自律的に行動を最適化して作戦を開始してくれる、というふうにはいかないということ。
「あの試験体はわたしの遺伝子情報をベースに作られています。あれが――ケイが短期間で自分がいかなる存在であるのかを理解し、きちんと務めを果たせるようになっているのは、素体の適性が担保されているからこそです。警護要員を量産するとなったら、兵士やボディガードとして有用な素体の候補を選定するところからはじめなければならない。専従チームを立ちあげたとしても年単位でかかるでしょう。警備部内から適任者をさがしてくるほうが早いと思いますよ。……先々のことを考えれば、取りかかっておいて無駄にはならないと存じますが」
レイカは平静に話を聞いていた。その眼に浮かんでいたのは、軽い失望――というほどのものでもない。やっぱり宿題はやらなきゃダメか、といった程度の、子供っぽいあきらめだ。
「なるほど、残念ね。でも有意義なお話をうかがわせていただきました。本日はご足労感謝しますわ」
次回の面談をセッティングされてから、ロゼット姉弟はレイカのオフィスから辞去した。日取は二週間後。つまり、それまでになにかおみやげを準備しておけという意味である。B研側が得られたのは、本日のインシデントにさいして、彼女たちの〈作品〉であるケイがどのように立ちまわったのか、というデータだ。
べつにわざわざ手渡しで受け取らねばならないものではないし、実際にディスクやメモリチップの類いももらっていない。B研スタッフのアカウントで、該当ファイルにアクセスできるようになっているだろう。
「――まったく、なんで直で報告をしなきゃならないんだ、効率悪い」
中継会議ですむじゃないかと愚痴る弟を、アムウェルはなだめた。
「まあまあ、レイカちゃんもあれでけっこう大変なのよ。総裁秘書として事実上のトップといっても、べつに明確な職権があるわけでもないんだから。……とまれ、あと二週間でフランツじーさんを不老不死にする方法が完成するはずもなし、人造兵士量産に向けてのアイデアノートか、シェパード二号の製作を提案してみるか、なんかしらアリバイの用意をしないとね」
「それが効率悪いっていうんだよ。仕事してるふりのために時間や労力かけるってのが。サボってるんじゃないのに」
「種は蒔きましたので半年お待ちください、じゃ通用しないのよ。雇われ仕事は小作農と同じ、空き時間だからって寝っ転がってたらどやされる。まあ、まだ種蒔きすら終わってないんだけどさ。因子の選別、あと六〇〇万とおりくらいだったっけ?」
「いま試してる組み合わせの中にアタリがあればね。全部スカだったら要素一個足してまた総あたりになるし、現状の因子の構成に阻害要素がまぎれ込んでるかもしれないから一個引いた組み合わせも試さなきゃいけなくなるし、試行回数ふた桁増えるよ」
不吉な預言をするブロウズに対し、姉はあっけらかんとしていて、
「なあに、最後にモノをいうのは根性と運よ」
と、うそぶいた。




